Day29 真相(お題:名残)

 私はナミリィさんを注意深くみる。当初話していた時と、雰囲気が変わっている気がした。本性はこちらで、先ほどまでは隠していたのかもしれない。

 グレンさんはゆっくりと振り返り、眉間にしわを寄せた状態でナミリィさんを見据える。

「ナミリィさん、……いえ、貴女はもしかして新聞に載っていた探し人のカラティさん本人ですか?」

 彼女は少し間を置いた後、口元を大きくにやけさせた。

 それを見たグレンさんは即座に移動し、私の前に立って、庇うかのように腕を伸ばした。険しい顔をしたグレンさんがすぐそこにいる。先輩は低い声で問う。

「何が目的だ」

「――察しが良いと大変ね。後輩のお嬢さんを守ろうとする姿勢も素敵だわ」

「有難いことに、魔法関係の感覚は鋭い方で。彼女に危害を与えるのなら、仕事ではなく一人の魔法使いとして、相手をします」

 話が見えてこないが、私はとにかく動けなかった。二人の間に走る緊張感が、動けなくさせた。

 カラティさんは握りしめた右手をあげる。

 グレンさんが警戒を強める。

 彼女の手が緩みそうになったところで、緊張感は最高潮に達し――たが、彼女はそのまま手をおろした。

 そして背もたれに背中を預け、はあっと息をはいた。グレンさんの警戒が少し薄れる。

「心配しないで、何もしないわよ。少し試しただけ。魔法使いと一緒にいる人間は不幸になりやすいから、貴方がそれを覚悟して、彼女といるか確かめたかったのよ」

 カラティさんはさっきまでの軽い雰囲気に戻り、冷めてしまった紅茶に口を付けた。

 そこでようやくグレンさんは手を下ろした。

 彼女は左ひじを机に突き、その手に顔を乗せる。

「私、昔、付き合っていた男性がいたの。魔法が使えない、普通の人。だけど私の魔力が強すぎるから、色々と厄介なことを引き寄せて、怪我させちゃったの。彼は別に構わないと言ったけど、私はもう彼が傷ついてほしくなかったから、別れてもらった」

 机の上を指で叩く。

「たとえ引き寄せたとしても、彼を自分の魔法で守ればよかったのよね。――そう後悔しているから、魔法使いを見ると、たまに挑発したくなってしまうの。……本当、魔法って面倒。魔法道具を作るにも神経を使うし、大変なのよ」

 グレンさんは再び椅子に腰を下ろし、カラティさんを見据えた。

「自分も魔法道具に魔力を与える魔法使いは、すごいと思っています。カラティさんは、最近新聞であがっている、ビニールプールに魔力を込めた制作者の一人ですよね? そして魔道管局の職員など、関係者がここに来ることを狙って、新聞記事をわざと流した。違いますか?」

 前者は事前に仕入れた資料からわかっていた。そして後者の推論は、今、グレンさんが編み出したものだろう。

 彼女は隠しもせず、大きく頷いた。

「その通り。私はビニールプールに魔力を施した一人」

「先ほど言っていた真相とはどういうことですか?」

 本題に入る。私は聞き逃すまいと、二人の会話に集中した。

「実は私が魔力を込めた段階で、ビニールプールの側面に火属性の魔力が若干残ってしまっているの。耐久性を高めるために、作成過程で火を使わなくてはならなかったからよ。魔力を込めた直後は魔力消しができないから、あとは売り出した企業側に魔力消しを任せたのだけれども……」

 グレンさんは眉を若干動かした。

「売り出す企業側は、店頭に並ぶ前に必要のない魔力を消さなければならない。それは企業側の義務であるが、カラティさんの言い方から推測すると、魔力消しを怠ったということですか?」

「おそらく。壊れたビニールプールを直接見ていないから断言できないけれど、そうでなければあんな風に穴はあかないはずよ」

 彼女は腕を組む。

「魔力が若干残っていれば、長時間水に触れることで、水と火が反応し、結果として穴が空いてしまう。魔力消しをしていない道具は、すべてこの現象が起きる可能性がある」

 今までの事件は氷山の一角だったかもしれない。そう思うと、ぞっとしてくる。

「だけど逆を言えば、購入先に注意喚起をして、今からでも不必要な魔力を消せば、問題はなくなるはずよ。世間的には事件の名残で企業に悪い印象が残るでしょうが、あっちがやり忘れたことなんだから、それくらい仕方ない」

