番外編 4 オスカー・ダーフィト・ブザンヴァルの後悔

 ブザンヴァル王国の第三王子であるオスカー・ダーフィトは、ホーエンベルグ公国に潜入後、ブザンヴァル王家の血を引く伯爵令嬢が、ワインを浴びせられた無惨な姿で帰って来たのを見て、

『ホーエンベルグ公国、存在する意味ゼロだな〜』

と、心の中で呟いた。


 主人筋の血筋を引く令嬢をこのような扱いにしている時点で万死に値する。我が王家を馬鹿にするその態度を死ぬまで後悔するがいい!


「私が窮状をいくら手紙で訴えても、返事の一つも来たことがないんだから、没交渉って事でしょうよ」


 頭の中でどうやって滅ぼしてやろうかと考えている最中も、令嬢と庭師のベンとの会話は続いていき、令嬢はあろうことか、芝生に唾をペッと吐き出すと、

「まあ、そんな訳で、ベン、悪いんだけど、私にお金を貸してくれないかな?」

 と、言い出したのだ。


 普通、自分が困り果てるような状況に陥った場合、目の前に冴えないジジイと見目麗しい男性が居たのなら、絶対に見目麗しい男にまずは助けを求めるものだろう。


 だと言うのに、アグライアという伯爵令嬢は、

「誰あんた?」

 と、胡散臭いものでも見るようにしてダーフィトを見つめ、

「お母さんから、知らない人からお金を借りちゃ駄目だって言われているし」

 と、言い出すし、どこからどう見ても貴族令嬢らしくない。


 あまりに令嬢らしくない態度がツボに入り、ダーフィト自ら、令嬢を公国から脱出する手配をすることにしたのだった。


 とにかくこの令嬢、前世の記憶とやらを持っている所為で、やることなすこと、とにかく面白い。第三王子であるダーフィトが商会の会頭であると言えばそれを信じるし(実際にダーフィト所有の商会であるため、嘘をついている訳でない)ダーフィトを『お助けキャラ』と位置付けて、個人的な興味を一切向けて来ないのだ。


 女性に一切の興味を示されない、それはダーフィトにとって生まれて始めての屈辱だった。今までは女性に好意を向けられることに対して辟易として、嫌悪感すら持っていたというのに『お助けキャラ』とだけ見てくる彼女の存在に、何とも表現しづらい苛立ちを感じることになったのだ。そのため、


「アグちゃんの為に、僕は頑張るからね!」


お助けキャラに徹したダーフィトはアグライアに掛かった費用は全て負債として積み上げることにして、彼女にその額の大きさを提示することにした。


「幾らなんでもその金額、エグくないですか?」

「実際に掛かった費用なんだから仕方がないじゃない」


 マッサージベッドやリクライニングシートの開発にも費用が掛かったし、壊れた離宮の改修工事にも金を突っ込むことになったのだ。その掛かった費用をそのまま積み上げてアグライアに請求するダーフィトの姿を、部下のウルスラは呆れた目で見ていたものの、


「そ・・そ・・そういうことなら仕方ありません!頑張って働いて借金を返済します!」


 アグライアは泣き言の一つも言わずに、マッサージ事業で荒稼ぎをして借金返済に乗り出したのだった。


 ダーフィトとしては、

「ごめんなさい・・私にはそんな高額な費用、払うことが出来ません!」

 と、泣きついてくるだろうと思った上での行いだったのに、アグライアはその後も泣き言を時々言う程度で、がむしゃらに借金を返そうとする始末。


 しかも、神が作りたもうた〜と良く言われるダーフィトを目の前にして、

「私!道端で落ちているイケメンを拾うのが夢なんです!」

と、宣言。


「本当は道端に落ちていなくてもいいんです。とにかく、私に誠実で大切にしてくれそうな人であれば、平民であっても良いっていうか、とにかく、現在、恋人募集中なんです!だからダーフィトさん!良い人がいたら是非とも私に紹介してください!」


 全く自分のことは眼中にないアグライアを見下ろして、ダーフィトの中でプッチーンと何かの糸が切れる音がしたのだ。


「そうか、そうか、そうか、アグちゃんは自分の恋人になってくれるイケメンを募集中なんだね!」


 この時のダーフィトの笑顔の後ろには真っ黒な渦が巻いていたと、後にウルスラが証言をしているのだが、

「オッケー!アグちゃんがそういうつもりだったら、お助けサポートキャラとしてお手伝いしてあげることもやぶさかではないよ。だけどね、彼氏を見つけるにしても、まずは借金を返済しないと!」

