1 新たな魔法少女と大魔女るん②

 ゾッとした。この子は危険だと、魔法少女としての本能が私の意識に警鐘を鳴らす。

 ちらとカーちゃんのいた方を見る。カラスの体が微動だにせず横たわっていた。


「カーちゃん……?」

「これこれ、こちに集中せんか。そちの身が危ういことは重々感じとろうに。うぶいのう」


 女の子がケラケラとおかしそうに笑い、自らを指差した。

 

「わらわは大魔女でな」

「だ、大魔女……?」


 いきなり“大”魔女? プリマゴでいうところの大魔女イスキュロス様と同じ立ち位置ってこと? イスキュロス様……ラスボス候補なんですけど。

 終わった。レベル1の駆け出し勇者がラスボスに勝てるわけないじゃん。


「此の頃はちと退屈でなあ。頭を捻っておったらの、面白いことを思いついてしもうてな」


 大魔女がニコリと微笑む。

 何を考えているのかわからない笑みに背筋が凍る。


「なんと此度、魔法少女をわらわの下僕、すなわち使い魔にしようと思いついたのじゃー」


 そう言って両手を上げ、バンザイをする大魔女。

 大魔女の使い魔? あまり理解できてはいないが、正義の魔法少女としてそれはよろしくないことだけはわかる。

 

「かほど愉快なことを思いつくとは、さすがわらわじゃの」


 自画自賛して満足そうに口辺を緩ませる。

 すると、今までしゃがんで話していた大魔女が立ち上がった。

 “大”魔女なのに、やはり小学生のように小さい。しかしその威圧感は凄まじい。


「さ、わらわと契りを結ぼうぞ。そこに膝をつけ」


 カーちゃんもどこかへ行っちゃったし、魔法少女なりたてホヤホヤの私には抗う術もない。

 無様に負けて死ぬよりかはこの子の言う通りにしていた方が幾分マシなのかもしれない。

 ぐるぐると考えを巡らすうち、私は言われるがまま床に両膝をついていた。


 目線の高さが逆転し、大魔女に見下ろされる。


「なんじゃ、抗うことはせぬのか」

「だって……絶対勝てないし」

「ほほ、かしこいの。気に入ったぞ。わらわの使い魔になるからにはもはや正義の元へは戻れぬが、きっと悪いようにはせん。わらわの下僕となり共に悪の道を参ろうぞ」


 大魔女の右手が私の顎の下に添えられた。クイと顎を持ち上げられ、上を向かされた。

 

「名は何と申す」

「ゆ、夕崎、詩織」

「詩織か、良い名じゃの」


 大魔女が顔を近づけてくる。

 一体何をされるのか、と混乱するのも束の間、私の唇と大魔女の唇が触れ合っていた。

 瞬間、どこか心地の良い感覚がして、私の中に大魔女からの何かが流れ込んでくるのがわかった。

 同時にその何かに染め上げられていく、私が別の何かに変わっていく感覚。


 と、その時だった。 

 「うぎゃっ」という甲高い悲鳴を大魔女が出したかと思うと、のけ反ってそのまま床に仰向けで倒れてしまった。

 しかし倒れただけでどうやら意識はあるようで、口を半開きにさせ、目をしきりにしばたたいて呆気に取られているようだった。

 

 大魔女も呆気に取られているが、私も同じくらい、いやたぶんそれ以上に状況を飲み込めない。

 一体何が起こったというのだろう。


「なんじゃ……?」

 

 大魔女が気の抜けた声を出す。

 なんじゃ?と言いたいのはこっちの方だが。


 ようやく大魔女が体を起こし、不思議そうに自らの両手をじっと見つめる。


「わらわの魔力が消えたぞ」

「え……なんで」


 大魔女が私に顔を向ける。頭の上に疑問符が浮かんでいるようなとぼけた顔である。


「わらわの魔力核が浄化されてしもうた」

「え……なんで」


 ほんとになんで?


「というか魔力核ってなに」

「わらわの心臓のようなものじゃ。そこから魔力が絶え間なく生成供給されとるのじゃが……それが浄化されたとなると文字通りわらわは魔力を得られぬ。一度浄化されると二度と魔力を生成させることもできんようになる」


 疑問を抱えつつ、私も自分の体を見る。

 私は魔法少女姿のままだし、さっき変身した時に感じた魔力が全身に溢れる感覚、あれがそのまま残っている。

 どうやら私の方は別に平気らしい。


「わらわの魔力核に干渉できるほどの聖魔法使い……詩織の魔力では到底あり得ぬし、それこそ大精霊ほどの……」


 大魔女が腕を組んで首をかしげる。それにつられて私も首をかしげた。


「魔法少女との契約なぞした試しがないからのう。前例すら聞いたこともない故……もしややってはならぬ禁忌だったのやもしれぬ」

「なにそれ……えっと、つまり自滅ってこと?」


 私の言葉に、大魔女の目尻にみるみる涙が溜まっていく。


「ちが……わ、わらわ、ちいとばかし魔法少女と遊ぼうと思うただけじゃもん」

 

 途端に萎縮する元大魔女を湿っぽく見つめる。

 私の視線に気づくと、気まずそうに目を逸らして下を向いた。


「わらわ……帰る」


 そう呟いたはいいものの、元大魔女は辺りをキョロキョロと見回すだけで一向に帰らない。

 次第にもじもじとし始め、上目遣いでちらと私に目を向けた。


「魔力がないゆえ帰れないんじゃった」

「大魔女ってもしかしておバカなの?」

「バカとはなんじゃわらわに向かって!」

「いや、だって……現に只のよわよわ幼女になっちゃったし……」

「幼女とはなんじゃ失礼な! わらわはお主よりも三百年は多く歳を重ねておるのじゃぞ!」


 元大魔女はそのもちもちしてそうなほっぺたを膨らませ、怒りを露わにした。

 申し訳ないが、魔力がなくなった今となっては全然恐怖も感じないし、むしろちょっと可愛い。

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