第8話 大団円
向坂という男が、
「女性に弱い」
というのは、よく言われていたことだった。
ただ、なぜそんな人間がマネージャーになれたのかということが気になった。店長は見た目はチャラそうに見えるが、実はしっかりしている人だということは、一緒にいることが増えてくれば、日増しに感じられるようになる。次第に、ゆっくりでもいいので、その人の性格を考えていって、ブレることなく一直線に進んでいるのは、その考えが間違っていないことを示しているのだと思った。
「ひょっとして、向坂さんという人は、何か弱みでも握っていたのかな?」
と、森脇が言った。
「どうして、そう思うんですか?」
「だって、見るからに、だらしなさそうな人というわけではないのに、女性に弱いというのは、それだけ気が弱いということなのかって思ってですね。だとすると、そんな人をマネージャーにするなんて、ちょっとって思ったんですよ」
「それは、私も少し思ったことがあったわ。でも、私が入った時は、最初からマネージャーだったんだけど、降格させられて、最初は、惨めな人だと思っていたんだけど、見ているうちに、なるほど、これならマネージャーになるだけのことはあるという感じに見直した感じになったのよ。どうしてそう思ったのか、今では覚えていないけど、でも、それくらい些細なことで感じたということは、あの人にそれだけの魅力があるからじゃないかと思ったの。そういう意味で、つかささんは利用しやすかったのかも知れないわね」
といった。
「どういうこと?」
と森脇が聞くと、
「つかささんが、最初から利用しようと思ったのは、自分に操りやすいということと、それなりにしっかりしていて、人に疑われないところがあるということ。そして、都合が悪くなると、自分たちに都合が悪くならないように、相手を排除できることということではないかと思うのね。だから、自分たちが都合が悪くならないという部分だけが表に出てきているので、誰も向坂さんを疑うようなことはなかった。ひょっとすると、これが今回の事件のきっかけか、あるいは。序章のようなものではないかと思うのよ」
「ということは、りえさんは、向坂さんが今回の事件に何か関わりがあると思っているんですか?」
「そうかも知れないけど、きっかけという意味でいけば、必ずしも関わっているとは言えないと思うのよね。ただ、関りがあるとすれば、引き抜きの事件においては、それなりに関わっているような気がするのよ。マネージャーという立場ですから、分かったとしても不思議はないでしょう? それに気づいたことで、もし、彼が見た目以上に責任感が強く、先を見る力があったとすれば、引き抜きをされて、立場が微妙になるのは自分だということを悟ったとしても無理はないですよね。そう思うと、今度はあの人の性格がまた分からなくなるんですよ。何か考えが堂々巡りをしているように思うんだけど、何とも言えない気がするわ」
と、りえは、話をしながら、頭の中が混乱しているようで、
「彼女は、頭が整理できていないと、他の人よりも、言動があいまいになったり、不自然に見えてくるのかも知れないな」
と感じた森脇だった。
「殺人の動機は、そのあたりにあるようだね」
と森脇がいうと、
「でも、犯人はいったい誰なのかしらね?」
と、りえは、急にそれまでせっかく自分が誘導してきた話の腰を折るような雰囲気になった。
それを聞いて、
「あれっ?」
と、森脇は感じた。
今までの考えが理屈に沿ったことであり、的確なタイミングだったはずなのに、話を変えるというのか、急に焦ったような雰囲気になったことが、森脇にとって違和感だったのである。
そういえば、今までにりえが、急に話をそらしたことがあったのを思い出した。あの時も確かに狼狽えていた。それを言及できなかったのは、それだけまだ新人だったということだろうか?
