第6話

 私が挑発染みた笑みを添えて放った言葉は、存外ユウの心に刺さった様。だから、いつもより乱暴な仕草で、彼女の歯が私の肌に食い込んだ。

 甘い痺れが、首筋から全身に広がる。

 触れた瞬間には漏れ出た声も、それ以上はもうままならない。

 背中が反り上がって、脚の指先までに力がかかる。

 臍の下、さらにその奥に、堪えきれない熱が溜まる。

 吐息を、二度、三度と溢してそれから、ユウがゆっくりと離れた。……もう、終わってしまった。




「……まだ足りませんね。もう一度」


「乱暴にすれば、良いんでしょ」




 何か昏い光を瞳に宿したユウが、冷めたような声色で言葉を告げて、再び私へとその顔を寄せる。何をされるのか、その疑問が浮かぶ前に。

 私の唇に、柔らかいものが触れる。

 ……あぁ、そういう事。無理矢理とは、乱暴である事に似ている。だからこうして唇を……!

 



「……なに、邪魔しないでよ」




 思わず、ユウの身体を押して距離を離した。

 なんて事はないキス。彼女が私に齎すのは、その筈だった。

 でも今のは、全然違う。啄み、食んで、撫でて、遊ぶ。唇だけですら、蹂躙するかのようなキス。

 こんなの、私が知るユウのキスじゃない。




「な、何を、いきなり」


「だから、乱暴にするって話でしょ。続き、するから」




 私が抵抗するより先に、ユウのキスが降り注ぐ。

 唇を好き放題にされたかと思えば、舌を出してと命令されて、従えば舌すら蹂躙される。

 それが恥ずかしくて、身体の中の熱が昂って、呼吸も浅く、荒くなる。気付けば、涙も溢れている。

 “ダメ”と、合間に告げてみても、“うるさい”と強く抑えつけられて、ユウは私を離してくれない。それどころか、さらに優しく私をぐちゃぐちゃにしていく。

 こんなの、こんなのは、違う筈、なのに。




「……ダメ、本当に……」


「……あは、もっとエグい事させるくせに。……最後まで、しちゃおっか」




 最後まで。

 その言葉で、なけなしの気力を振り絞り、ユウの身体を再び突き放す。




「……何するのさ。セツナが乱暴にって」


「違います! 今日は首筋にという“お願い”です!」


「……わがままなやつ」


「どっちがですか!」




 こんな事をされてしまっては。

 貴女の事を諦めきれなくなってしまう。

 ……そんな事を考える私は、罰しいじめて貰わなければ、いけない筈なのです。

 だから、せめて今日という日の主導権を取り返すべく平静を装い、ユウに学生鞄を取るように“お願い”する。

 呆れたような顔をする彼女が少しムカつきますが、鞄から取り出した包装紙に包まれたそれを、ユウの鼻先に突きつける。




「これ……開けてみてもいい?」


「どうぞっ。好きにしてください」




 目を逸らして、髪を梳かして、そして横目でチラリと見れば、ユウが“腕時計”を手に喜んでいる姿が見える。

 これが、今日私がやりたかった事。……こんな関係でも、記念日くらいは祝いたかった。或いは、記念日すら忘れてくれていたら、その時こそ関係を終わらせるに足ると考えていた。




「出逢って、十八年目の記念日ですから。時計なら、来年から必要になるかと思って」


「うわ……すっごく好きなデザイン。ありがと、セツナ」


「どういたしまして。……ユウは……」


「じゃあ……私からはー、これ」




 そう言ってユウも自分の鞄をがさごそと漁ったかと思うと、両の手のひら程の箱を差し出す。

 受け取って、これは、と思うより先に開けて欲しいとせがまれて、広げてみる。



「これは……黒い薔薇?」


「そ、プリザーブドフラワー。……花束とかにしようと思ったんだけど、こっちの方が可愛かったから」


「……ふふ、花束なんて贈られたら、笑みが溢れてしまいそう」




 嬉しくって、また涙も流してしまうかもしれない。




「笑わないでよ。……薔薇といえば赤かなとも思ったんだけど」


「何故、黒にしたのです?」


「赤色は、セツナのおなかとか思い出しちゃって……それにほら、あたしの髪色もいまは黒だし」




 なんてユウらしい、可愛い理由。

 ……私は少しだけ理解しているのだけれど、ユウは“黒薔薇の花言葉”を知っているのでしょうか。

 そう思うと、やっぱり笑みが溢れてしまう。




「よし、笑ったね。……毎年の事だけど、いっつもセツナ、泣きそうな顔をするよね」


「え? ……そんな顔、していましたか?」




 してた、と短く言われて、そういえば今日も泣いてしまっていたなと、思い返す。……私は、自分に罰を求めるくせに、思うより余程弱い存在だったみたい。

 手を自分の顔に触れさせていると、ユウの手のひらがそこに重なった。




「あたし、セツナには笑ってて欲しい。だから、本当は嫌だけど、セツナのお願いを聞いてるんだよ」


「……そんなに、嫌ですか?」


「嫌だ。けど、セツナが我慢する方が、よっぽど嫌だ。だから、あたしにはなんでも言って欲しい」




 そんな事をユウは、当たり前かのように話す。

 なんでも。なんて、自分に対して無責任な言い方。けれど、本当になんでも聞いてくれるなら、その事を赦してくれるのなら。




「……一言だけ、伝える事を赦してくれますか?」


「なにそれ、一言と言わず、二言でも三言でもいいなよ」


「ふふ、では」




 そうして言葉にするのは、私の本当の“お願い”。

 “愛しています。どうか私を——”

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JKがスマホ片手に幼馴染を脅迫し、自分をイジめてもらう模様。 上埜さがり @uenosagari

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