第48話 仕事は完璧だ。だが、文句ぐらい言いたかった。

 時間逆行する感覚は妙なものだった。さっきと同じ言葉、風景なのに世界そのものが巻き戻されるように、全てが逆再生されていく。

進む方向が逆。風は南から北へ吹き。葉っぱは下から上へ落ちていく。自分の体も後ろ向きで走っている。

自分だけが別の時間軸に切り離されたように感じていた。

一生体験することのない貴重な体験なのだが、さっきから非常に頭が痛い。内と外両方から金槌で叩かれているような。鈍い痛み。一秒ごとに一回を繰り返す。

「確かに、これは、脳にダメージ行く、痛みだな」

それでも目を閉じ、耐えて耐えて、耐えて―――

目を開けると、校門前でひっ迫した表情のシグマは止められた車の前に立って、こっちを見るなり大声を上げた。

「遅い、説明は中でする。今は乗ってくれ」

「わかったこっちも、車の中で説明する」

 急いで車に乗り込む。運転手はやっぱりゲンブ。

「色々ピンチだもんで、アタシが駆り出されたのさ。法定速度ぶっちぎって飛ばすよ、話すのは良いけど、舌噛まないように気を付けな!」

 一気にアクセルを踏んで4人乗りのスポーツカーは、玲奈が良くやっているレースゲームのような速度を出していながら、事故らないように気を遣って走っていく。

「黒根山だ、玲奈と犯人の神前京子はそこに向かっている。銃を持っているから気を付けて」

「黒根山?」

「九景台のところだ」

「ああ、わかったあそこだな」

 ゲンブとのやり取りを見ていたシグマは深刻な顔をしていた。

「治人、君は一体・・・」

「シグマ、俺は一時間先の未来から来た。妹のことも全部思い出してる。あと、今のシグマ宛てに未来のシグマから伝言を預かっている」

「未来の私から?一体未来の私は何をしたんだ?」

「まあいいか、伝言は、管理コード、テンオールだそうだ」

「管理コード、テンオール?」

 その言葉に反応したのか、シグマのインカムのランプが青い光を放ち、車内は光に包まれた。インカムはシグマの耳を離れシグマの手元に着地すると、光が消え全体が見えた。何か別の物に変化していた。VR世界、偽物の世界ならではだろう。

「な、何が起きた!大丈夫なのか二人とも?」

「これは・・・」

 インカムはハンドガンに変化していた。しかも、俺が得意な、アーケードゲームのショット“デッドクライシス”のガンコンにそっくり。

 握って感触を確かめていると、音声が流れた。

『これを聞いているってことは上手くいったみたいだね。これは君の得意なゲームのコントローラーの皮を被ったスタンガンみたいな物だ。一回限りの使い切りで、射程距離は二五メートル程度とトイガンのように短いけど、急増品だから許してくれ。それじゃ、私たちの仕事はここまでだ。頑張れ治人』

「なかなか粋なことしてくれるな、それにしても、管理コードがテンオールか」

「まだあきらめるなと言いたいんだろう、未来の、いや本来の私は」

「ほんと、頭が上がらない」

チャンスは一度きりだろう。もう、シグマ本人がいない以上、過去に戻ることはできない。“現代”のシグマのためにも、俺は前に進もう。これが俺の青春だ。例え偽物でも、俺はここにいる。この世界で生きている人間だ。もう、俺は迷わない。

そうガンコンを握りしめ、決意を固めた。


 黒根山の駐車場に着く。前回と同じように三人で車を降りる。今度こそ迷いはない、突っ走ることをせず、三人で林に向かう。

「いた!あそこだ!」

 京子はスーツケースの横を引きながら、両手を縛られた玲奈の背中を後ろから追っていた。おそらく、銃を突きつけながら歩かせているのだろう。となると、スレッジハンマーはスーツケースの中で錘の代わりにして悪路通っているのだろう。神前京子は銃を持っているだけでなく、一般女性よりもガタイが良いい。一般男性並みに力があると見ていいだろう。もしかしたら、勘づかれることや、玲奈に当たることを考え。俺たちは一つの作戦を立てた。

「すみませーん、ここどこですか?わたしたち、遭難してしまったみたいで。それにちょっとやばくて」

「ひっぐ、ひっぐ」

 ゲンブとシグマが遊んでいたら遭難した親子のふりをして近づく。シグマは背があまり高くなく、傍から見ればちょっと大きい小学生に見えるのではないかと、ゲンブのアイデアだ。

 玲奈に銃を向けたまま振り返る神前京子。

「なんだ、お前ら死にたいのか!」

「・・・!なんで」

 絶望しきった顔の玲奈がこちらを振り返る。シグマはウインクをして、芝居を続ける。

「あの、その、ひっぐ、そっちで、く、くまが」

「熊だぁ?」

「はい、熊に追いかけられてここまで来たのですが。あの、銃を持っているのでもしかしたら、漁師の方なのかなと思いまして。違いました?」

「漁師?ああ、私は確かに漁師だ。熊や鹿が狙いじゃなくて人間だけどな」

 乾いたパンッと何かが弾けたような音が数回。神前京子は闇雲に数発撃って見せた。狙って撃ったわけではないため当たることはないが、場の雰囲気が一変する。腹の探り合いのような微妙な雰囲気から、一気に緊迫した空気が流れる。

「って、なに撃ってやがる当たったらどうするんだ⁉」

「撃たれたくなかったら今すぐどっか行け!ほら」

 銃を持った手を振って、どこかへ行くようなジェスチャー。無論ここで引くシグマたちじゃない。

「やあだぁ!くまこわい!」

「え?うぐ」

 シグマが玲奈に向かって勢いよくタックル。これには京子は反応できず、銃を向けるのが遅れた。欠かさずゲンブが身を伏せる。これで林の中で立っているのは神前京子。そして、ゲンブの背中に隠れていた俺だけ。目標との距離は十メートル程度。風はない。それでも、扱ったことのないものを射程限界で当てるのは難しいだろう。だから確実に隙になるようにしつつ、玲奈を安全に確保できるようにした。

「これで終わりだ」

 ゲームのようにトリガーを引いた。そしてスタンガンとは名ばかりだと理解した。

発射されたのはパチンコ玉。パチンコ玉は京子の額に当たった瞬間、弾けて強い閃光が視界全域を覆う。

額にパチンコ玉が当たった衝撃と、瞼を閉じていても眩しい光に目をやられ、神前京子はその場に倒れた。

どうやら、小型閃光弾で無力化するものだったらしい。そうとは知らず、かなり接近して撃ってしまったため、この場にいる全員が目を抑えていた。

「あの野郎、マジでゆるさん」

「本人ではないけど、本人だから謝っておくよ。ごめん。みんな」

「目があぁ、目があぁ、葉巻も落としたあぁ」

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