19話 絶対的な力の前に
「下がれ」
俺は短くそう言いながら、右足を上げ地面を踏みつけた。
その瞬間、目前まで迫っていたリリが後方に吹き飛ばされた。
「がぁっ!」
吹き飛ばされたリリのもとに、
(日本のとあるバトル漫画で見た『遠当て』という技をマネしてみたが、かなりカッコイイな)
そんなことを思いながら、リリの様子を眺める。
――リリ視点――
痛みで視界が定まらず、足には力が入らない。
一撃だ。たったの一撃で私は倒れたのだ。
しかも、攻撃手段すらわからなかった。まるで戦いになっていない。
「大丈夫か!?」
団長が私の傷を確認する。
「これは…肋骨が折れている。おそらく、内臓もやられてるな。これを使え」
そう言って団長が取り出したものは治癒のポーションだった。
「すいません…」
私は震える手でポーションを掴み、口まで運ぶ。
「ぷはっ」
飲み終えた瞬間、腹部に感じていた痛みが治る。
ゆっくりと立ち上がり、ゼロを見る。
彼はその場から一歩たりとも動いていない。
「団長…彼は…」
「ああ、わかっている。2年前とは別物になってるな。もう、俺一人じゃどうにもできないレベルだな」
団長の頬から汗が伝い地面に落ちる。
ここで初めて団長の顔に焦りが見えた。
「おいおい、ホルム。どうするよ、この状況」
フットが武器を構えながら言うが、団長は答えない。
彼もまだ迷っているのだろう。この状況はおそらく撤退するのが最善策だと思う。
そう考えると同時に、最悪な状況を想定する。
目の前にいるゼロという存在が本気で私たちを潰すつもりなら、おそらく逃げの態勢にはいった瞬間、殺されるのではないかと。
「ふむ、それでは始めようか『不死王』とやら」
ここまで黙っていたゼロが口を開いた。
彼の発言からして、私たちには興味すら抱いていなさそうだった。
「お前は騎士を殺しに来たのかと思っていたが、違ったようだな。それにしてもお前も運が悪い。この『不死王』ヴァンペに挑むとは」
ヴァンぺはそう言いながら、魔法の構築を始めた。
「
巨大な氷の槍が複数本、ゼロへ向かって飛ぶ。
それをゼロは軽々しいステップで回避する。
「これならどうだ?」
そう言ったヴァンぺの頭上には鋭い氷の針が無数に存在した。
「
無数の氷の針が雨のように降りながら、地面からは何本も先端の尖った氷の柱が出現する。
しかし、どの攻撃もゼロに届いていない。
「その程度か?」
「何?」
「この程度で『不死王』と呼ばれているのか?」
ゼロの声からは、あきらかな落胆の色がみえる。
「ふ…ふははは!面白いな!お前は簡単に殺しはしないぞ!」
「そうか」
一瞬だった。
私が瞬きをしたほんの一瞬で、ゼロは不死王の目と鼻の先にいた。
「!?」
ゼロは黒い剣を音もなく振る。
その剣筋は美を追求した先にある本物。そして、美とともに見えてくる圧倒的な技量。
それは並大抵の努力、いや数百年に一度の天才ですら辿り着けるとは思えない領域にある一閃。
「ちっ!貴様ぁ!!」
切り落とされた自身の右腕を見たヴァンペは、怒りを爆発させ魔法を構築する。
「
「上級複合魔法か…」
ゼロを中心に竜巻が発生し、周囲が凍結していく。
やがて竜巻が消え、無傷のゼロが姿を現した。
「無傷だと?」
これには流石の不死王も驚いていた。
「そんなに以外か?」
ゼロはゆっくりとヴァンペに近づきながら、魔法の構築を始めた。
(なんで氷魔法を?吸血鬼は魔法攻撃に対して高い耐性を持っているはず)
もしかすると団長たちはこの行動の意味を理解しているのかもしれないと思い、二人を見てみるが、私同様に分からないといった感じの表情をしていた。
それを見て私は嫌な予感がした。
(まさかゼロは、吸血鬼の弱点を知らない?)
