私の大魔女るん〜魔法少女だけど敵の大魔女と同居することになりました〜

小野あしか丸

0 プロローグ:魔法少女やってます


 私は夕崎ゆうざき詩織しおり、十四歳。

 これと言って特筆すべきことはない普通の女子中学生だ。

 ただ一つ、魔法少女という普通とは程遠い秘密を除いては。

 


「おーい、るん。起きて、朝だよー」


 日曜の朝。

 ベッドですやすやと幸せそうに、まるで微塵の邪悪も知らなさそうな穏やかな寝顔で眠っている小さな女の子。

 この見た目十歳くらいの女の子の名前は“るん”。

 声をかけても、一向に夢の世界から帰ってくる気配がない。

 体を軽くゆすっても、むにゃむにゃと気持ちよさそうにするだけだ。


 るんは私の家族でも親戚でもない。友達……とも言えない。

 そんな彼女だが、とある事情があり、少し前から私の家で暮らすことになった。


「るんー起きないの? もうプリマゴ始まっちゃうよー」


 そう声をかけた瞬間、るんが勢いよく飛び起きた。

 同時に私の顎に鈍痛が走る。

 るんの頭が顎にメガヒットである。


「なんじゃ……わらわも遂にプリマゴの世界に……?」


 などと寝ぼけたことを言った後に、床で仰向けに倒れて両手で顎を抑える私にようやく気がついた。

 ベッドの上から私を見下ろして、哀れみの視線を寄越してくる。


「なんじゃ詩織、そんなところで眠っておったら風邪ひくぞ。だらしのない奴じゃのう」


 こいつ……お返しにゲンコツでもお見舞いしてやろうか!

 頭の中で怒りをぶちまけつつゆっくりと体を起こす。

 こんな小さな女の子の戯言に怒っても仕方ないからね、我慢しますよ、大人の女性としてね。もう中学二年生だからね。

 自らをたしなめていると、不意にるんがハッとした表情をみせた。焦った様子でベッドから降りる。

 

「詩織詩織、もうこんな時間じゃぞ、プリマゴが始まってしまうぞ!」


 そう言って私を置いてスタコラと居間に向かう。

 「マイペースめ」と呟き、私はるんを追いかけた。

 テレビの真ん前で正座をして、画面を真剣に凝視するるん。その隣に私も腰を下ろす。


 『魔法戦士プリティーマゴス』通称プリマゴは、毎週日曜日の朝に放送されているテレビアニメだ。

 私とるんはその大ファンで、毎週こうして一緒に鑑賞している。


 今週のプリマゴが終わり、るんがキラキラした瞳のまま私に顔を向けた。


「今週も最高じゃったな! な!」


 興奮した様子のるんに、私は両の拳を握りしめて同意する。


「うん最高。やっぱり紗希さきちゃんはかっこいい」

「ふん、見ておれよ。来週は大魔女イスキュロス様の前にひれ伏すに決まっておる!」

「あり得ないね。プリマゴは絶対に負けない」

 

 るんがムッとして立ち上がり、「なにをー」と頬を膨らませて私に詰め寄ってくる。

 それを座ったまま軽くいなしてから、私も腰を上げた。


「さて、朝ごはん食べよ」

「おー、わらわはアイスクリームで良いぞ」

「おバカ」


 放送終了後のこんなやりとりも、毎度恒例のことだ。

 

