Day30 未来を変える一歩(お題:握手)

 グレンさんが私のことを気にかけているのが、見なくても雰囲気からしてわかった。

 とりあえず、彼女に言葉をかけなければ――そう思い悩んでいると、唐突に奥の部屋に続くドアが開いた。

 現れた人物を見て、私は慌てて立ち上がった。

「サミー! 起きて、大丈夫なの!?」

「俺は……大丈夫です……」

 そう言いながらも、肩で呼吸をしながら、ドアに寄りかかっている。声からしても、見ためからしても、まだ熱が下がっているようには見えない。

 傍に近寄り、触れようとすると、手で待ったをかけられた。

「断片的に話を聞いていました……。この家を出れば、俺の体調はよくなるんですよね」

「そうみたい……。ごめんね、もう少し早く来られていれば」

「何を言っているんですか、むしろ感謝していますよ。ここに来たのは俺の勝手な行動ですし、こんなすぐに来てくれるなんて……思いもしませんでした」

「そりゃ、頑張り屋のサミーが無断欠勤するなんて聞けば、誰でも慌てるわよ」

「そうですか、嬉しいです……」

 精一杯の笑顔を向けてくれて、少しはほっとした。背後で椅子が動く音がした。振り返ると、カラティさんが傍に寄ってきた。そして彼女は手を差し出してきた。

 私とサミーは怪訝な表情をする。

「この家に漂う逆の性質の魔力を注ぎ込んで、貴方の中に留まっている魔力を調整させてちょうだい」

「そんなことできるんですか?」

 サミーと彼女の間に割り込んで、鋭い目で彼女のことを見上げる。魔力とか魔法とか、正直細かいことはわからない。だから、そんな風に魔力を注ぎ込んで、大丈夫なのか疑問に思う。


 とにかくこれ以上、サミーの体調が悪くなっては困る。この家から離れれば体調がよくなるなら、それでいいのではないか。

「――そういう風に魔力を扱う方法もある」

 さらに後ろから声が投げかけられた。グレンさんは二、三歩離れたところで立ち止まった。

「例えば魔法道具に囲まれすぎて、結果として魔力を強く浴びて、体調を崩す人がいる。そういう人は病院に行って、魔力を調整して、体調を整えてもらうんだ。……ほら、ケイト、局でもそういう部署があるだろう?」

 そんな部署あったかしらと首を傾げていると、サミーが「ああ」と声をあげた。

「ありますね、そういう部署……。俺は興味がなかったので、志望はしませんでしたか」

「大きい組織だから、知らなくても仕方ないだろう。――カラティさんが看護師として働いているのが事実なら、そういう調整ができるのも納得できる」

 そして優しく語りかけるように、私のことを見つめる。

「ケイト、何かあったら俺がどうにかするから、彼女にサミーのことを任せてくれないか? 調整をしてもらった方が、体調は格段によくなる。仮にしないで自然治癒に任せると、少なくとも一週間、まともに仕事はできないだろう」

「そんなにですか?」

「ああ。だから、サミーのために少し退いてくれ」

 振り返るとサミーは決心したのか、頷いていた。

 私だけが意地を張っていた?

 サミーに肩を叩かれると、躊躇いながらも彼の前を開けた。


 カラティさんがサミーの右手を握りしめる。彼女は一瞬険しい顔し、サミーも眉間にしわを寄せた。数十秒後、彼女が手を離すと、サミーは汗をかきながらも、すっきりとした表情になった。

 そして彼は右手を握ったり閉じたりし、額に手を当てて、感嘆の声をあげた。

「すごい、熱が下がっている。体も楽だ」

「本当に?」

 サミーの顔色などを見ると、さっきよりも楽そうに見えた。呼吸も落ち着いてきている。グレンさんも近寄ってくると、サミーのことを頭から足下まで一通り見た。

「変な魔力も残っていないようだな」

「はい。さっきまで自分の中にあった魔力がなくなった気がします」

 二人の会話より、調整してもらったことで、過剰の魔力はなくなったようだ。

 サミーやグレンさんはカラティさんに礼を言う。私も渋々お礼を言った。

「いいえ、私のせいで迷惑をかけたのだから、これくらいして当然でしょう。後ろのお嬢さんも、そんな顔をしているわ」

 図星を突かれて、何も言えずにいると、カラティさんが近寄ってきた。

「色々とご迷惑をかけて、ごめんなさい。サミー君の事情を説明したいし、ビニールプールの事件についても局の皆さんに私の推論をお伝えたい。もし、これから局に戻るのなら、同行させてもらえないかしら?」

 サミーのためにも、彼が連絡できずに無断で休んでしまったことを、事情を知っている人間から話してもらった方がいい。

 ビニールプールのことも、魔法使い自らの助言として伝えた方が、課長らも納得しやすいかもしれない。

 来てもらえるのなら、それは有り難い。事件も早く解決するだろう。

 そうすれば、これから起きる未来への悲劇を食い止められるかもしれない――。


 だから、ここは意地を捨てて、彼女の申し出を有り難く受け取ろう。

 私は息を吐き出してから、首を縦に振った。

「そう仰ってくれるのなら、お願いします」

 カラティさんがすっと手を伸ばしてくる。

「ありがとう、ケイトさん。局までよろしくお願いします」

 私は肩をすくめながらも、その手を握り返した。

 そして、少し心が落ち着いたところで、先ほどの話題に戻る。

「十年前の事件については、私はカラティさんの話を聞いて、これくらいしか言えません」

 息を大きく吐き出して、見上げた。

「後悔しているのなら、今後、他の人のために、おかしいと思ったことがあれば、声を上げてください。黙っていても、何もいいことはありませんから」

「そのとおりね。利用者のためにも、きちんと報告するわ」

 カラティさんは何度も確かめるかのように頷いた。

 さて、今までの話の流れから、一つ気になることがあった。

「今回、こんな回りくどいことをしないで、企業から話を受けた時に、原因を言えばよかったのではないですか?」

「話している時、この件を企業側に言ったら、もみ消されるのではないかと思ったから、言えなかった。だから魔道管局の人間に、直接言いたかったのよ」

「それだったら局に直接来ればよかったじゃないですか。新聞記事なんて出さずに」

「サミー君が来なければ、今日の朝にでも行っていた。新聞記事は私が行方不明扱いになれば、企業側や誰かが気にしてくれるかもしれないと思って、試しただけよ」

 もしかしたら魔法使いとして孤独になりがちな彼女にとって、常に誰かを試したがっている癖があるのかもしれない。


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