芸術に堕つ

桑鶴七緒

ある男の証言

あなたが忠告してくれたように、僕は今日ここで話さなければならないことがあります。


あの時、会社にいたことは事実です。ただそこから僕はあの人に実行することを促したのは間違いありません。初めは本人にそれをやるのは正しいことではない、思い踏みとどまれと告げました。それは明らかに罪を深くさせてしまうことだと、何度も説得させたんです。でも、その人は口出しをしないでくれ、お互いに決めた復讐なのだから相手にも思い知らせた方が良いと言い放って去っていったんです。

それから連絡が取れなくなり、こちらとしてもどうすればいいのか悩みました。夜も眠れずにずっと己と向き合っていました。


そのうちに考えついたのが……ああそうか、刺殺をする手があるのかと。


ただ逃げた人間をどう捕らえようかそこからまた新たに考えたんです。相手の婚約者を呼び出してその隙にあの人も呼べばいい。その日のうちに何度か電話をしていると、婚約者の女性から僕の電話を受け取りました。ちょうどあの二人の付き合った記念日が空いているから、僕と会おうと告げると承諾してくれたんです。久しぶりに彼女と会いましたが、あの穏やかな人柄を見た時には、あの人を殺めようということには触れず、彼女の目線に合わせながらお互いの近況の話をしました。


家族に挨拶をして年内には籍を入れる事を伝えるととても喜んでいたらしいです。僕はその時に自分の事を思い出しました。自分も妻の親御さんに会いに行って結婚する事を決めたと告げた時、父が僕の顔を見て後悔のないようにお互いに支え合って生きていきなさいと言ってくれたんです。嬉しかったなぁ。母も妻の手を取ってよろしくお願いしますって涙ながらに言っていたことを。


そう考えていると、なんだかどんどんもやもやとしてきて、婚約者の彼女を憎くなってきたんです。あの二人は僕ら夫婦と違って地位も財産も一生悩む事なく手元にあって暮らしていけると。一方で僕の生活は荒すさんでいったようなものでした。それでも妻は僕の傍にいたいと離れたくてもそうはさせまいと引きずり回すかのように身体ごとその思いをぶつけてきたんです。そうしている時にあの人の婚約者と再会して、また別の日にも会っては笑い合いながらお互いの会話に尽きなく付き合っていきました。


ある日彼女が言ってきたんです。彼を殺してくれと。何があったのか理由を聞いてみたんです。不思議なことに、あの二人も生活が上手くいってなくて毎日のようにいがみあっては当たり散らして喧嘩をするようになったというんです。そうした二人のすれ違いを垣間見れた時に……そうだ、この時がチャンスだと思ったんです。

直接彼を呼び出して殺めるよりは婚約者の彼女を呼び寄せて、そこからあの依頼人に指示して刺殺するように仕向けたんです。随分と代償金も要求されましたが、最終的にはこちらの出した金額で納得してくれたんです。


問題はそこからでした。どうやって相手を絞めるかを話し合ったんです。


呼び出したところでひと思いに刺していくか、別の場所に連れていき適当に話をした後に殺すか、それとも会社の最上階にある階段まで連れていき嘘の証言を浴びさせ緊迫させたところで僕の目の前で刺し殺すか。今になって思えば相手も相当怯えていたし、しまいには失禁までしていましたしそれを見て笑ってしまいました。人をここまで追い詰めていくと心情が圧迫されていくのか、彼の足元を掴みかかって止めてくれと何度も泣きすがってきたそうなんです。


ああ、どうやって刺殺したかって?


結果的には僕が会社の裏にある階段から見下ろせる向かいの工事現場の足場のところに呼び寄せて依頼人に殺してもらいました。当日の依頼人は殺気立っていましたね。自分の生活もかかってるがあれだけの代償金が手に入るのならめった打ちにして思う存分絞め殺していやりたいと。それから依頼人は逃走しましたが結局あなた方に捕まってしまいましたよね。憐れだと思いましたよ。


結果としてあの人は命拾いをしたんですから。


何か所も傷を負って急所も狙ったのにまだ生きている。凄い生命力だと改めて思い知りましたね。婚約者の彼女は僕に対してお礼をしたいと言ってましたが、どうも虫が良すぎて相手にならないと思い二度と近づくなと言い僕から突き放して去るように告げました。最高の芸術になりそうなところで僕もこうしてあなたの前にいる。これも一つの運命なんでしょうね。


「──西原さん」


天井の電灯に目が行くとその人はこちらに向かって声をかけてきた。


「これからあなたの尋問が始まります。その証言をもとにしてどうかより詳しい事実をお話ししていただきたい。誓ってくれますか?」

「ええ。誓いますとも。僕はこれほどまで殺人というものに快感を得たことがないのですから」


その扉が開くと同時に席を立ち三人の男性とともに部屋から出てゆっくりを廊下を歩いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

芸術に堕つ 桑鶴七緒 @hyesu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