1 新たな魔法少女と大魔女るん①


 幼い頃……おそらく三つか四つくらいの歳の頃、私は一度死にかけた。

 どこでどう死にかけたのかは、正直なところ全く記憶にない。


 私には両親がいない。昔、事故で亡くなったらしい。そして私もその事故に巻き込まれたらしい。

 「らしい」と言うのも、その時の記憶が抜け落ちていて、それらは今日まで私を育ててくれた祖母から伝え聞いたことだからだ。

 祖母にどんな事故だったか聞くのも気が引けるし、忘れてしまっているのならその方がいい気がして、自分から詳細を知ろうとしたことはない。


 ただ、その時の感覚だけは朧げに思い出せる。

 浮遊感のある薄暗闇の中で、全身が何かに食い荒らされているように痛くて、息が苦しくて、泣くことさえもままならなくて。

 そんな朧げな記憶の中に、いつもその人はいる。死にかけた私を助けてくれた、命の恩人。

 黒い髪をなびかせて現れた彼女は……そう、きっと魔法少女。

 不思議で暖かい魔法を使って助けてくれた、私の憧れの人。



「ふうん、黒い髪の魔法少女ですか」


 そう言って、窓の縁にとまるカラスがコクコクと頷いた。

 どうして私がカラスなんかと会話をしているのかというと……私にもよくわからない。

 どうしてこのカラスが普通に喋っているのかもわからない。

 どうして私がそれをさも当たり前かのように受け入れているのかもわからない。


 つい先ほど、私の部屋の窓ガラスをコツコツとノックされて、見るとこのカラスがいて、なんか喋り始めて……。

 そしてなぜか、魔法少女にならないかと誘われた。

 存外可愛らしい声ではあるけれども……おかしい。こういうのってもっとかわいいマスコット的なフワフワなそれの役割なんじゃないの?


 ……なんていう文句は言わないでおく。大人だから。もう十四歳だから。


 夕崎ゆうざき詩織しおり、中学二年生、十四歳。

 本当にこの時が来るなんて。ずっと夢見てはいたけど正直期待はしていなかった。

 あの人の影を追って、テレビや漫画の魔法少女に心を躍らせて、幼い頃から今までその存在に憧れていた。

 まさか自分が魔法少女になる日が来ようとは。


 やっぱりこの世界には魔法少女が本当に存在しているのだ

 やっぱりあの人はこの世界に存在しているのだ。

 叶うのなら会って話がしたい。お礼を言いたい。


「カラス……カーちゃんはその人のこと、何か知ってる?」


 尋ねると、カラスは右の翼をバサリと広げた。


「カーちゃんとはなんですか、カーちゃんとは。我が名はカリメーラ、カラスではありません」


 カラスもとい、カリメーラの言葉に口をつぐむ。まじまじとカリメーラを見つめる。


「カリメーラ……どっちにしろカーちゃんじゃん」


 それに本当の名前を言われても、外見はどう見てもカラスだし。

 するとカリメーラは窓縁の上でぴょんと跳ね、よくわからない得意げなポーズをした。


「まあ呼び方は好きにしてください。ですが、これは世を忍ぶ仮の姿。本来のカリメーラはもっとぷりちーなのです」


 そう言うと一転、首を垂れて身をすくませる。


「しかし今はとある事情があって仕方なくカラスの体を借りているといいますか何と言いますかゴニョゴニョニョ」

「ふーん、カーちゃんも大変なんだね。ところでカーちゃん、さっきの話の続きだけど」


 話柄を戻すと、カーちゃんはすぐに、


「ああはい、黒い髪の魔法少女ですよね。知らないです」


 とそっけなく答えた。

 その反応に思わず口を尖らせる。


「チッ、使えないカーちゃん」

「あらあら、急に態度悪いですね。聞き間違いですかね」

「うん、たぶん気のせいだよ」


 そっぽを向いてシラを切る。

 カーちゃんが腕を組み……いや翼を組み、小首をかしげる。

 いやに真剣な表情をしている。カラスの表情なんてよくわからないけど、たぶん雰囲気がそんな感じだ。


「詩織の言う昔の出来事が確かだったとして、それは十年くらい前ですよね。ですが、たった十年どころか長い魔法少女の歴史を遡っても黒髪の魔法少女なんているはずがないんですよ」


