第4話 タペストリー下の秋
私の家には不自然な場所に正方形の小さなタペストリーが壁に貼られています。
パッチワークという技法で作られたうさぎのかわいいタペストリー。それが階段の途中、しかも足元に近い場所にあるのです。もう、何十年も。
お客さんが上の階にあがることは滅多にないため、驚かれる機会はほとんどないのですが、改めて考えると不自然極まりないよな、と。
私の母は手芸が趣味で、一時期友人から勧められたパッチワークに挑戦して毎日いろんなものを作っていました。今でも家中そこかしこにその名残があります。
――クッションカバー、ソファカバー、それこそ壁を彩るタペストリー。
何十年も経つと、古くなって別のものに付け替えたりするのですが、階段の壁、足元付近のタペストリーに関しては、ずっとそのまま。忘れ去られたように、壁に張り付いています。なぜそんな場所にずっとタペストリーのうさぎは居座り続けなければいけないのか。
まあ実際、忘れ去られているからなのでしょう。もう「壁の一部」といっても過言ではないほど長く、見られることを目的として貼られているものではないのですから。
いや「壁の絆創膏」みたいなもの、と言った方がしっくりくるかもしれません。
ぺらり。
タペストリーをめくると、それは現れます。
私が――いえ、正しくは、私の「ひざ」が作ってしまったもの。
――――穴が。
………………はあ?
これだけ溜めといて、穴? 壁のアナ? アナと私のひざこぞう?
と、思われたかもしれません。が、そうです。
穴です。略して「アナ秋」です。
でもただの穴ではありません。
ナント増設、してあります!
………………はあ?
二回連続、同じ個所に私のひざこぞうがクリティカルヒットして、小さな穴を中くらいの穴に改築しました。
弁明させてください。
何も思春期のときに、払拭できぬ沸々とした怒り、または淡くほろ苦いただならぬ憂いを抱き、発散のために「えいや!」とやっちゃった……わけではありません。
階段から滑ったのです。なにを急いでいたのか、もう何十年も前なので思い出せませんが、育ち盛りで――まあなんというか言葉を選ぶならば活発的にぽっちゃりだった私の体重とスピードが、勢いに拍車をかけたのでしょう。
もう簡単に開きましたね、穴。
あ、こんなに簡単に穴って開くんだ。と思ったことだけは覚えています。
ええと、はい。
さて前回の更新からもうちょっとで一年経過してしまうというところで、戻ってきました。
あれから開店当初から働いていた店が閉店してしまい、現在求職中もとい、休職中です。
今年の春か夏の間に関東の方へ単身で引っ越しを考えており、それまでは職探しよりも家探しのほうが先になるため、今のうちに何かできることが無いかと模索中であります。
開店当初から働いていた。つまりはオープニングスタッフだったのでお局様もおらず、職場の仲間ともずっといい距離感でいられて非常に居心地最高の場所だったので、寂しいです。
他のスタッフさんは、別の店舗に移動したり、学業に専念したりとしている中、私だけだいぶ宙ぶらりんな位置にいます。
壁の開き、記事の空き、とくれば別のアキの話になると思うじゃないですか。
違います。閉店です。真逆。ヘイの話です。
私個人の身に起きたものに限らず、ここ最近は閉じていくものの存在について、考えることが多くなりました。
某有名漫画家さんやイラストレーターさん、声優さんなどが一気に亡くなられたこともそうですし、年々街中も閉店する店が多くなっていく。
そんな中でこの間、常連客のおじちゃんが経営されているうどん屋さんへ、前の職場メンバーの一人と一緒にうどんを食べに行きました。
私たちが産まれる前、もう何十年とあり続けるうどん屋さんは、飲み会の後の〆として食べにくる人たちのために、深夜までやっているそうです。
ただ、コロナもあり、情勢が変わって、客数も減少して、いつも通り――とはいかないようで、昔より閉店時間を早めたりしているそうです。
いつまで続くのかは分からないけれど、いつも通りとはいかないけれど。
それでも変わらないように在り続けることって、それだけで誰かを安心させたり、背中を押したりしてくれるものなのかな、なんて、思ったり。
うどんと共に、そこで働くおじちゃんたちのぬくもりを味わいました。
関東へ行って、両親と離れて、今の自分になにができて、なにが変わるのか。まだ、想像もつきませんが。
閉じていくものの中にも、最初の穴、というものが存在したことは確かで。
階段の穴のように、すっころんで予期せぬ穴を開けてしまうこともあるかもしれないけれど、それが忘れ去られるくらいに当たり前に「在る」ものになるように。
今はとりあえず、足元でもいいから手当たり次第に掘ってみる次第です。
誉み間違い 汐芦望 @shioashiMoti
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