本日、美少女遭遇率高めの模様

 涼太は焦っていた。着ぐるみバイトを始めて数ヶ月、ドリームビリオンの売り上げはデニーロ達の活躍で右肩上がりのようでバイトへの羽振りもかなり良くなった。ただ、涼太にとってはどうでもいい事だった。危機感を感じている理由、それは数ヶ月間晴が全く姿を見せない事だった。恐らく理由はドラマが原因だ。晴が脇役で出演しているドラマが一週間前から始まり、主役の演技力の高さや斬新なストーリーに加えて国内のドラマのスケールを超えた予算と撮影で視聴率は今季のドラマをぶっちぎりで一位、SNSでも大きな反響があり動画配信サービスでも配信されて日本で知らない人がいないと言っても過言ではない位の盛り上がりを見せている。

 涼太もドラマを視聴したが一話の時点で晴の出番は五分程度だった。主役の七瀬凛は演技未経験とは思えない演技力で涼太も思わず感嘆の声が漏れ出ていた。そんなわけで涼太の仕事に対してのモチベーションは右肩下がりになっていった。午前のパレードを終えて適当にぶらつく。今日は機材の点検が理由で午後のパレードは休みなので涼太は暇そうに園内を徘徊しては子供の相手をしていた。やはり子供は苦手だといたずらされるたびにつくづく実感していく。それからの時間、特に語ることもなくバイトの時間は終わりを告げる。着替え従業員達にお疲れ様ですと声をかけたのち園内を出た。歩き慣れた道を歩こうとする瞬間、閉じた入場ゲートの前でじたばたとしている人物が涼太の視界に映った。

 「うそだー! せっかくきたのにぃ!!」

 この世の終わりだと言わんばかりの悲痛な声に思わず涼太は振り向いてしまう。しまったと思ったのもすでに遅し、帽子を被った涙目の少女と涼太は目が合ってしまった。まるで猛獣と遭遇してしまった人間のような緊張が涼太に走る。いまにも少女はここへ迫ってきそうな勢いを醸し出しているが、バイト終わりで疲弊した涼太としてはあまり関わりたくない。そんな涼太の脳裏にテレビで見たクマと出会った時の対処法が沈んでいた記憶の底から浮かび上がる。

 こういう時、背中を見せて逃げると獲物と判断してクマは追いかけてくる。なので、背中を見せず目を合わせたままゆっくりと後ずさる、それが一番ベストな対処法だそうだ。ただそれが猛獣のように飢えた目をしている人間に通じるのかは別問題だが。少し思考を巡らせる。とくに解決策が見つからないのでひとまずやってみる事にした。ゆっくりゆっくりと目線を切らず後ずさる。別に命の危機はないが何故だか背中から嫌な汗が流れてくる。

 後ずさる足音がうるさく感じる。すべては順調に思えた。しかし順調に思えたことも緊張の糸が緩んでしまったことで瓦解することになる。

 「あ……」

 何か固い物が右の足裏に伝わる。それと同時に涼太の足首が不規則な方向へ捻り曲がる。ヤバいと思った瞬間、視界が空を向いて大きな衝撃が全身を襲った。

 「わー!? 大丈夫?!」

 距離を取っていた少女が瞬く間に距離を詰めて涼太の前に慌ただしく膝をついた。涼太は立ち上がろうとするが、捻った足首に鋭い痛みが走り顔に苦悶の表情を浮かべた。それを見た少女は右足を擦り始めた。

 「捻ったんでしょ?! まずは冷やさないと!」

 「ああ……大丈夫。後は自分で……」

 痛みをこらえて立ち上がろうとすると、少女が急に右に立ち回り肩を組んできた。

 「おい、何すんだよ」

 「肩貸してあげる。近くにコンビニあるからひとまず座れるところまで移動しよ」

 有無も言わさずわっせわっせと少女は肩を貸しながら移動する。もう指摘するのが面倒くさくなった涼太はされるがままにされていた。


 「よーし! これで大丈夫!」

 近くに腰をかけるには丁度いい石を見つけて座らせられた涼太はコンビニで買ってきた氷を足首につける。歩き疲れた足にひんやりと冷たい感触が気持ちよかった。冷やしていると少女は包帯で患部を慣れた手つきで固定した。

 「あ、ありがとう。助かったよ」

 「どういたしまして。……三万円になります」

 「金取るのかよ! しかも高っ!」

 悪役めいたゲスい笑いを響かせると「間抜けが!」と指を指した。

 「美少女に手当して貰たんだから安い安い」

 「自分で美少女っていうなよ。それに俺はガキに興味はねえ」

 涼太のガキ発言にこめかみの血管が浮かび上がった自称美少女は地響きが起きそうな勢いでその場で地団駄を踏んだ。

 「ガキじゃないですぅー! 身長は小さいけど一応現役美少女JKですぅー!」

 まじか。今まで中学生だと思っていた涼太は静かに驚いた。するとハムスターのように頬を膨らませた少女は深めにかぶっていた帽子を勢いよく脱ぐ。セミロングの茶髪が綺麗に靡いて纏まる。その顔を見た涼太は既視感を感じる。初めて会っているはずだが、初めて会った気がしない。その疑問はすぐに払拭されることになる。

 「お前……もしかして」

 「あっ……ヤバ」

 目の前で胸を張っている自称美少女は言うだけあって美少女だった。それもそうだ。彼女は今ドラマで主役をやっている七瀬凛だったのだから。

 

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青春爆発 先を越されたから、推しキャラの着ぐるみ使ってNTRります 是宮ナト @i-yui017

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