 にっこり笑ってダーフィトはアグライアの両肩を掴んだ。


「アグちゃん、考えても見てよ?もしも自分が恋人を探していたとして、相手が借金まみれだったとしたら、あえてその人を選ぶと思う?」


「はっ!」


 その時のアグライアのハッとした顔を、ダーフィトは心のアルバムの中へきちんと収めることにした。とにもかくにも、あっ!そうだった!みたいな顔がとても可愛らしかったのだ。


「まずは借金を精算して、身綺麗になった状態で伴侶は探そうか?」

「そ・・そ・・そうですよね!そうですよね!私!頑張って働きます!」


 そう言って自分を一切当てにしないアグライアを見下ろしながら、ダーフィトは口元に美しい微笑を浮かべていたのだった。


 絶対に借金の返済終了には持って行かせない。

 絶対にイケメン探しは失敗させてやる。


 この思いは後に執念となってアグライアの恋路を分断していくことになるのだが、その度に落ち込むアグライアを見て、ダーフィトは楽しくて楽しくて仕方がなかったのだ。


 これはもう、好きな子をいじめて楽しむような感覚と同じものなのかもしれない。

 好きな子をいじめて楽しむ?僕がアグライアをいじめて楽しんでいるだって?


「幼児並みの恋愛心理、今まで女なんか見向きもしなかったダーフィト様のその体たらくぶり。いざ、自分の好意に気がついてリカバリーを果たそうとしても、お助けキャラが定着し過ぎて挽回不可能な状態。我が主人ながら本当に愉快、愉快で楽し過ぎますよ!」


「ウルスラ、お前、ぶち殺してやろうか?」


 そそくさと部屋から出ていくウルスラの背中に言葉を投げかけながら、ダーフィトは一人、頭を抱えることになったのだ。


 まず第一に、付き合いが長過ぎて自分から、

「実は僕、この国の第三王子だったんだよ〜!」

とか、言い出しづらい、言い出しづらいにも程がある。


 一年過ぎたあたりから、自分から素性の告白は不可能になったような気がする。

 意地の悪い何処かの誰かが、絶対に自分のことをアグライアに告げ口すると思っていたのだが、誰も何も言わないのだ。


 結局、自分の素性をバラしたのはホーエンブルグ公国の舞踏会場で、アグライアを酷い目に遭わせてきた連中をまとめて『ザマアみろ!』をしたついでに、鬼の王子の素性を露わにしたのだが、まさかあまりのショックでアグライアが気を失うとは思いもしなかった。


 気を失ったアグライアは、ダーフィトに挨拶一つせずに、ウルスラと共にその日のうちに王国へと帰ってしまったのだ。


 後に、

「私がアグちゃんの借金は返済するからストーカーは帰ってくるな!」

「アグちゃんの心を傷つけた息子は万死に値する!」

 と、両親から手紙が送られた時のダーフィトの落ち込みたるや、大変なことになったのは言うまでもない。


 公家の後始末に追われたダーフィトは仕事に逃げ続けたが、その気になれば国の一つでも二つでも三つでも落とせる男は、最後の方ではほぼ、使い物にならない状態になってしまった。


「オスカー様、もう、王国に帰っても大丈夫ですから」


と、部下に見送られ、馬を乗り継いで王国に帰っても、アグライアの下町の店の前から身動きが取れなくなってしまう。

 そうして、王子のくせに道端に座り込んだダーフィトは、

「ダーフィトさんなんて大嫌い!嘘つき!って言われたらどうしよう・・」

 そんなことをグダグダと考え続けているうちに、雪まで降り始めてしまったのだった。


 優しい優しいアグライアに遂に声をかけられたダーフィトは、どれだけ自分が恥で愚かでどうしようもない醜態を晒したとしても、兎にも角にも、彼女に愛を囁き続けようと決意をした。


 これは、二人の恋の物語。

 最終的にはどうなったのか、それは本編を読んで御確認いただきたい。



       〈 オスカー・ダーフィト・ブザンヴァルの後悔   完 〉

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悪役令嬢は異世界でマッサージを広めたい 〜前職活かしてイケメン探し始めます〜  もちづき 裕 @MOCHIYU

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