 二人分の朝食を適当に用意して、るんと食卓についた。

 るんがバタートーストを頬張る。

 口をモゴモゴさせながら、私に何か話しかけてくる。

 が、お生憎あいにく様、全くなんにも聞き取れない。


「お行儀悪いよ。飲み込んでから喋りなさい」


 すると、るんは牛乳の入ったグラスを傾け、「ぷあっ」と一呼吸置いてから口を開いた。


「そういえば詩乃しのはおらんのか?」

「るんが寝てる間におばあちゃんと出かけたよ」


 るんが「そうなのか」と頷いてまた牛乳を飲む。


「ところで詩織、近くでな、悪気あっきが湧いておるぞ」

「え、マジ?」

「嘘はつかん。ちんまいしょーもないやつじゃがの。あと三時間は放っておいても平気じゃろうて」

「そんじゃ、朝ごはん終わったら行きますかね」


 そうして三十分後、朝食を終え、歯磨きも終え、パジャマも着替え、外出する準備は整った。

 腕を上げて伸びをすると、隣にいたるんもなぜか真似をするように伸びをした。

 全身に心地よさが行き渡る。


「さてと。それじゃ食後の散歩がてら浄化しに行きますかー」

「おー、帰りにたい焼き買うて帰ろうぞ」

「いいねー、私チーズカスタード」

「わらわ白あんー」


 そうこう話しつつ、私とるんは家の外に出た。

 二人並んでのんびりと道を歩いていく。

 本日は快晴。朝日の眩しさに目を細めつつ、遠くの空を眺めやる。

 「どの辺?」と問うと、るんは「向こうじゃな」と人差し指で右斜め前を差し示した。


 すでにお気づきだろうが、実はこのるんも普通の女の子ではない。

 

 中身こそは普通の小学生女児のように染まりつつあるのだが、綺麗なお着物を着ており見た目からはどこかの由緒正しいお嬢様にも見える。


「っと詩織詩織、ここじゃ、この公園じゃ」


 不意にるんが足を止め、小さな公園を指差した。

 見ると、公園の中央付近にあるドーム型の遊具の周りが黒いモヤに包まれていた。

 

「ありゃー、あの丸っこいのに憑依しかかっとるの」

「うへえ、ちんまくないししょーもなくもないじゃん気持ち悪……」

「何を言うとる、わらわに比べたらかわいらしいもんじゃろうて」


 るんが呆れ顔で言う。

 どう考えてもあんたの方が五百億倍かわいらしいわ!

 などというツッコミは今は飲み込んでおこう。


 この悪気と呼ばれる黒いモヤモヤを放っておくと、そこにある物に憑依し魔物となり、末は災いを起こすらしい。

 るんや魔法少女である私には悪気や魔物を視認することができるのだが、一般の人にはこれが見えず、事故や病気などの災難として降りかかるという。


 そうなってしまう前にこれを浄化してあげるのが、魔法少女の主な仕事だ。

 

 左手首に付けているブレスレットに右手で触れる。

 すると連なった水晶の中、一際輝くオレンジ色の宝石が、さらに光を帯び始める。

 瞬く間、よどんだ悪気が宝石の中へと吸い込まれていった。

 これで浄化完了である。


「地味な仕事だの」


 るんがからかうようにクスクスと笑う。


「だって完全に憑依して魔物化する前にるんが見つけてくれるんだもん。普通は憑依する前の悪気には気づけないらしいよ」

「ま、わらわは偉大じゃからな! せいぜい感謝せい!」


 大威張りで胸を張るるんを、横目で湿っぽく一瞥する。

 するとるんが、何か腑に落ちない表情を浮かべて小首を傾げた。


「ところでお主……ずうっとそのやり方じゃな、なにゆえ魔法少女の姿に変身せんのじゃ」

「え、だって変身するまでもないし」


 私の返答に、るんががっくりと肩を落とす。そして大袈裟にため息をついた。


「はー、魔法少女好きの風上にもおけんの。それでもプリマゴファンか?」

「うるさいなー、変身するにも魔力使うんだからこれでいいの、魔力の節約!」


 反論すると、るんは柔らかそうな頬をぷっくりと膨らませた。


「うるさいとはなんじゃ! お主の魔法少女姿はじつに美しいというにもったいない! たまにはリアル魔法少女を見てこの眼を肥やしたいんじゃ! 変身しとくれ!」

「それが本音か!」


 るんが唇を尖らせて、なおもぶつくさと悪態をついている。

 思えば、るんに出会ったあの日以来、魔法少女の姿になったのは数える程度だったかもしれない。

 るんに出会ったあの日……。

 あの時、私は魔法少女になったばかりだった。そしてるんと出会い、一緒に暮らす今の生活が始まったのだ。

 

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