第49話 桜が舞い散る。もうこれは俺の青春、人生だ。
スーツケースに入っていた釣り糸と鋏でシグマとゲンブが神前京子を縛り上げる。シグマ曰く、この釣り糸は人が切るには鋏が必須なほど強固なのだとか。実際、目を覚ました京子は一切抵抗できていなかった。ただ、気になるのはその縛り方。
「なんで亀甲縛り?」
「こっちの方があたしは慣れてるんだ。まさかマーちゃんまで知ってるなんて、思わなかったけどな」
「それより、陣玲奈を自由にしたらどうだ?ほら、鋏」
「ありがと」
鋏を使って玲奈の拘束を解いた。玲奈は申し訳なさそうな顔をして、一言。
「ごめん」
「相談してくれよ。俺たちは、その、こ、恋人なんだから」
玲奈はきょとんとした顔で、俺を見上げている。
「怒らないの?」
「怒ってる。でも、今こうして会えるのがうれしい」
玲奈はぎこちなく笑う。つられて俺も笑うと、玲奈は俺に抱き着いてきた。急なことでバランスを崩しそうになるけど、なんとか持ちこたえる。
そんな俺の唇に温かくて柔らかい何かが触れた。
「は⁉え?なにを」
「命がけでも助けに来てくれた私の恋人へのご褒美、かな」
笑う玲奈を、また俺は好きになる。なんだか抑えきれなくなって、泣きながら俺からもキスをした。少し荒いが、それでも玲奈は受け入れてくれる。
「えっ⁉どうしたの?珍しい」
「こんな時ぐらい、俺でもしたくなりますよ」
「・・・嬉しい」
視界の端にはやれやれと葉巻を吸いだすゲンブと、何やら言いたげにこっちを見るシグマ。シグマには感謝してもしきれない。シグマがくれた時間を、思い出を俺は有効的に使えたかと聞かれれば即答できるぐらいには俺は満足している。絶対に戻ることのない時間をVRという形で体験させ、記憶の上書きを行った。
体験した俺だからは思う。これこそ、タイムマシンなのだと。時間逆行するのはきっと、何年たっても無理なのだ。だって、あのシグマがそう回答したのだから。俺はシグマを・・・相棒を信じる。
誘拐事件は幕を下ろした。神前京子は、ゲンブが警察に連れて行った。当然今回の事件をそのまま言っても信じてもらえないうえに、前回のこともあるため彰人に迷惑をかけないように、銃刀法ということで処理してもらうことにした。神前京子がどんなに真実を口にしても、アーケードゲームのガンコンで撃たれたと言っても信じてもらえないだろう。一応、警察に調べられたが何一つおかしな点はなく、あの場におもちゃを持ち込んだ俺がおかしな奴だと思われた。
俺は二度目の青春を終えた。高校を卒業し、陣一家の助けもあり、大学に入ることができた。そこそこの成績で、そこそこ中小企業に就職した。やっと手に入れた普通と言える。それでもきっと、普通よりも少し幸せな生活だと自分でも思う。
これは幸せの断片だ。
「ゲンブさんちょっといいですか?」
「なんだ?注文か?」
会社帰りにR&Mに顔を出していた。夜は夜で会社帰りの秘密の飲み場のように数名客が入っていた。そんな中、俺はいつも通りカウンター席に座り、一枚の紙を差し出した。
「そういえば、これ貯め終わりましたけど、どんなお願いでもいいんですか?」
「スタンプカード!まじか、ほんとに貯める奴がいるかよ!」
珍しく口から葉巻を落とすゲンブ。ゲンブはいつまでも変わらない姿。強いて変わった点は眼鏡の度が少し上がったことぐらいだろう。
「で、これってなんでもいいんですよね?」
「こ、公序良俗に反することじゃなければな」
カウンター内に落とした、葉巻を捨て新しく用意して、ごまかすように口に咥える。
「ならお願いがあります」
翌日。玲奈と共にR&Mを訪れる約束をした。
「どうしたの?何かゲンブさんに相談事?」
「あ、ああ。そうなんだ。実は会社でちょっと」
「ちょっと?何かあったら私に言ってって、言ったよね。そうやっていつも隠すんだから。まったく誰に似たんだか」
「すみません」
多分似たのはシグマだなと思いつつ玲奈を見る。高校生の時とは見た目というよりも魅力が大きく変わっていた。“現実”よりも女性らしく髪を長くし飴色に染め、素材を活かす薄化粧でほんのり色気を出している。体つきも丸みを帯びてきている。きっと今こうして隣を歩かず、道ですれ違うものなら、振り返って目に焼き付けていただろう。
またどんどん好きになる気持ちを抑え、店内に入る。
お昼時なのに人一人いない店内には静まり返っていた。お店の通路まで行ってもゲンブの姿すら見えない。
「あれ?ゲンブさんは?プレートはちゃんとOPENになってたし」
「今は少し席を外してもらっているよ」
「え?」
彼女の前に跪いて、小さな箱を開けて一言。
「結婚してください」
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