2 るんとお着物


 前回までのあらすじ。

 魔法少女になった私は、秒でラスボス候補の大魔女を倒したのだった。しかし、これは伝説のはじまりに過ぎなかった……。


「お主に倒されたわけじゃないわい」

「ちょっと、モノローグにツッコまないでくれる?」


 大魔女るんとの熱い戦い(すごく疲れたのは本当なのでそういうことにしておく)を終えてすぐ、私とるんは二人で部屋を出た。

 というのも、るんがうちで暮らすことになったは良いものの、私のおばあちゃんに許可をもらわなければ何も始まらないからだ。

 

「おばあちゃーん、ちょっと話があるんだけど」


 居間のドアを開けると、お茶を飲みながらテレビを見ていたおばあちゃんが「なんだい?」と振り返った。

 すぐに、私の隣に立つるんに気がついて目を留めた。 


「おやお友達?」

「違うよ、敵だよ」


 私の返答におばあちゃんがポカンとする。

 すると、るんが「ちょいちょい、耳を貸せ」と手招きをした。

 腰をかがめると、るんは背伸びをして私の耳元に口を寄せた。


「これ何を言うとるんじゃ。それでは祖母君に取り入れんじゃろうが」

「もー冗談じゃん」

「真面目にやってくれ、わらわたちの命がかかっておるんじゃからな」

「わかってるって」


 おばあちゃんは無言のまま、私たちのやりとりを不思議そうに見ている。

 改めてるんのことを説明しようと試みる。


「おばあちゃん、この子はね……えっと、なんか、す、捨てられてたから拾ってきたの。ちゃんとお世話するから飼ってもいい?」


 精一杯の説明をひり出した私に、るんがジト目を向けてくる。

 そんな目を向けられる覚えはない。頑張ったんだから。


「もうよい詩織、代われ」


 呆れ顔を浮かべたるんが一歩前に出る。

 そしてにこやかに口を開く。

 

「お初にお目にかかるの、詩織の祖母君よ。わらわはるんと申す。わらわと詩織は互いに欠けてはならぬ存在でな、もはや常にそばにおらねば生きてゆけぬ程愛し合ってしまったのじゃ」


 ……ん? ちょっと待って合ってるけど合ってなくない!? 愛し合ってるってなによ!?

 私の動揺をよそにるんが続ける。


「そこで不躾を承知で相談なのじゃが、金なし身一つのわらわをこの家に置いてくれぬかの」 


 急なお願いに、おばあちゃんが困ったという顔をする。


「そう言われてもねえ。お嬢ちゃんいくつ? ご両親は?」


 その質問に、るんは腰に手を当て胸を張った。


「親なぞおらぬ、わらわは生まれの際より天涯孤独じゃ。よわいも三百を優に超えておる」


 うーん、堂々としておる。これもう収集つかないわね。

 私は説得を半分諦めかけたのだが、おばあちゃんはというと、何故か目を丸くして頬に涙を伝わせていた。

 口を覆う両手が小刻みに震えている。そして、

 

「あらまあ、江戸時代の幽霊さんだったのね。随分と小さい頃に亡くなったのねえ。そんなに辛い境遇なのに気丈に振る舞って、立派ねえ」


 おばあちゃんは涙ながらにそう言った。


 なるほど幽霊か、そういう解釈ができるのか。

 当のるんがとぼけた顔をしているから偶然も偶然なのだろうが、結果オーライだ。


「ちょっと待て、幽霊とか亡くなったとか何を言うて――」

「あーそうなのそうなの! るんは幽霊でね、すごく仲良くなってね、普段ひとりぼっちで寂しいらしいからうちに来たらって誘ったの!」


 るんの言葉を遮って強行突破を試みる。


「おい詩織よ、お主まで何を訳のわからぬことを」

「いいから、そういうことにしとこ」


 耳打ちすると、るんは渋々と言った様子で押し黙った。

 おばあちゃんがハンカチで涙を拭き、首を何度も縦に振る。


「不思議な雰囲気だとは思っていたけれど……うちでよければどうぞ気が澄むまで魂を休めていってくださいな」


 やった! これでどうにかるんと一緒にいられそうだ。


「おー、よいのか。よくわからんが懐の深さに感謝するぞ」

「ありがとうおばあちゃん」


 るんが私を見上げ「やったな詩織」と無邪気に笑う。

 私は親指を立て、「さすがです大魔女様」と褒めてやった。

 おばあちゃんがるんをじいっと見る。何事か考えた後、手を叩いて、


「そうだ、るんちゃんにぴったりのお召し物があるんだけど。ちょっと待っててね」


 と言って席を立った。


「なんぞ、わらわにはこれがあるゆえ別にいらぬというに」


 るんが自分の着ている真っ黒なローブをつまむ。

 るんの小さな体を丸ごとすっぽり隠す大きさではあるが、ボタン一つで閉めている前を開いて見ると、ローブの下には薄いキャミソールのようなもの以外には何も着ていない。

 少々ゴタゴタしていて気づかなかったが、すごくアレな格好だ。

 もしお外で風が吹いたりして、るんのこの未成熟なお身体が露わになったらと思うと……。


「おい詩織よ、はようその手を離せ。スースーするじゃろが」


 言われて、ローブを開け広げていた手をパッと離す。


「るん、こりゃ露出魔の格好だよ……」

「はあ? 何を言うとるんじゃ、大魔女はこの格好に決まっておろう」

「いや大魔女の決まりは知らないけどさ。この世界で暮らしていくのにこれは色々と問題がある」


 わざとらしく大袈裟に深刻な表情をして諭すと、るんは「そ、そうなのか……?」と戸惑いを見せた。


「そうだよ! 変態さんに狙われちゃうよ! すごく怖いんだよ!?」

「へ、ヘンタイとな……この世界にはそんな輩が蔓延はびこっとるのか……。わらわよりは恐ろしくはないじゃろうがしかし、今は魔力をなくしたでなあ……」

「そうだよ、るんは今、非力でかわいいよわよわ幼女様なんだから」

「うぬぅ……腹立つ言い様な気がするが一理あるのう。高貴なる大魔女とて命あってのものか……」


 るんが腕を組み難しい顔をする。

 するとそこへ、腕に何かを抱えたおばあちゃんが戻ってきた。


「るんちゃんお待たせ。これこれ、どう? 着てみない?」


 持ってきたそれを広げて見せる。

 それは着物だった。私も小さな頃に、これを何度か着せてもらった記憶がある。

 紺色の生地に咲く薄ピンク色の石楠花しゃくなげが鮮やかに映えている。


「ほー……綺麗じゃのう」


 るんが指先で着物に触れて、瞳を輝かせる。


「そうでしょう。私が小さい頃のものでね、今でも大事にとってあるのよ。詩織も、詩織の妹も、詩織のお母さんも、これを着たのよ」


 おばあちゃんが私を見て、るんもそれを追いかけるようにちらと私に視線を向けた。

 私は控えめに頷いた。

 

「そんな大事なもの、わらわが着てもよいのか」

「いいのよ、もう着られる子どももいないもの。るんちゃんが着てくれたら私も嬉しいし、着物も喜んでくれるわ」


 るんが着物を手に取って、にこりと笑顔を浮かべる。


「そうか。ならばありがたく頂戴しようかの」


 なんだかこう二人のやり取りは平和そのもので、るんが大魔女だなんで信じられなくなってくる。

 

「では早速着てみようかのう」


 るんがそう言って躊躇いなくローブを脱ぎ捨て、ひとりで着物を着始める。


「あら自分で着付けできるの? さすが江戸時代生まれねえ」


 おばあちゃんが関心するのをよそに、案の定というか何というか、るんはわたわたと着物を着るのに苦戦していた。

 

「な、なんじゃこれは、どうなっとるのじゃ。袖はここで合うておるな……しかしこれはまたわらわの衣よりも尚更開放されてはおらぬか」


 るんが前方を大開放したまま私に体を向ける。


「のう詩織よ、これではやはりヘンタイとやらの餌食ではないのか」

「あーあー、もうはしたないなあ。ちゃんとした着方があるのよ。おばあちゃんに着付けてもらいなさい」


 苦笑して言うと、るんは「そうなのか」とおばあちゃんに向き合った。


「では祖母君よ、頼んでもよいかの」



 そうして十五分程経って、無事に着付けが終わった。

 帯を締める際に「嫌じゃー!」と暴れ始めたるんを抑えるのには苦労したが……。


 着付けを終え、着物を身に纏ったるんが嬉しそうに両腕をバタバタと上下に振る。


「なんじゃあ、これは! すごいのう詩織! 美しいのう!」

「うん、似合ってるじゃん。かわいいよ」

「ふはは、当然じゃて」


 石楠花しゃくなげ柄の紺色の着物に、蝶結びの赤い帯。

 どことなく大魔女感もあって良いのではないだろうか。

 スマホを取り出し、るんに向ける。

 まずは普通に一枚撮ってから、


「るんー、くるって一回転してよ」


 とお願いする。

 私の要望に、るんはご機嫌な調子で「しょーがないのー」とひらりと身を翻した。

 

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私の大魔女るん〜魔法少女だけど敵の大魔女と同居することになりました〜 小野あしか丸 @ashikamaru

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