 カラティさんは息を吐き出し、天井を仰いだ。

「まったく……、私が作った魔法道具で二度と何か起こらないように気をつけて作業していたのに、企業の落ち度で事件が起きてしまうなんて、たまったものじゃない」

 彼女は私とグレンさんを交互に見た。そしてどことなく寂しい顔をする。

「魔道管局の方なら知っているかもしれないわね。私、十年前に起きた降り止まない雨の原因となった、雨降らしの魔法道具に魔力込めをした一人なの」

 話題を振られ、私たちは固まった。あらかじめ調べて、分かっていたことだ。だが、改めて本人から言われると、反射的に身構えてしまう。


 あの事故の最たる原因は、企業側の意図的な工程及び確認の省略。それが抜けたことで、欠陥品が出る可能性を上げてしまった。さらに局側の見逃しもあり、本来なら指摘があるべきところが、されず、そのまま流通してしまったのだ。

 魔法使いは、あくまでも手を貸した存在。彼ら彼女らが、意図的に事件を起こすように道具を作ったのなら別だが、そうでなければ表に出ることはない。

 そんな人物が目の前にいる。頭では企業が悪いとわかっていても、魔法を込めた相手も決して許すことはできずにいた。


 カラティさんは私たちの反応を見て、軽く俯く。

「その表情は、何かしらあの事件のことを知っている風ね」

「自分は……入局したばかりで、その事件の現場を見ました。降り止まない雨に、愕然としていた覚えがあります」

 私は顔を上げられずにいた。するとグレンさんの手が私の手を握ってくる。ちらりと見ると、顔を向けられていた。無理するなという表情だった。

 気を使ってくれるのは有り難い。だが、何かしら追加の情報があるのなら、知らなければならない。この局に入ったのは、事故の原因を知るためではなかったのか?

 私は意を決して、口を開く。

「私は降り止まない雨の町の住民でした」

 彼女は目を丸くし、軽く歯噛みをしたのちに、頭を下げる。

「この度は申し訳ありませんでした」

 彼女の口から自然と出た謝罪の言葉を受け、眉をひそめる。私は口を開くと、口調が強くなった。

「企業側が魔法道具の確認を怠り、欠陥品を流出してしまったと謝罪してきました。ですがその様子では、カラティさんにも何か落ち度があったのですか?」

 喉がカラカラになっていく。真実を知りたいだけなのに、なぜか酷く緊張していた。

 カラティさんは目を軽く伏せた。

「言い訳にしかならないと思うけれど、魔力を込めたときに、少し違和感がした。それを声に出さずに、企業に後のことは任せてしまった。……まだ魔法道具に魔力を込める、駆け出しの魔法使いだったから、そこで意を唱えたら、仕事が来ないと思った。自己の保身に走ったために、何も言わなかった」

 彼女の表情は、とても苦しそうで、見ているこちらも胸が引き締まる思いだった。ずっと彼女はこの事実を言えずにいたのかもしれない。


 懺悔を聞いた私が、彼女を許せるかと言うと、否だった。

 ただ、彼女の言葉を受け止めるだけ。許すもなにも、事実を言われて、それで何ができるだろうか。優しい言葉でもかけるべきか?

 いや、きっとカラティさんはそんなことを望んで、告白したのではない。罵声を浴びられても仕方ないと思いつつも吐き出したはずだ。

 だが、私が罵声を出せる時期は、とうの昔に過ぎてしまった。


 あれから十年、私は魔法道具管理局に入局して、様々な人と出会い、話をした。

 自分の常識が通じない人もたくさんいて、かなり苦労した。

 それでもどうにかやっていけているのは、グレンさんをはじめとして、頼れる人たちが周囲にいるからだ。


 様々な経験を通じて、十年前の事件は過去のこととなっている。

 町の田畑は雨に飲み込まれてしまった。思い出の風景は消えてしまった。仕事を失ってしまった人もいた

 それらは局で道具を認可した人が目をつぶった、道具を作成した企業が意図的に見逃した、そしてカラティさんが声に出せずにいた――など、様々な要因が重なってしまい、起きたことだとわかった。

 どれか一つでも――と思うときはあるが、過ぎてしまったことはしょうがない。

 私はただ、あの悲劇を繰り返さないよう、自分なりに努力するしかなかった。


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