笑う

羽川明

笑う

 いつでもどこでも彼らは笑い、つられて僕らも自然と笑う。


 今日のような雨の日も、彼らはいつもと変わらない。


 ズボンのすそが汚れても、スカートが泥にまみれても、彼らは気にせず笑い続けて傘もささずに笑みを浮かべる。


 彼らは皆幸せだ。

 幸福だ。

 悩みなど、抱えたことはない。


 彼らの笑いは街を包んで世界を変える。世界は笑いが止まらない。


 どこもかしこも笑いが絶えず、争いはいつも蚊帳の外。


 しかし彼らは泥だらけ。


 一本道に一人の少年がいた。

 うつむいて、足元ばかり見る少年が。


 彼を除いた大勢は、皆々、笑ってる。

 幸せそうに歩いてる。水溜まりだって気にしない。


 でも彼は、水溜りを避ける。濡れないよう慎重に歩く。


 右手には傘があり、その口元に笑みは無い。


 彼を除いた大勢は、足を止めずに歩き続ける。

 曇った空を見上げても、やっぱり笑いは止まらない。


 でも彼は、歩くペースがしだいに落ちて、ついには立ち止まる。

 空を見上げることは無く、相も変わらず足元を見る。

 そこにあるのは濡れた地面。

 歩くと泥がね、誰かにかかる、こともある。


 彼を除いた大勢は、そんなことなど気付かない。


 泥にまみれて汚れても、それでもやっぱり気にしない。


 ただ一人、立ち止まった少年は、いつまでたっても動かない。


 気づいた女性は不思議に思い、彼に優しく問いかける。

 少年は、ゆっくりと顔を上げ、悲痛な声で答える。


「──雨の日ぐらい、泣いたっていいじゃないですか」


 少年の目には涙があふれ、笑いとは、ひどくかけ離れていた。


 それに気付いた女性から、はたちまち消え失せて、いつもの自然な顔になる。


 不思議とそれは、気楽に見えた。



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