第50話 終わるハルと終われない春

幸せな風景がモニターに流れていた。あの青春の果てを私たちは眺めていた。これが私たちの作った未来なのだと。

「結構、いいことするじゃん。あいつ」

「だね。私もこんなプロポーズされてみたかったなー」

 “現代の”江梨流佳と眼鏡の女性――――小暮琉亞が羨ましそうに眺めている。

「治人はロマンチストな面があるからね」

「もー、結局私、最後までいいところないじゃん」

 よく手入れの行き届いた金髪の女性――――千奈明が頬を帆くらませていた。

四人はスクリーンの前でここまでの治人の青春を見ていた。正確に言えば、シグマがミノネクトから出て、ガンコンを作り終えたあたりからだ。

「それで、玲奈―、想いを寄せていた治人を射止めてどんな気持ち?それに結構大胆なことすしてたけどぉ?」

 千奈は四人とは少し離れたところに座っていた“神前”玲奈に話題を振った。彼女の頬は赤く染まり、今にも爆発してしまいそうだ。

「も、もう、何も言わない約束でしょ!」

「だって、私出番なさすぎなんだからいいでしょ。というか、シグマが純玲ちゃんになってたことを思い出した時はみんな笑ったでしょ?」

「何も言うな。それ以上言ったら〇す」

「でもあんなシグマちゃんも結構、可愛いと思うな」

「わかるー琉亞は見る目あるよね」

「実際に純玲ちゃんに会ったのは数回程度だったから仕方ないだろう?な、治人」

 今だに起動を続けているミノネクトを見た。

治人の首には青い痣が見える。VRの世界で唯一再現しなかった部分だ。

それがどういう意味なのか、これから自分が証明するのだから。

ミノネクトの蓋を一撫でして、シグマは四人の前に立つ。

「さて、ここまでお疲れ様。今日でここも終わりだ。みんなミノネクトに入って、治人と同じく青春を楽しんだことだろう。では本当の最後の仕事だ」

私の声に緊張が乗っているのがわかる。これからすることの重圧に緊張が隠せない自分が嫌になる。

「それじゃ、みんな来てくれ」

二九歳の治人がミノネクトの中で眠っている。

「私はまた、何もできなかった。結局、こんな子供だましぐらいしか、できなかった」

懺悔に似た後悔を、小声で言いながら震える手でミノネクトの制御コンソールをいじる。

これで、治人は・・・。

精一杯強がりながら四人の方を向く。

「各自、別れの挨拶の準備は済ませたか?それじゃ、始めよう」

私は治人が見ているVRの時間を一気に進め、その偽物の人生を終わりにした。ミノネクトの稼働音がなくなり、映し出されていた映像が途切れ、間接照明が点灯する。ミノネクトの蓋が開き、治人の体が外気に触れる。だが、動くことはなかった。

琉亞が一番目だ。付き合い的には私が一番長いが、そこはみんなわきまえている。

「ハル、わかる?私、琉亞だよ、楽しかった?私もね、楽しかった。ハルと一緒にまた学校にいけ、て」

 琉亞の目から涙が零れ落ちる。つられて千奈が涙を流す。

「私ね、ほんと、ハルとフユと三人で一緒にいた時間が好きで、離れ離れになっても夢にまでみたんだよ?だからね、ハル、ありがとう。お休み」

 こらえきれなくなった留亜はその場に崩れ落ちそうになり、江梨に抱えられる。その江梨が口を開いた。

「私だ。江梨流佳。あんたには色々助けられたし、私は私でお姉ちゃん・・・瑠香に会えたし。悪いことばかりじゃなかった。シグマから言われたときはびっくりしたけど、私も、また一緒に学校行けてよかった。できたら卓球で勝負したかったな」

 江梨は琉亞を抱えて、さっさまで座っていたところまで離れるとここまで堪えていた想いが一気に湧きあげ、大声で泣きだした。

「はーい、今回は席替えぐらいしか良いところなかった明ちゃんでーす。私だって、会えてうれしかった。でも、一回ぐらいはまたあたしが作ったメシ食べさせたかった。はい、次は今回のメイン、玲奈―!」

「そんな、無理して、言わなくても」

「玲奈泣きすぎ」

「明も、アイライン落ちてる」

「だって、そりゃ、泣かないわけないじゃん」

 明と私はミノネクトを少し離れた。

「治人君。わかる?あっちじゃ少し違うけど、玲奈だよ。私のこと、好きになってくれて、ありがとう。私も、大好き。今回ね、治人君のダイブが、最後になるって話を聞いて、みんなで同じ、青春を味わおうって話になってね。私嫌だった。だって終わったら絶対泣くから、同じこと言っちゃうけど最後のダイブで私を選んで、く、くれて、ありがとう、これからも、大好きだよ」

 玲奈はスクリーンと同じように、治人の唇に自分の唇を重ねた。涙が治人の頬に落ちてもびくともしないことに気づいて、玲奈は離れた。

離れていたシグマが最後に言葉を残す。

「治人。お疲れ様。今回で最後ってしたのは、もう一年程度も繰り返し青春を見てきて、脳が限界だと思ったからだ。記憶を毎回消してたから覚えてないだろうけどね。それでも、一年前に自殺未遂した時のダメージ、それと今回のこともあって、もう数十分後には君の脳は動かなくなる。本当に寂しく思うよ。治人、君がいてくれたから、私はFDVR、つまりFrankenstein's Dream Virtual Realityを完成させれたんだ。ありがとう。ゆっくり休んでくれ。お休み、相棒」

 治人の額にキスをして背を向けた時、奇跡が起きた。

「シ、シ、グ、マ」

 背後から声がして、振り返る。

「治人!」「ハル!」「治人」「ハル君!」「治人君」

「オレニ、セイシュン、ヲ、クレテ、アリガ、トウ」

 生命維持装置も兼任していたミノネクトがフラットラインを表すビープ音を響かせた。もう目を覚ますことはない。

誰もが悲しんだ。

だが、見ている人が思わず、笑顔になる満足そうな顔で、その数奇な人生を終えた。

その場の五人も笑顔で涙を流した。

「まった君という男は、最後までやってくれるよ。それでこそ、私の相棒だ」



「これ、治人が作ったものなんだが、どうする?」

 私は四つの人形をそれぞれに渡す。

「これ、私たち、ですよね。高校時代の」

「へー、よくできてる。流石ハル君」

「ハル・・・」

「シグマ、これ、棺に入れたらいいんじゃないかな?」

 玲奈が言ったことに、三人は頷いた。

「そうだね、ハルが寂しくないように」

「きっとあのバカは、これでも楽しみますよ」

「そういって、いつまでも一緒に居たいとか?」

「明、いい加減にしないと、そのデカ乳切り落としますよ」

「まあまあ。じゃあ、みんなはそれでいいんだね?」

治人の遺体は公には埋葬できず、古びたアトリエの裏にお墓を作った。中に四人の人形を入れて。

線香をそれぞれ立ててから解散した。

なのに、私は立ち尽くしている。

「みんな、強いな。私は、まだ立ち直れそうにないよ、治人」

 私は手にある、私を元にして作られた、出来の悪いボロボロの人形を大事に抱えた。

「また来るから、何度でも。だって私は・・・私は、治人の、相棒だから」

fin

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タムケノハル 雪水湧多 @yukimizuwaita

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