Day31 明日に向けた言葉(お題:遠くまで)
その日の午後、カラティさんを連れて、魔法道具管理局まで戻ると、彼女は早速課長らに説明し始めた。
サミーがカラティさんの家で魔力に当てられてしまい、体調を崩して、連絡が取れなかったこと。
そしてビニールプールに魔力を込めた魔法使いとして、不要な魔力消しが怠っていたのではないか、企業側の対応に問題があるのではないかと、助言していた。
課長や隣の課の女性課長らはその話を聞くと、すぐに作った事業所に行くための、班編成をしていた。
おそらく本日中には原因が固まってくるのだろう。
移動も多かっただけでなく、カラティさんとのやりとりは、思った以上に一般人の私にとっては心身の消耗が激しかった。三人から課長らに一通り説明した後は、早々に帰路につくことができた。
念のために、サミーは魔法関係の治療ができる病院に行き、体調を見てもらうことになった。凄腕のカラティさんに調整してもらったとはいえ、一度医者にも診てもらうべきだと、彼女から進言されたためだ。
彼を病院まで送り届けたのちに、私はグレンさんに家まで送ってもらっていた。
「大丈夫ですよ、一人で帰れますよ?」
「途中で倒れられたら困るから、送っていくと、何度も言っているだろう。カラティさん程のやり手の魔法使いとは、滅多に会わない。そんな人とまともにやりあった後だ、気を抜けば歩けなくなる」
「そういうものなんですね」
実感がわかない。まだまだ今日も元気に仕事ができそうだが――それはグレンさんに間接的にも守られているおかげかもしれない。
大通りから少し外れて、薄明色の空を見上げると、星が輝いているのが見えた。立ち止まって、指をさす。
「あれ、一番星ですかね」
「そうかもしれない。今日は天気がいいから、良く見えるな」
「そうですね。帰りに舟に乗っている時、遠くまで景色がよく見えました!」
嬉しそうに言うと、グレンさんがくすっと笑った。
「ああ。舟に乗っているとき、心なしか楽しそうに見ていたな」
そう言われて、頬がかっと赤くなり、視線を逸らす。あまり経験したことがない乗り物だったので、珍しそうに見ていたのは否定できない。
「……そんな感じで、できれば笑っていて欲しい」
ぼそっとグレンさんが言う。私は不思議そうな表情で先輩を見上げた。苦しそうな表情で私のことを見ていた。
「雨が降っている時やこの時期になると、ケイトはいつも辛そうな顔をしていた。それが十年前の事故が原因だとわかっていた。だから、その表情を見ると、いつもやるせなくなる……」
「何度も言いますが、グレンさんのせいじゃないですって。もう過ぎてしまったことです、いつまでもくよくよしてはいられませんよ」
「そうか、強いな。――そんな風に前向きな言葉を発する、ケイトが好きだ」
恥ずかしげもなくさらりと出された言葉。少しの間の後、私は目を大きく見開いた。
グレンさんは自分が発した言葉の意味に気づいたのか、見る見るうちに顔が赤くなっていく。
二人でさっと視線を逸らす。
「ち、違う。先輩から見て、前向きに行動する後輩はいいっていう意味だ!」
「わ、わかっていますよ、ありがとうございます! お褒めの言葉として受け取ります!」
そう言いながら、横目で先輩をちらりと見る。顔が依然として赤い。
どういう立場で言ったのかは、直接言葉に出してもらわなければわからない。だが、冗談やお世辞など、そういうのは苦手な寡黙な先輩である。
鞄の中に入っている、お下がりの参考書をそっと触れる。ただの参考書というわけではないとわかった。それは先輩という立場だから? それとも――
グレンさんは頭を激しくかきながら、「ああっ!」と声を出す。そして口を尖らせた。
「……近くに、俺がよく魔力を消費したときに通っている定食屋がある。魔力を整えるいい食事を提供してくれる店だ。……寄っていくか?」
「い、行きます!」
半ば反射的だった。それは嬉しさのあまりだ。
もっとグレンさんの仕事ぶりを知りたい。先輩の背中に追いつくためにも。
そして、もっとグレンさんのこと自身を知りたい――。
即答するとグレンさんは、ほっとしたような表情をした。
先輩の隣に一歩近寄って、二人でその店へと向かっていった。
了
魔道管局の道具認可 桐谷瑞香 @mizuka_k
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