 「でも……」、何か言い返そうとしたが、カーちゃんの言葉を聞いて自分の朧げな記憶に途端に自信がなくなってしまった。

 黙り込む私をよそに、カーちゃんが口を開く。


「例えば詩織、キミの魂の色はオレンジ色です。人が生まれながらにもつこの魂のカラーが、魔法少女としてのカラーにそのまま反映されます。魔法石、魔法具、戦闘服、そして髪色、魔法少女を構成するあらゆるものを彩ることになります」


 私は思わず、「えっ」と声を漏らした。

 カーちゃんの説明に衝撃を受ける。ということは、つまり……。


「私ってオレンジなの……?」


 カーちゃんの言葉を遮って訊くと、カーちゃんはさも常識だと言わんばかりに「そうですよ」と言ってコクリと頷いた。


「ピンクがよかった……」

「そこは変えられないので諦めてください。恨むのなら自分の魂を恨んでください」


 キッパリと言われ、力が抜けてヘナヘナとへたり込む。

 

「ピンク……ピンクぅ……第二希望ブルー……第三希望ホワイト……」

「希望制じゃありません!」

「うわあん、カーちゃんのばかぁ!」

「あーはいはい話を戻しますよ」


 カーちゃんに頭をつつかれ我にかえる。

 いけない、私としたことが取り乱してしまった。

 ……でもピンクがよかったなあ。


「さっきの続きですが、なぜ黒色の魔法少女が存在しないかわかりますか」


 カーちゃんに問われ、冷静さを取り戻して思考を巡らせる。

 魂の色がそのまま魔法少女としてのカラーになるらしい。

 黒色の魔法少女がいないということはつまり、魂の色が黒い魔法少女がいないということだ。


「黒い魂って……なんか良くないイメージ……」

「その通りです。魂の色はその人の人格を表すもの。そして黒は悪人が持つ色なんです」


 そんな説明をされてしまったら納得するほかない。

 だとしたらあの時助けてくれたあの人は黒髪ではなかったのだろうか。

 薄暗闇だったから、もしかしたら黒く見えていただけで他の色だったのかもしれない。


「見間違いや幼い頃の記憶違いはよくあることです。どちらにせよ、詩織が魔法少女を続けていればいつか再会できる可能性はありますよ」


 カーちゃんの優しい声に、私は「うん」と答えて頷いた。


「なるよ、魔法少女。ずっと憧れてたんだもん」

「決まりですね。では契約を」


 カーちゃんが私の頭に飛び乗った。

 すると、体の中を熱い何かが駆け巡るような感覚を覚えた。

 次の瞬間、視界がオレンジ色の光に包まれた。

 光の波が私を中心に広がって、辺りをオレンジ色に染めていく。

 その光は一瞬のうちに私の中に吸収され、不思議な感覚が全身を包み込んだ。

 心臓が熱く脈打っている。

 全身に力がみなぎって、今なら何だってできそうな感覚と自信が満ち溢れてくる。

 

「おはよう、新たな魔法少女」


 カーちゃんの声にハッとして、私は首を傾げた。

 窓際から部屋の入り口まで駆け戻り、姿見の前に立った。

 そこにはおおよそ思い描いた通りの姿をした魔法少女が映っていた。

 夕陽を溶かしたような透き通るオレンジ色の髪、夕陽そのものかと見紛うような瞳、そしてオレンジと白を基調にした衣装。

 左手首にはブレスレットが巻かれていて、小さな透明の水晶が連なった中に一回り大きなオレンジ色の宝石が輝いていた。


 私は思わず「おおー」と感嘆の声を漏らし、すぐにハッとしてカーちゃんを振り返った。


「え、終わったの? なにこれ早着替え? バンクは?」

「その間僅か3ピコ秒です。どうですすごいでしょう」

「すごくない。バンクはどこ?」

「そのうちこの速さにも慣れて自由に変身できるようになりますよ」


 改めて鏡に向き合い、まじまじと自らの格好を観察する。


「ふーん……でも、フリフリ、かわいい」

「なんといっても魔法少女ですからね。ところで、キミの魔法少女としての名前ですが……」

 

 カーちゃんがそう言いかけて、何故かそこで口を閉ざした。

 それと同時に、私はふと別の違和感を覚えた。

 確かに違和感があるのだが、はっきりとはそれが分からない。


「おーおー、これは見事じゃ。よいよい、橙色の魔法少女は初めて目にするぞ」


 不意に聞こえた幼なげな声。

 視線を下に向けると、私のすぐ足元に見知らぬ人がいた。しゃがみ込んで膝に肘をつき、頬杖をついている見知らぬ幼い女の子が。

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