第4話・従順な人

「犬みたいな人が好きなの」


弧を描いた赤いルージュの似合う唇。


「従順で、私の言うことなんでも聞いてくれる」


伏せた目には長いまつ毛を携えて。


「そんな人が好き」


貴方に視線を送る。


「…そうですか」


何よ、気取っちゃって。

中身の無いティーカップを捨てる。

カチャンと音を立てて、それは無様に砕け散る。


「猫みたいな人は嫌いなの」


気まぐれで、自分は特別だと気取ってて


「…ホント、きら〜い」

「同族嫌悪ですか?」


ちょっといじわるしようと思ったのに、割れたティーカップを片付けているのに必死みたい。


「…違う、私はもっと特別よ」


貴方よりもっとね。


「なら、貴方はよりタチが悪い。その内、貴方のことが嫌いになるでしょうね」


ティーカップの死骸を片付けながら言う。


「随分と生意気な人」

「…貴方だけには言われたくないですね…失礼」


あら、手なんて握って。やっとその気になってくれたのかしら。


「怪我は…していませんね」


はぁ…そうね、貴方はそんな人だったわ。


「えぇ…それより、新しい人はまだ?」


サッと手を払い除ける。私は鈍い人も嫌いなの。


「この前の人はどうしたんです?貴方は犬みたいな人が好き、なんでしょう?」

「あぁ…ホテルの前で盛大に振ってやったわ。あの人、私に噛み付いてきたのよ。えぇ、好きよ。従順で、私の言うことなんでも聞いてくれる…そんな人がね」


そう言うと、ため息を吐かれた。


「はぁ…好き嫌いが激しいですね。そんな調子じゃ、貴方が好きになるのは僕しか居ないのでは?」

「嫌なの?」


ええそうよ、なんて言ってあげない。


「あーあ、早く従順な人が欲しいわ」


チラリと貴方に視線を送る。


「貴方はワガママが過ぎるんですよ。勿体ない…」


こんなに美しいのに、なんて言う貴方。

なら、貴方がなればいいじゃない。従順な私の犬に。


「あーあ、貴方のお世話なんてゴメンだわ、ホント大変なんだから」


私が愚痴ると、貴方は怪訝そうに眉を顰める。


「貴方が?私が貴方の世話をしているんじゃなく?」

「そういう所が大変なのよ」


鈍い人は嫌いよ。


「でも」


特別に待ってあげる。


「悪くないわね」


だから早く私のものになってちょうだい。

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1話読み切り短編集 一人 @hitorikazuhito

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