「犯人探しは、警察でいいんじゃないのかい?」
と、森脇は言った。
それを聞いたりえは、
「森脇さんは知りたいと思わないんですか?」
と聞くと、
「うん、僕は別に気にならない。丸山さんとは、面識があるわけでもないし、つかささんからはいつも叱られていたというイメージしかないからですね。そうやって考えると人間って、したたかなもので、気になる以外の人には、興味も何もないということなんだよね」
と森脇は言った。
「そうなのよ、気になる人以外を変に詮索しようなどとするから、殺されたりするんだわ」
「それは、どういうことなんだい? まるで、りえさんは、犯人はその動機を知っているような言い方だけど」
「犯人は、被害者さえ殺せばそれでよかったのよ。丸山さんを殺すことだけが目的、つまり、犯人にとって、まったく利益のない犯行。ミステリー小説などでは、犯人捜しの時によく言われるのが、「その犯罪でm一番誰が得をするか?」ということが重要だというのよ。つまりは、利害関係という意味よね」
「でも、丸山さんは、つかささんと組んで、この店からの引き抜きを計画していたんでしょう? でも、それも、丸山さんが辞めて、そして、つかささんが後を追うようにして辞めたことで、計画はなくなってしまったんじゃないの?」
「いいえ、そんなことはないのよ。計画は続いていたの。というよりも、これからが計画の本番で、二人が辞めた時には、その下準備ができたから辞めたのよ。二人にとって、最初に、スタッフに口止めをすることが大切だった。それは、女の子とスタッフの禁断の場面を目撃したり、時には盗撮もあったかも知れないわ。実際にこのお店で、スタッフと女の子の関係は、数人の間で流行っていたのね。もちろん、全員というわけではない。特に、このお店は店長がしっかりしていて、マネージャーが、そうでもなかった。そこで、店長はマネージャーに、そのあたりをしっかり見はらせていたの。実は、マネージャーは、頼りないように見えたのは仮の姿であって、あの降格だって、スタッフの目を欺くためのことだったのよ。そうしておいて、スタッフを安心させるというね」
「そうだったんだ。だから、向坂さんは、あれだけ几帳面なのに、どうして降格なんかさせられたのかって思っていたんです。それにもっと不思議なのは、今から考えて、つかささんと恋仲だったなんてウワサ、僕には信じられないくらいなんです。教え方は丁寧なので、さすがに降格は、店長の見立てが悪かったのかな? って思ったほどなんですよ」
「そう思うのは当然ね。でも、つかささんと恋仲だったのは事実なのよ。ただし、これは、つかささんが、向坂さんに、丸山さんの計画を密告したからなのよ。もっというと、店長も公認だったというわけなの、それだけ、向坂さんには店長も全幅の期待を寄せていたというところね」
「うんうん、なるほど。じゃあ、この事件に、向坂さんは大いに関わっていると考えてもいいのかな?」
「そういうことになりますね。でも、やはり一番の問題は、どうして、丸山さんが、あの場所で殺されていたのかということよね。防犯カメラにも映っていなかったわけでしょう?」
とりえがいうと、
「あっ、そうか」
と、森脇もいまさらながらに気づいたのだ。
「森脇さんならすぐに気づくと思っていたけど、そこの気づかなかったというのは、よほど、死体を最初に発見して、気が動転していたからなんでしょうね。もっとも、犯人にとって、第一発見者を森脇さんにするという思惑があったんだと思うわ。だからこそ、あの部屋の扉がかすかに開いていたんでしょうね。早く死体を発見させるためには、どういう理由が考えられる?」
と言われて、森脇は少し考えて、
「やっぱり一番は、警察の鑑識が入った時、死亡推定時刻がハッキリしていることなんじゃないかな?」
というので、
「ええ、そういうことなの。そして、それは、一番犯人だと疑われやすい人にアリバイを作るためだとすれば、どうかしら? 警察が状況証拠や、動機、あるいは、まわりの人間関係から考えて、いよいよターゲットを絞って、その人を捜査し始めて、その人には完ぺきなアリバイがあるとすると、きっと捜査は混乱するわよね。それが、犯人たちによっての計画の一つだったのかも知れない」
