ちょうど、私が犬を撫でるように。

リウクス

ありがとう

 私の人生には、いつも犬がいた。

 犬がいたといっても、飼っていたというわけではない。

 学校帰りにいつも見かける散歩中の犬がいて、会うたびに撫でたりして癒されていたのだ。

 犬種は……よくわからない。ポメラニアンっぽいとは思う。けれど、どこか違うから、多分ポメラニアンと何かのミックスだ。

 どうであれ、とても愛くるしいということに変わりはないんだけどね。


 小学生の頃、私はよく仲間外れにされたりして、一人で帰ることがあった。

 中学生の頃は、学力や部活のことで悩みながら帰ることが多かった。

 高校生の頃は、片思いの恋が上手くいかなくて、苦しくなりながら帰っていた。

 けれど、どんなときも、私を癒してくれたのがあの犬だった。


 犬は良い。犬がいれば何でも解決するような気がしてくる。

 犬を撫でていると、私の心を撫でてもらっているような感じがする。

 お互いに優しくて、幸せだ。

 だから、犬はすごく気持ちがいい。温かい。

 きっと、現代社会に必要なのは、SNSでもメタバースでもなく、犬なのだと思う。


 ——けれど、私が社会人になりたての頃、あの犬は突然現れなくなった。


 元々どこの家の犬なのかも知らなかったし、飼い主さんの名前も聞いていなかったから、探そうにも探すことができない。

 私が小学生の頃からいる犬だし、もしかすると、歳をとってここまで散歩できなくなってしまったのかもしれないし、その他の可能性もある。……引っ越しか、それとも……。

 私は、あの犬が今もどこかで、元気に誰かの心を癒してくれていたらと願っていた。


 私が新卒で働き始めて三ヶ月が経つ頃のことだった。

 私は社会人になってから初めて大きなミスをして落ち込んでいた。

 原因は私にある。けれど、上司がそれをカバーして、私のために残業までしてくれた。

 私はとにかく「ごめんなさい」と謝ったけれど、心はすっきりとしなかった。上司も「まあまあ」と私を宥めるだけだった。

 申し訳なさでいっぱいだった。

 罪悪感は人間が感じる最も嫌な感情なんだと思う。


 その日の夜、私は帰り道で泣いてしまった。

 不甲斐なさとか、色んなことが、とにかく悲しくて、道端にうずくまってしまった。


 もう嫌だ。働きたくない。

 そう思った。


 けれど、そうして私が静かに泣き続けていると、いつの間にか、私のすぐそばに温かい気配があることに気がついた。

 私がゆっくりと顔を上げて、見てみると——そこにいたのはあの犬だった。

 ずっと私の人生を支えてくれた、あのポメラニアンっぽい犬。

 私は目を丸くして、しばらく犬と見つめ合った。

 それから、無心でその犬に向かって手を伸ばし、ゆっくりと抱き寄せた。

 ……とても、フワフワしていた。

 撫でると、柔らかくて、温かくて、可愛くて、凄く癒された。

 直前まで感じていた無力感も、絶望感も、何もかも、その一瞬でどこかへ消え去ってしまった。

 頭の中で幸せな何かが分泌されているのがはっきりと分かった。


 しばらく犬と抱き合っていると、落ち着いてきて、私は飼い主さんに挨拶しようとした。

 ——けれど、そこに飼い主さんはいなかった。

 犬だけだった。

 飼い主さんとはぐれてしまったのかと思ったけれど、私はなんとなく、そうではないのだと直感した。


 ……会いにきてくれたのかな。


 私は犬に目を合わせて呟いた。


 ……ありがとう。


 そして、犬は返事をするように優しく吠えると、消え入るように、どこかに走り去っていってしまった。


 私は、不思議と悲しくなかった。

 多分もう、あの犬には会えないけれど、何か大切なことを教えてもらえたような気がしたから。

 私はそれを大事に覚えておくことにした。


 翌日、私は出勤してまず初めに上司のところへ行き、昨日の件について一言お礼を言ってから、感謝の気持ちを最大限伝えた。

 「ごめんなさい」はもう言わなかった。


 人が誰かに優しくするとき、きっとその人自身も、誰かに優しくしてもらいたいはずだから。


 ——ちょうど、私が犬を撫でるように。

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ちょうど、私が犬を撫でるように。 リウクス @PoteRiukusu

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