Chapter.02 ゴタール女子
『あんたを愛してるのか愛してないのか
確かめたくて寝たの』
画面の中の女優がこのセリフを言うシーン、何度観てもしんどくて吐きそうになる。
◇◇◇
俺は引っ越しの挨拶で出会った時から、なっちゃんが好きだった。
転校初日から「顔が女みたい」ってクラスの男子からイジられてた時も「ゆうくんがカッコいいからイジワルしてるんだよ」って励ましてくれたし、途中で登下校断られた時は悲しかったけど、その分お互いの家で一緒にいれたし、とにかく俺はなっちゃんが今も昔も大好きだ。
そして、中学二年生のある日、転機が訪れる。学校から帰ると元々情緒不安定だった母親が置手紙とレトルトカレーを残して、フィリピンの実家に帰ってしまった。
親父は長距離トラックの運転手でとにかく家を空けがちで、その日も家に帰ってくる予定はなくて、俺は置手紙とレトルトカレーを両手にもって途方にくれていたのを今でも覚えている。
とにかく、なっちゃんに相談しようとチャイムを鳴らして、家に入れてもらう。母親の置手紙が英語でなんと書いてあるのかよくわからなくて、なっちゃんに見せたら何故か彼女は「ターミネーターかよ」と言って笑った。
「" I'll be back. "って書いてあるから、『帰ってくるわ』ってことだと思うよ」
なっちゃんに説明してもらって安心した俺は、急にお腹が減っていたことに気が付いて彼女と一緒に母が残していったレトルトカレーを食べた。俺の様子を心配したのか、彼女は夕ご飯後に「映画でも観ていく?」と誘ってくれ、『ターミネーター』を再生して「ほら、このセリフだよ」と説明してくれる。
映画を観ている時のお互いの距離がすごく、すごく近くて、エンドロールでなっちゃんの方を向いたら、彼女もこっちを見てくれていて、俺たちはそのままキスをした。
正直、この時点で俺的には母親のことよりも、なっちゃんと「付き合えた」ことへの喜びの方が
彼女のお母さんが夜勤の日は、彼女の家に行き夕飯を食べて映画を一緒に観る。そのあとキスしたり、イチャイチャしているうちに中学生の俺が猿になるまで時間はそうかからなかった。なっちゃんも受け入れてくれたし、俺のことが好きなんだと思えて、俺は幸せの絶頂にいた。
「先輩に告白されて、付き合うことにしたの」
突然こう切り出された時、俺は衝撃でなっちゃんが何を言っているのか、よく理解できなかった。後日、女の子たちに相談したら、皆から口をそろえて「付き合うって言ってないなら、そりゃ付き合ってないでしょ」と言われて絶望したけど。
なっちゃんが先輩と付き合ってる間、それまでお断りしてきた他の女の子たちと遊んでみた。エッチなこともしてみた。普通に楽しかったし、気持ちよかったけど、満たされなくて、俺はカレーに走った。まだ知らないカレーを見つけて食べてる時だけは、色んなモヤモヤを忘れられる。カレー最高!
そんな風に女の子達と遊んで、カレーに夢中になっていた俺は、二人が別れたと風の噂で聞いた後も、しばらくなっちゃんに会いにいけなかった。
ある時、女の子に映画館に誘われた。特に断る理由もなかったので、その子と一緒に映画を観に行ったんだけど、なぜかエンドロールで我慢できないくらい猛烈になっちゃんに会いたくなってしまった俺は、映画が終わるとすぐに女の子に平謝りして帰った。それから諸々の女性関係を全て清算した。
なっちゃんのお母さんが夜勤の日は、なっちゃんの部屋に電気がついてないからわかりやすい。なっちゃんは前と変わらない様子で家に迎え入れてくれた。一緒にカレーを食べて、映画を観る。エンドロールで我慢できずに彼女を押し倒した俺の顔が相当嫉妬で酷かったのか、なっちゃんは「先輩とはしてないよ」と頬を撫でてくれた。
自分は他の女の子たちと遊んでたのにそれを棚にあげて、死ぬほどホッとした自分に自己嫌悪を抱きつつ、久しぶりのなっちゃんに俺は夢中になった。
終わったあとで今度こそ間違えないように、「付き合う?」と聞く。
…………。
ま、フラれたんだけど。もう意味わかんない。俺のこと好きじゃないの?
◇◇◇
そして、現在。未だ母親は帰国していない。
カレーで例える作戦を失敗した俺は、もう俺ら一生このままなの? と絶望しながら、一緒に観る映画を探していると、テーブルの上に置いたさっき一緒に観たばかりの『勝手にしやがれ』が目に入った。
『あんたを愛してるのか愛してないのか
確かめたくて寝たの』
あー、もう。何回確かめるんだよ。そろそろ回答でましたかね? いや、愛してない方向での回答だと死んじゃうくらいツライから、それなら回答聞きたくないかも。
頭を振って、なにか明るい気持ちになれそうな映画を探す。そういえば、この前別れた子が「カレーじゃなくて映画観たい」って言ってたな。アレなんの映画だっけ。スマホをイジって探す。そうそう蟻のヒーローのやつ。
風呂あがりのなっちゃんに「一緒にコレ映画館で観ようよ」って誘ってみたら、なんか膨大な数の同じシリーズの作品を全部観たらいいよって言われた。
ん? こんなに映画一緒に観たら、コンドーム足りないな。スマホで追加注文しようとポチポチしてたら、怒ったなっちゃんからクッションをぶつけられた。
やっぱり俺のこと好きじゃないのかもしれない。つらい。
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【引用映像作品】
ジャン=リュック・ゴダール監督『勝手にしやがれ』一九六〇年公開 日本語字幕:寺尾次郎
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