というりえの言葉に、一瞬、森脇は、違和感を感じた、
「えっ? 今犯人たちっていいました? じゃあ。これは共犯がいるということですか?」
「ええ、一人ではないと私は思っている。ある意味、動機もある意味バラバラなんじゃないかしら? それぞれに、利害関係が立場的に一致した人たちが、それでも、一つのものを守るため、ただそれが、犯人の中の一人にとっては、その守るものはどうでもいいことで、その人にとっては、利害というよりも、得はしないけど、このままでは地獄に落ちてしまうという自分の立場から逃れたいという一心のようなものがあったとすれば、共犯関係になったとしても、不思議はないでしょう?」
「それは、男女ということでしょうか?」
「ええ、おそらくはね。だから、最初に死体を発見させて、その女性のアリバイを立証させてあげたかったんだって思うわ。でも、ここに誘い出したのは彼女だと思うの。でも、誘い出した時間は、殺されるよりもずっと前、殺される数時間前ね。きっと、警察の鑑識の捜査で、被害者が殺される前に、睡眠薬を服用されていたこと。そして、縄で結ばれ、猿ぐつわをさせられ、どこかで拘束されていることを見つけると思うのよ」
「昨日の最後には、八部屋すべてを使っていたわけではなかった。確か、あの部屋は昨日の夜は開いていることになっていたんじゃないかな?」
「ええ、その通り。犯人たちはそれを利用したということなんでしょうね」
「でも、どうやって、あのお部屋に入れたのかな? 防犯カメラにも映らず、しかも、営業時間中に」
「それは、森脇さんだって知ってるでしょう?」
「ああ、そうか、女の子たちの入ってくる別のルートだね」
と森脇がいうと、りえは頷いていた。
ソープのようなお店の中には、すべての店に言えることなのかどうか分からないが、この店では、女の子が、お客さんと通路や入り口でバッティングしないように、別の通路が用意されている。
そこは、普段は非常口と言われるところであり、防犯カメラは、基本ついていない。女の子たちは、非常口のカギを持っていて、自分たちがそこを使って入ると、そこを自分で閉めるようにしている。さらに、もう一つは、客に対しての禁止事項の一つに掲げられている。
「出待ち」
というものの警戒にである。
出待ちというのは、女の子が店を出る時、お気に入りの男性が、その子を待ち伏せしていて、声を掛けたりすることなのだろうが、さらにそれがエスカレートして、女の子を尾行することで住所を特定し、自宅に張り込んで、日常生活などのプライバシーを侵害するということである。
当然法律で禁止はされているが、プライバシーを握った方は、
「会社や学校に、ソープで働いていることをバラすぞ」
と言われれば、相手のいうことに従わなければいけなくなる。
そういう意味で、客への身バレというのが一番怖いのだ。
森脇が大体理解したところで、
「そうなの。私たちの一番怖いのは、客に身バレすることでしょう? あの丸山という男は、それを使って、女の子たちを脅迫しようと考えていたの。そして、最初につかささんに目をつけて、自分のものにした。もちろん、プライバシーを餌にね。それで嫌々ながら、丸山の計画に乗せられて、引き抜き計画をしたということなの。丸山という男、ギャンブルで首が回らなくなって、それで脅されていたようなんだけど、そういう意味では彼も一種の被害者といえるんだけど、でも、彼の場合は自業自得ね」
「じゃあ、彼を殺したのは?」
「きっと、組織の人間が、丸山が、ヤバいと思ったんでしょうね。まさかとは思うけど、利用されながら、組織の上前を奪うくらいの気持ちでね。それで、組織から消されたということなんじゃないかしら?」
「ということは、このお店にその内通者がいるということ?」
