7月31日 オールクリア

31.遠くまで

 クリスがミナリィエに帰って二週間近く経った。

 彼女が地球ここに来ていたことなんて全くなかったかのように日常が繰り返されてる。


 両親の彼女の記憶はすっかりなくなっていて、幼馴染との記憶はちゃんと本物の幼馴染に戻ってる。大学の友人もクリスに会ったことを忘れていた。


 夏休みになって、俺は「ダークネス・フローム・フォレスト2」をプレイすることが増えた。


 ストーリーエンディング後のおまけ要素は、ミナリィエの魔族に「じゃ」のエネルギーを与える存在がダンジョンの奥深くにいることが判明し、クリス達パーティがその隠しボスを倒しに行くという設定だ。


 おまけ要素の隠しダンジョンだけあって、途中に出てくるザコ敵も強い。もはやザコと呼べないレベルだ。


 これをクリアしたら何か変わるかも? なんて期待からレベル上げを必死にやって、ボスとの戦い方もあれこれ試して研究して、というより失敗して全滅の連続を繰り返して、今、やっと、隠しボスを倒した!


 邪のエネルギーを受け続けることがなくなった魔族はより人間と友好的になり、魔王が倒されてからも人間に敵愾心を持ち続けていた魔族も減った、という隠しエンディングだ。


 クリスはその後、皆の前から姿を消した。世界中を旅してまだわずかに残る魔族とのトラブルを解決しているのだろう、という綺麗なラストだ。


 大きなため息が自然と漏れた。


「クリアおめでとうございます!」


 突然、後ろから聞き慣れた声がした。

 まさか……?

 振り返ると、予想どおりクリスがいた。


「おまえ、帰れよっ」


 反射的に口からそんな言葉が漏れたけど、多分、顔は笑ってたと思う。


「無理ですよー。わたし一人じゃ異世界渡りの術なんか発動できませんし」


 クリスも満面の笑みだ。


「なんでいきなりこっちに来たんだよ」

「多分、ですけど、明くんがゲームを全部クリアして、こちらとのつながりが強くなったのだと思います」

「だからって、異世界渡りの術はやってないんだろう?」

「そうですねぇ。きっと明くんがわたしに会いたいって思ってくれたからじゃないですか?」

「一ミリだって思ってないし」

「またまたぁ。わたしの顔を見て嬉しそうに笑ったじゃないですか」


 にやにや笑って肘でつついてきた。

 悔しいが、言い返せない。


「で、おまえこれからどうするんだよ?」

「ミナリィエの誰かが気づいて異世界渡りの術を発動してくれるまで、地球こっちにいるしかないですね」

「またここに住む気か?」

「しばらくはそうしましょう。どうしても帰れないなら、改めて住むところと職を探します。あ、今度は元からいらした幼馴染さんの記憶に上書きではなく、別の幼馴染としてご両親やご近所の人達の記憶を植えつけるから大丈夫です」


 なにが大丈夫なんだろう。そもそも植えつけるって、言い方。


 ……ん、ちょっと待て? ゲームのエンディングではクリスは姿を消して、世界中を旅しているんってことだったよな? それって、隠しダンジョンから帰ってからクリスを知っている人が彼女を見てないってこと、だよな。


 今度はずっとこっちに居つくことになるかもしれないな。

 またやかましい日々が始まるのか。しかも終わらないし。


「あぁ、故郷は遠く離れけり」


 のほほんと言うクリスに、思わず噴き出した。


 しかたない。世界の危機を救った英雄様のセカンドライフにお付き合いしてやろうじゃないか。



(了)

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世界の危機は忘却の彼方 御剣ひかる @miturugihikaru

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