吸血鬼とは半不死身の生命体だ。
そしてその中でも始祖、つまり不死王であるヴァンペは不老不死。
魔法に対して並大抵の吸血鬼よりも数段高い耐性を持ち、日光への適応をしているため、弱点は聖水か聖魔法しかなくなる。
おそらくゼロは、そのことを知らないのではないだろうか?
いくらゼロが規格外の強さを誇っていたとしても、弱点を知らない状態で吸血鬼の相手は無理だ。
「エクスプロージョン・MORE」
ゼロがそう呟くと同時に、上級火魔法であるエクスプロ―ジョンが発動した。
「嘘!」
「!?」
この場の全員が驚く。
確かにゼロは氷魔法の構築をしていたはず。なのに発動した魔法は火魔法。
まさか――
「『
魔法の偽装構築は難易度が高く、現在では使えるものは魔法使いのごく一部とされている。
偽装構築は魔法戦において、かなり厄介なものだ。
魔法にはそれぞれ属性があり、有利不利が存在している。
例えば火魔法に水魔法がぶつかるとする。使用者の魔力がほぼ同じぐらいなら、間違いなく水魔法が勝つだろう。
そしてその特性を使えば、相手の魔法を最小限の魔力で無力化することが可能だ。
魔法の属性で有利をとるには、構築時に相手の魔法の属性を即座に把握することが大事になる。
もし、偽装構築を使ってしまえば相手は魔法の属性を把握できない。
だからこそ、偽装構築は魔法戦において厄介なのだ。
「ふっ、技術はあっても知識はないか。俺に魔法攻撃が通用すると、!?」
最初は余裕の表情をしていたヴァンぺだったが、突如距離をとった。
数秒後、私たちはその行動の理由を理解する。
先程までヴァンぺが立っていた箇所に無数の爆発が発生したのだ。
爆発一つ一つが軽く上級魔法の域を超え、凄まじい熱と衝撃波が私たちを何度も襲う。
「くっ!」
団長が私たちを庇うようにして前に立つ。
爆発が止んだ時には、団長の鎧は所々溶けかけていて、顔には少し火傷の痕があった。
「団長!」
「ホルム!」
私とフットは急いで団長の元へ近寄る。
「俺は大丈夫だ」
団長は剣を地面へ突き刺し、前を見る。
そこには全身が焼けているヴァンペと、無傷のゼロが対峙していた。
「少し侮っていたようだ。だが、今の魔法は魔力を過剰に籠めすぎている。そんな使い方をしていれば、俺を倒すより先にお前の魔力が底をつくぞ?」
ヴァンペは体を再生させながらそう言うと、ゼロは笑った。
「ふっ、本当にそう思うなら、これはどう説明してくれるのか…楽しみだ」
ゼロが魔法の構築を開始した。
「俺が発動まで待つと思うのか?」
「待たないだろうな」
次の瞬間、ヴァンペは物凄い速度でゼロとの距離を詰める。
そして、右手に持った真っ赤な剣を振る。
「吸血鬼の上位種は、自身の血液を武器として利用すると聞いたが…」
ゼロは剣を最小限の動作で回避しながら、言葉を続けた。
「期待外れのようだ」
「何?では見せてやろう。俺の本気を」
ヴァンペはそう言うと、剣で自信の手首を深めに切った。
そこから大量の血液が溢れ、ヴァンペを中心に血だまりができる。
「『血の饗宴』を始めよう」
ヴァンペの声に反応するかのように血が人を、武器を模っていく。
「さあ、これでもその余裕は保てるか?」
人間の形になった血は、意思を持っているかのように踊りだし、剣や槍などの武器になった血は、空中を浮遊している。
その光景を目前としたゼロは、無機質な声を放つ。
「
ゼロの周囲には火、水、風、光、闇の基本属性はもちろん、氷、雷などの特殊属性の剣が出現した。
魔法で模られた剣。その一つ一つに籠められた魔力量は、私たちからすると『異常』の一言に尽きる。
最初に動いたのはヴァンペだった。
「行け!」
人型の血が奇怪な動きで、武器は一直線にゼロを狙う。
「迎え撃て」
魔法の剣はそれらを正確に貫いた。
魔法の剣が血で模られた人を貫くときもあれば、血で模られた武器が魔法の剣を打ち壊すときもある。
「魔力は互角…?」
「いや、リリの嬢ちゃん。それは違う」
私の呟きに団長は苦い顔をしながら言った。
「正直、認めたくないが…ゼロは魔力を隠蔽している可能性がある」
「隠蔽?」
「ああ、感じられる魔力と実力が見合ってない人物を見たことがある」
「もしかして…『賢者』」
「よくわかったな」
確かに団長が言っていることは正しい気がする。
ゼロが先程放ったエクスプロージョン・もあ?はかなり魔力が籠められていた。
私がゼロから感じる魔力量はヴァンペと同等。そんな使い方をしてしまば、この戦いは確実に不利になる。
なのに、ゼロは立て続けに魔力消費の多い魔法を使用している。
「
ヴェンペの体から線状になった血液が、物凄い速度でゼロを狙う。
それに対してゼロはまたも魔力消費量の多い魔法を使用した。
「スプラッシュ・MORE」
血線と水弾がぶつかり合い、消滅していく。
「またも互角か…」
ヴァンペは考える仕草を見せながら言った。
彼もまた余裕が無くなってきているのだろう。
「面倒だな。俺はあまり面倒なことを続ける趣味はない」
次の瞬間、ゼロの周囲の空間が歪み、あたり一帯の空気が重くなったように感じた。
いや、実際に重くなっている。
それに気持ち悪さがこみあげてくる。
この感覚は幼い頃に起こした魔力暴走に似ている。
「なん…だ、その魔力量は」
ヴァンペは完全に余裕を無くし、若干震えた声でゼロに問う。
その会話のやり取りで、私は違和感を覚える。
魔力量が分からないのだ。ゼロの周囲の空間が歪んでいる以外、特に何も――
(違う)
私は急いで、周囲を見回す。
そして気づいた。私が見ていたこの空間すべてが、彼の魔力で包まれている。
あまりにも膨大過ぎて気づくのが遅れた。
「この世界を隔てる、最強の一撃。その身をもって知れ」
一歩、また一歩とゼロはヴァンぺとの距離を詰めていく。
「それ以上近づ――」
「断絶」
唐突に空間の裂け目が出現し、ヴァンペは跡形もなく消えてしまった。
「嘘…」
「不死王…だが、再生が――」
「――それはない」
フットの声を団長が遮った。
「今のを見ただろ?いくら吸血鬼でも完全に消滅してしまえば、再生も何もない」
「お前、自分の言っていることが分かってんのか?」
「ああ、わかっている。というより、この目ではっきり見たさ。不死王はあの空間の裂け目を直に食らっていた。そして消えたよ、跡形もなく」
団長の頬から汗が伝い、地面に落ちる。
私たちも武器を構え、ゼロを見る。
「お前たちに用はない。立ち去れ」
「つれないこと言うなよ」
突如、声とともに複数の斬撃がゼロを襲う。
ゼロは一瞬で、すべての斬撃を黒い剣で対処した。
「へぇ…お前さん、物凄く強いな?」
私たちの後ろから現れたのは、白髪白髭の老人だった。
腰に差してあるのは木剣だ。
何者なのかを観察していると、団長が驚いた顔で老人に声をかけた。
「師匠!?なぜ、ここに?」
「「え?」」
私とフットは驚きの声を上げた。
白騎士団団長のホルムの師匠、それは――
「『剣聖』カイン・ケイル、か」
隠れ最強MOBたる俺のしたい事 Oとうふ @pinapokko
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