「ええ、でも、つかささんではないわ。彼女は、最初、密かに丸山を好きだったのかも知れない。でも、これだけの悪党だって最初から知っていたわけではないので、ちょっと危ない人というくらいの意識はあったんでしょうね。それが、彼を好きになった理由なのかも知れないけど。でも、そのうちに、丸山の悪事に気づいたので、向坂さんに相談した。そこで向坂は、店長に相談したんだと思う。そこで店長が、組織に話をしたんじゃないかしら? 一番うまくいくようにということでね。それで、組織にも、店側にも疑いが向かないように、事情関係のもつれで殺されたかのようにね。だから、逆に犯行現場はこのお店だったのよ。店で殺されていれば、まさか店の首脳が絡んでいるとは思わないでしょう? でも、スタッフや女の子も犯人にしたくはなかった。だから、アリバイを作らせて、少しでも、警察の捜索をごまかせたらと思ったのかも知れないわね」
「なるほど、企画立案した人と、実行犯とは別々だということなのかな?」
「ええ、そういうことだと思う。組織は、もうとっくに、この店から女の子を引き抜くことをやめていたんだと思う。それは、丸山があまりにもボヤボヤしていて、なかなか計画が進んでいなかったからなんでしょうね。丸山としては、計画通りに進んでいたのに、組織側は丸山をすでに見限っていた。ここまで協力したのに、報われないと知った丸山は、頭にきて、組織に対して握っている秘密を暴露するとでもいったのかも知れないわね。自分が殺されるかも知れないというのに、丸山としても、かなりの覚悟だったのかも知れない。でも、実は組織もしたたかなもので、警察に仲間がいるということなのかも知れないわね。だって。いくら組織といえども、人を一人殺すんだから、自分たちが絶対に安全だということでない限り、犯行には及ばないでしょう。ひょっとすると、まったく違うところから犯人が出てくるかも知れない。私はそんな風に思うのよね」
と、りえは言った。
「今回の犯罪が、表に出てきた事実とは別に、一度錯乱させたと見せかけて、時間稼ぎの間に。他へとミスリードさせるということが目的だったということかな?」
「ええ、それも大きな目的。でもね、そのせいもあって、このお店は、その組織の傘下という形になるんだと思うの。その組織だって。表向きにはまっとうな企業なので、うちが、どこかの企業グループの傘下に入ったとしても、不思議はないでしょう? 今の世の中、生き残るためにはどこもやっていることだしね。これで、企業と、お店には何も傷つくことはない。警察もある意味、助かっているかも知れない」
「どういうこと?」
「実はね。このお店でかつて、店の女の子と従業員の間で痴話げんかがあって、それが原因で女の子が自殺をしたの。それを店としても体裁と、店の保身を考えて、警察のその時、誤った捜査をしたんだけど、それを店が握りつぶすということがあったのよ。それを組織も知っていて、組織とすれば、この店と、警察両方に対して、まるで、鳥と獣が戦争をしていて、鳥に対しては自分を獣といって、獣に対しては自分を鳥だといって、うまく立ち回っていたイソップ寓話の中の、「卑怯なコウモリ」という話があるんだけど、そんな日和見的なことができたんだ。でも、実際には、誰が得をしたというわけではない。結局は三すくみになってしまって、今ではどれが裏切るかによって、すべてが崩壊してしまう。まるで。冷戦時代の」核の抑止力」というものでもあるかも知れない。これが、現代の犯罪なのかも知れないわね」
と、りえはいうのだった。
なるほど、日にちはどんどん経っていって、確かにりえの言う通り、一度警察は犯人を確定したかのようになったんだけど、また一から降り出しになってしまった。結局、事件は解決できないまま、時間だけが過ぎていき、もう誰も事件のことを口にする人はいなかった。
そういえば、事件が発生してから店の再開まで数日だった。殺人事件が起こったわりに、異例の速さでの再開だったが、さすがにあの部屋は使われることはなかったのだった。
今は辞めてしまったが、りえのいう、まさにその通りだったのだ。
( 完 )
泡の世界の謎解き 森本 晃次 @kakku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます