1 新たな魔法少女と大魔女るん③
不意に、元大魔女がハッとして私に手招きをする。
「これ詩織、お主の体に月の刻印はないか?」
「月の刻印?」
そう問われ、体をくまなく観察する。
すると、私の左手首、ちょうどブレスレットのオレンジ色の宝石の下に隠れるように、三日月の形をした黒い印があった。
それを指差して元大魔女に見せる。
「これのこと?」
「そうそうこれじゃ! 魔の契約だけは完了しておったようじゃの」
「いやなんでさ。普通こういうのも解除されるんじゃないの」
「わらわの契約は運命域の強固なものゆえな」
しばらく考える素振りを見せ、元大魔女が私に右の手のひらを向けてくる。
「詩織、わらわに抱擁せい」
しばしの静寂。
え、なに、私はどう反応したらいいのこれ。素直に抱きしめてあげたらいいの?
私が迷うのをよそに、元大魔女がひとり納得の表情を浮かべる。
「やはり命令は効かんようじゃの。魔力がないゆえ当然といえば当然じゃが、契約だけ残ってなんにもできやせぬ」
それはつまり、私は本来この子の言いなりだったってことですか。なにそれ怖いんですけど。
よかったー、よく分からないけど浄化されててよかったー。
「しかしひとつ大きな問題があっての……」
そこで言葉を切り、元大魔女が私に人差し指を向ける。
「お主に月の刻印が残っている、それすなわち、わらわとの契約自体は有効であるということじゃ」
「はあ、そうなんですね」
「今、お主の体にはわらわの魔力が流れておるな。なぜかそれは浄化されておらぬのじゃが……わらわがしかと感知しておるゆえ流れておるのは確かじゃ」
確かに、私の中にある澄んだ魔力に何か別のものが混じっているのはなんとなく感じている。
これがそうなのだろうか。
「ここからが肝心でな、お主に流れるわらわの魔力がなくなると……死じゃ」
元大魔女の発言に唖然とする。
開いた口が塞がらないとはこのことか。
次第に冷や汗が噴き出てくる。
「……えっ、ちょっと待ってよ、まさかあなたのこの魔力って時間が経つとなくなったりしないよね!」
問い詰めると、元大魔女は頬を掻いて気まずそうに目を逸らした。
いやいや、なんなのその反応は! やめてよ怖いじゃん!
「薄れるでな。定期的にな、主人の魔力は補充せねばならん」
「今の私死と隣り合わせってこと!?」
再び唐突にやってきた絶望。
私は思わず、元大魔女にすがりついた。
「あんた浄化されてんのにどうするのさー、なんとかしてよお……死にたくないよお……」
元大魔女は「まあ落ち着け」と言って、私の頭に手を乗せた。
「お主の中にあるわらわの魔力を取り込んで、また戻せばよいだけじゃ。持ち主の体では魔力は増幅するでな。すなわち、先刻のように口づけすればよい話じゃて」
「それってあなたに魔力が復活するってこと? 大丈夫なの?」
せっかく倒した(私が倒したということにしとく)大魔女が復活しては元も子もない。
「いんや、増幅するとてもともとの魔力量を超えることはない。わらわは魔力核が浄化されておるゆえ、結局はお主を生き長らえさせる程度の魔力しか得られぬ。つまりわらわを介して魔力を循環、再利用するというだけの話じゃな」
「そ、そっか、よかった」
一気に安心感が押し寄せる。
本当によかった、一命を取り留めたぞ。
しかし一安心したのも束の間、一転して冷静になって考えてみると、次第に顔が熱くなり始めるのを自覚した。
羞恥の感情を押し殺し、元大魔女をキッと睨み据える。
「キス魔め……」
ボソリと呟くと、元大魔女は意外にも取り乱した。
「んなっ、なんじゃとお! 威儀ある主従の儀式ぞ! そんな
「他にやり方ないわけ?」
「ない」
ないのか……。なんと不便で迷惑な契約だこと。
元大魔女が「ところで詩織よ」と私の顔を覗き込む。
「わらわ魔界にも帰れず路頭に迷ったのじゃが」
「はあ……そうですか。それは残念でしたね」
適当に答えてやると、元大魔女は口を手で覆いわざとらしく悲しそうな表情を浮かべた。
「残念よのう。わらわがこのまま姿をくらませば、お主は半月も経つ頃には息絶えると言うんに」
……ん? これって私もしかして脅されてます?
「大魔女といえど魔力がなくなっては寝食が必須。まともな金もなし、路頭で野垂れ死ぬついでに魔法少女を道連れに葬り去るのも一興かのう……」
「ここで一緒に暮らしましょう! ぜひお願いします!」
気づけば、私は全力で土下座をしていた。
大魔女の表情がパッと明るくなる。
「おーおー、そうかそうか。お主は優しいのう、詩織。感謝するぞ。使い魔にそこまで熱心にお願いされては、わらわとしても聞き入れなければの」
わははと笑いながらべしべしと私の肩を叩いてくる。
こいつ……良い気になりやがって……!
顔をあげ、上目遣いに元大魔女を睨む。
「その代わり、ちゃんとちょうだいよね」
「おー、分かっておる。口づけじゃな、詩織は欲しがりじゃのう」
先程の光景がフラッシュバックしてきて、つい顔が熱くなる。
恥ずかしさに両手で顔を覆う。
元大魔女が「愛いやつよのう」と言い、クスクスと小馬鹿にする笑いをこぼした。
こうして、魔法少女の私と大魔女が一緒に暮らす生活が始まったのだった。
「そういえばあなたの名前聞いてないんだけど」
「そうじゃったか。わらわのことは“るん”と呼んでくれ」
「るん……大魔女らしくない可愛い名前だ」
「高貴な名ぞ」
ふと窓の外を見る。
カラスが一羽、庭の木にとまって鳴いていた。
「んー……何だろう」
「考え事か?」
「ちょっとねー、何か忘れてるような気がして。まあ大したことじゃないよ、たぶん」
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