変身する系人類

朝、目が覚めると毒虫になっていたというのは、割とよくある話のようで、姉の彼氏の友人の甥も、父の恩師のはす向かいの人も一時毒虫になっていたらしいし、中学校の頃なんてクラスメイトの田中が毒虫のまま授業を受けていた。これを読んでいる皆さんの中にも毒虫になったことあるよって人が大多数だろう。おたふく風邪みたいなものらしい、毒虫になるのは。けれど、実を言うと、恥ずかしながら僕はまだ毒虫になったことがないのである。毒虫童貞なのだ。いや、毒虫処女かもしれない。年を取ってからの毒虫は長引くというので、今日の午前中に予防接種をしてきた。だからと言って安心してはいけない。一瞬の気のゆるみとか、季節外れの花粉症とか、寒暖差とかで毒虫になってしまうらしいから気を付けなければ。二十二歳の一人暮らしで毒虫にはなりたくない。手洗い、うがい、歯磨きをしっかり行い、ゲーテを音読する、これで予防はばっちりだ。毒虫なんかになるもんか。

 そう思っていた。しかし。

 次の日、目が覚めると僕は幼女になっていた。なぜだ。

 目が覚めると幼女になっていたという話は聞いたことがない。どうしたらよいのだろうか。とりあえず、医者には診てもらっておいたほうがいいだろう。こういう時は整形外科でまず間違いないだろうが、牛になったときは消化器内科がファーストチョイスと言うし迷いどころだ。両者で迷った挙句、結局、最寄りの小児科へ行くことに決めた。幼女なのだから間違ってはいない。大学の研究室の先生に、目が覚めたら幼女になっていたので今日は休みます、という内容のメールを打ってから家を出た。


 医院には色々な患者がいた。まず毒虫になった子供がいた。幼いうちになっておいたほうが良いので羨ましい。牛になった子供もいた。それなら消化器内科へ行くべきだろう。そして、ノートパソコンを抱えた母親が看護師と会話をしていた。

「今日はどうされましたか?」

「うちの隆がブルースクリーンになったかと思うとうんともすんとも言わなくなりまして」

 それはもう電気屋に行けよ。

 看護師も困惑の表情を浮かべながら、「この紙に記入をお願いします」と紙とペンを渡した。

「あの……体温はどこで測ればよいでしょうか」「脇でお願いします」「脇はどこでしょう」「……さあ?」と頓珍漢な会話が繰り広げられていた。息子がパソコンになったのか、母親が狂ったのか、傍から見ただけでは区別がつかない。

 どうも変身してしまう奴は多いらしい。流行りの病なのかもしれない。

「橘さん。橘拓也さーん」

 名前を呼ばれて、診察室へと入る。僕と入れ違いにパソコンを抱えた女性が出てきた。

「隆、良かったわねぇ」どうやらブルースクリーンの状態からは脱出したらしい。


「今日は如何されましたか?」医師が問うた。

「目が覚めると幼女になっていまして。あの、治りますか?」

「時間が経てば治ります。しかし、期間がどれほどになるかはわかりませんな。なにせ、明確な治療法が確立されていませんからな。とりあえず今日は抗菌薬を出しておきますね」

菌が原因で幼女になってたまるか。


故郷の母親にも一応、幼女になった旨を伝えておくことにした。

「あんたも幼女になったのかい⁉ こりゃぁ、遺伝だねえ」

「遺伝って、他にも誰かなったのかよ!」

 自宅に戻ると携帯にメールが入った。教授からだった。曰はく、アホなこと言ってないで学校に来なさい。仕方がないので大学へ向う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

断片集 行方行方 @kisasagisasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