Chapter.03 映画のあとはカレー屋で昼食を
映画のチケットを私が予約し支払った代わりに、ランチは祐基がおごってくれるらしい。どうせ、カレーだろうなって思っていたら、本当にカレー屋だった。
しかも映画館のある駅から、わざわざ電車に乗って連れて行かれる。白い服着てこないで本当に良かった。
「あのおしゃべりスゴイする仲間のキャラクター、出てこなくて残念だった」
電車のつり革を持って、祐基は先ほど観た映画の感想を言う。私は「そうだね」と相槌を打ちながら、「でも今回の作品は元から出ないってアナウンスがされてて~」などと映画オタクならではの知識を披露した。
学校の友達にはあまりオタクっぽいことは言わないように気をつけてるけど、祐基が相手なら気兼ねなく話せる。
当たり障りのない話をしていたら、お目当てのカレー屋のある駅に到着した。久しぶりの祐基とのお出かけは、存外楽しい。
当たり前ながら、子供の頃のように冷やかされたりしないし。ただ、電車の中で女性客たちが祐基のことをチラチラと見るので、私は自分の外見が祐基と「釣り合ってない」と周りに思われていないか少しだけ不安になった。
昔のトラウマか。私は小学生の時に、同じクラスの女子児童から「ブサイクなくせに、ユーキ君の隣にいるの、よく恥ずかしくないね」と直球で言われたことがある。
今となっては他人から指摘されるほど自分がブサイクとも思わないけれど、祐基の顔はちょっと並外れて整っているので、当時はかなり傷ついたし、帰宅後に母親に泣きながら「私、ブサイク?」と聞いて、母には相当な心配をかけてしまった。
祐基とのお出かけで楽しかったはずなのに、昔のことを思い出して、勝手にだんだん暗い気分になってきた。当の祐基本人は周囲から見られることなど日常茶飯事なのか、特に気にしていないようで、それがさらにモヤッと、イラっとさせられる。
「お店、ここ」
私が一人で悶々としているうちに、カレー屋に着いてしまったようだ。もうランチも終わりかけの時間だからか、人気店のわりにさほど並ばずに店内に入れた。店員さんが水とメニューを持ってくると、祐基は「もう俺、食べるの決まってるから」と私が読める方向にメニューを置いてくれる。
「んー。祐基のオススメは?」
カレーのことはよくわからないので、私はカレーオタクに進言を求めた。
「基本はビーフ、チキン、ポーク、マトン、ひよこ豆から選ぶ感じ。俺はマトンとひよこ豆のをいつも食べるんだけど、なっちゃんはマトン食べたことある?」
「そもそもマトンって、なに?」
「羊の肉だよ。子羊はラムで、大人の羊肉はマトン。食べ慣れてないと苦手かも」
なるほど。せっかく来たお店で苦手なのだったら悲しいし無難なのにしよう。
「じゃあ、チキンとひよこ豆のにする」
店員さんに声をかけて、祐基は手慣れた様子で注文してくれた。
「デザートさ、この近くのベトナム料理屋さんで、揚げバナナ食べようね。そこのすっごい美味しいから、なっちゃんに食べさせたくて」
先ほどから、とても楽しそうに祐基はニコニコしている。私は反対にこの彼のやたらデートに慣れている感じにモヤモヤが積もった。「その揚げバナナは誰に教えてもらったわけ?」と嫌味が口から今にも出そうだ。
カレーが運ばれてきて、モグモグと食べる。カレーはすごく美味しいけど、このお店自体、今までの彼女とも来てるんだろうな、とか面倒臭いことを考えてしまう。
ふと、カレーから顔をあげて祐基の方を見ると、もう完食して頬杖をついて食べている私をニコニコしながら見ていた。……居心地が悪い。
「なんで見てるの……食べづらい……」
「あー、ごめんね。なっちゃんとデートしたことなかったから、俺さー、今日めっちゃ嬉しくて、ずっとニヤニヤしてて自分でもキモいと思うわ」
なんで、そんな嬉しそうなわけ? 五年間も「好き」とも言わずに、ズルズルした関係を続けてるくせに。
「デートじゃないでしょ。つきあってないんだし」
カッとなって、つい本音が最悪の形で口から飛び出てしまった。彼はまた酷く傷ついた顔をする。何度見ても心臓がギュッとする祐基のこの表情。
「……なっちゃんはさ、どうしたら、俺と付き合ってくれるの?」
祐基は下を向くと、絞り出すような声でそう言った。テーブルの上に置いた手が少し震えている。
「何回、付き合おうってお願いしても、つきあってくれないし……」
ん? 「付き合おうってお願いしても」だとぉ?
「ねぇ。私『付き合おうってお願い』されたことなんて一度もないんだけど」
思いの外、暗い声が喉から出た。五年間の積年の恨み。祐基は私の発言にビックリして、顔を上げた。彼の上げた顔はイケメンが台無しの情けない感じで半泣きだったので、私は笑いそうになったが、どうにか堪えた。
「なんでそんなこと言うの! 俺、何回も付き合おうって言ったじゃん。俺……俺……こんなに、なっちゃんのこと好きなのに、なっちゃん全然OKしてくれないし……」
んんん? あれ……どうしよう。好きって言われちゃったな。このタイミングで。
私は顎に手をあてて、探偵みたいなポーズを取った。いや、やはりここはちゃんと言質を取ろう。
「ちょっと待って。祐基は私のことが好きなの?」
「好きに決まってるでしょ! 出会ってから、九年間ずっと好きだよ。むしろ、なっちゃんしか好きじゃないよ……」
最初の一言の声が大きくて、店内にいたお客さんも店員さんも私たちの方のテーブルを見た。う、これは恥ずかしいぞ。だがしかし、ここを逃してはならないと、私の中の何かが叫ぶ。
「ねぇ。じゃあ、ちゃんと告白して。いつもの『付き合う?』とかいう、ふんわり疑問形なやつじゃなくて、ちゃんとしたの」
祐基は半泣きの顔のまま固まっている。これはよく理解できていない感じの時の顔だ。これ以上、イジメても仕方ないか。そう思って、交際を了承しようとした時だった。
「あ……俺、わかったかも。
なっちゃん、好きです! 俺と付き合ってください!」
彼の会心の正解回答に私が「はい」と答えると、店員さんがすかさず「サービスです」と、マンゴーラッシーを持ってきてくれて、店内からは拍手が沸き起こった。
私たちは、二人して顔を真っ赤にする。
まったく最低だ。でも、私たちは『愛している』ことを、これでようやく確かめ終わったのである。
Fin
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【引用映像作品】
ジャン=リュック・ゴダール監督『勝手にしやがれ』一九六〇年公開 日本語字幕:寺尾次郎
咖喱電影戀噺 -カレーでんえいこいばなし-(カレー沼男・完全版) 笹 慎 @sasa_makoto_2022
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