あとがき






 まずは、私の拙いお話を、ここまで読んでくださった方々に感謝したいと思います。ほんとうにありがとうございました。


 そもそもこのお話をどういうテーマで書きたかったか。


 私には生まれ、育ち、身分がことなる恋愛は、どれほど当人どうしが望んでいたとしても、どうやっても幸せにならないのではないか、という持論がありました。


 身分のちがいが悲恋をまねく法則は万国共通です。


 日本でも、江戸時代に流行した浄瑠璃等の「心中物」に見るように、総じて幸せな結末はありません。


 彼らは、どうして心中するほど追い詰められたのだろう。


 また身分違いの恋愛は、幸せにならない(なれない)理由はなんだろうか?


 私はながいこと彼らの心の動きについて、一度つきつめて考え、小説として表現してみたいと思っていました。


 しかしドロドロの愛憎劇は書きたくなかったし、もっと天使の羽のように軽くて、儚くて、人を愛する光に満ちたものが書きたかった。


 そこで西洋を舞台とし、童話風の「心中物」を書くことにしたのです。


(そうなんです。じつは、これは心中物なのです。)


 私は根っからの日本史フリークですし、西洋史について深く学んだことがありません。


 イタリアが舞台なのも、唯一、一年ほど語学をかじり、少し旅行に行ったから、という理由でしかありません。


(でも日本の次にイタリアが好きなくらい、ずっと何十年も、変わらず、イタリアに恋焦がれています)


 そのため、史実についての考察がまったく不十分であることを自覚していますので、読んでくださった方、またこれから読もうとしてくださる方には、なにとぞ、そこのところを大目に見ていただければ幸いです。













 幼いころ、何十年も前に、宮崎駿監督のアニメ「ルパン三世カリオストロの城」を見ました。


 だれもが知っている名作アニメですね。


 しかし、どうしてラストで、ルパンはクラリスを拒絶したのか。


「すぐには泥棒はできないけど……、きっとできるようになります」みたいなこと(うろおぼえですが)言って、けなげで一途だったのに。


 ルパンだってまんざらでもなさそうなのに。


 幼い私にはそこがわかりませんでした。






 また一年ほど前に、「あのこは貴族」という映画を見ました。


(残念ながら、肝心の原作は読んでいませんが)


 そのとき、なぜ水原希子が演じた女性(役名わすれました)は、高良健吾を奪おうとしなかったのか。


 なぜ高良健吾は、親の決めた相手を選んだのか。






 この二つの作品は、時代背景もジャンルもなにもかもが違いますが、ただ一貫して痛いほど身分の違いに縛られる、人間の本性を感じます。


 本人同士の感情だけでは、どうにもならない見えないしがらみは、過去だろうが現代だろうが、差別という本能が人間の根本にある以上、未来永劫、変わらずあるのだと思います。







 正直にいうと、私自身が、もうすっかり人の世に張り巡らされたイバラのようなに絶望しているというか。


 まったく望みを失っている状態です。


 そんな作者によって作られたキャラクターたちですから。


 いくらレメーニスクオーレが戦っても、ハッピーエンドとはならない宿命でした。


 いや本当に、レメーニには可哀想なことをしたなと思っています。









 しかし一番のくせものは、ジョルジョ・モニートです。


 この男は、本当にが悪いです。


 レメーニは、ボスカイオーロの言舌を信じ、彼のことを優しい人であるように解釈していましたが、真実はそうではなかったと私は思います。


 彼は冷たい男です。


 そうちょうど、業火に焼かれる妻子を見殺しにし、それを手本に地獄絵を描いた絵師に似ているのかもしれない。


 ジョルジョは、レメーニにことを潔しとしなかったから彼女のもとを去ったのです。


 パトロンはほしい。


 でも、誰かのためだけに弾くのはいやだ。


「僕は、だれのものにもならないんだ」


 私には今でも、そううそぶくジョルジョの声が聞こえるようです。


 しかし私は、それを悪いことだとは思いません。


 むしろ、芸術家のプライドってそういうものですね。


 多少なりともナルシスティックな一面がなくては、陶酔の中で紡ぎだす自らの音を、大衆にひけらかすことなど、なかなかできるものではありませんね。








 ここからは本編に書ききれなかった話しです。


 ジョルジョは、重大なことをわかっていなかったのです。


 レメーニが、もっとも彼の心を理解していたということに。


 レメーニは直感が鋭い少女で、即座に彼の心の形が、自分のそれと「うつし鏡」のようになっていること、パズルのようにピッタリと当てはまるということに気がついていた唯一の人でした。


 彼女は、どれほど拒絶されようと、絶対に「自分がいなくなると彼の芸術は完成しない」と知っていました、直感で。


 自分と離れてしまうと、彼の心に穴があいてしまい、きっと音楽はうまくいかない。


 これから先、彼に名作は書けない。


 そう気がついていたんですね。


 だから命をかけて追いかけた。


 自分のためじゃなく、彼の音楽のためだったんです。


 しかし鈍感な彼には伝わらなかった。


 だからこのお話は、どうやってもハッピーエンドにはなりえなかったんですね。











 来世で生まれ変わったふたりは、もうすこしだけ猶予が与えられたのですが、このことに気がつくには、またとてつもない迷いと苦しみ、それに時間が必要になりそうです。


 こんどこそ、ふたりが逃れられない二人の絆、身分のちがいを超えた「星」という名の運命に気がつくのか。


 気が付かないで、またすれ違うのか。


 結末は、天に瞬く星たちに捧げ、彼らのしあわせをそっと祈りたいと思います。





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柩(ひつぎ)の森をさまよう乙女とさすらうピアノ弾きのおはなし 犬坊ふみ @fumi0000

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