まぼろしの逆さ虹

羽入 満月

まぼろしの逆さ虹を探して

  昔々、ある森に立派な虹がかかりました。

  その虹は逆さまで、

  珍しい虹がかかったその森は、

  いつしか「逆さ虹の森」と呼ばれるように

  なりました。



 その森に怖がりのくまが住んでいました。

 名前をツミレといいました。

 ツミレは、ある日気がついてしまいました。


「この森は、『逆さ虹の森』って呼ばれてるけど、僕は逆さ虹を見た事がないや。」


 思い当たって見ると、逆さ虹を見た事がある動物なかまはいるのだろうか、逆さ虹って本当に逆さまなんだろうか、自分も見てみたいなぁ、と次から次へと疑問やら好奇心が湧いてきました。

 しかし、一匹で探しに行くなんて怖くてできませんでした。


 もしかしたら、猟師に見つかって撃たれて、木葉でちょいと隠されてしまうかもしれません。


 もしかしたら、美味しそうな蜂蜜を見つけて、食べようとしたら蜂に刺されたり、穴に嵌まって出られなくなるかもしれません。


 そんなことを考え始めたら、またまた怖くなってしまいました。


 一匹で悩んでいるツミレの元に親友のきつねのポコラがやってきました。


「やぁ、ツミレ。どうしたんだい?そんな難しい顔をして。今日はとってもいい天気だよ。お散歩日和じゃないか。どうだい?一緒にお出かけしようよ。」


 ポコラがツミレの顔を心配そうにのぞきこみました。


 ツミレは、自分一匹で考えても答えにたどり着きそうにないのでポコラに相談することにしました。


「ああ、ポコラ、おはよう。ちょっと考えごとをしていたんだ。そうだ!君は、逆さ虹を見た事がある?」

「逆さ虹かい?そりぁ…見た事がないなぁ。この森は、『逆さ虹の森』って呼ばれてるけど、よく見えるわけじゃないしなぁ。それがどうかしたのかい?」

「…僕も見た事がないんだよ。だから、『逆さ虹』を見てみたいなあって思って。本当に逆さ虹ってあるのかなぁって。」

「うーん。そうだなぁ。…そうだ!それなら長老に聞いてみようよ。長老ならきっと逆さ虹のことを知ってるんじゃないかな。」

「それは、いい考えだね。一緒に行ってくれる?」

「勿論だとも。」


 二匹は、長老に会いに行くことにしました。


 長老とは、この森に昔から住んでいるフクロウです。森の奥に住んでいて、分からないことや森のことなら長老に相談するのが常でした。

 森を奥に向かって歩いて行くと、どこからか声が聞こえてきました。


「あれあれ?お二人揃ってお出かけですか?」


 突然の声にびっくりしてツミレはポコラの後ろに隠れました。

 ポコラは、辺りを見回すと近くの木の枝の上に声の主を見つけました。


「やぁ、コリー。調子はどうだい?」


 声の主は、りすのコリーでした。

 コリーはいたずらの大好きな、元気いっぱいのシマリスです。


「イタズラの調子ですか?そりゃぁ、楽しいことがないのなら、自分で作ればいいのですから何時だって調子はバッチリですよ。」


 コリーは、陽気に答えました。


「なんだ、コリーだったのか。こんにちは、コリー。そうだ!君は、逆さ虹を見た事がある?」


 声の主がコリーだったので、安心してポコラの後ろから出て、コリーに声を掛けました。


「逆さ虹?いゃぁ、見た事がないですねぇ。お二人は逆さ虹を探しておいでですか?」

「そうなんだ。情報収集のために長老の話を聞いてみようかと訪ねて行くところなんだ。どうだい、興味があるなら一緒にいかないかい?」

「なんだかおもしろそうですね。御一緒させて頂きます。」


 そんな話になったので、三匹で長老の元を訪ねました。


「長老、こんにちは。聞きたいことがあるんだけど…」


 ツミレが長老に話しかけますが、長老は目を瞑ったまま答えません。


「ちょーろー!!聞こえていますかぁぁぁ!!」


 コリーが長老の耳元で大きな声で呼び掛けました。


「……んあ。あ?なんじゃ?ぁあ、お前さんたち、どうしたんじゃ?」


 どうやら、寝ていたようで、コリーの声で目が醒めたみたいでした。


「じつは、逆さ虹について、聞きたいことがあるんですよ。」

「……。あぁ。なんじゃったかな?」

「さーかーさーにーじー」

「あぁ。逆さ虹。それがどうかしたのかね。」

「見た事がないから。どういうものなのか知りたくて。」

「…。逆さ虹?ああ、あれは…凄く綺麗じゃった…。」


 その続きの言葉を待ちましたが、長老の言葉が止まってしまいました。

 三匹は、長老をよく見てみると、どうやら寝てしまったみたいでした。

 話の続きを聞こうとしても、いくら声をかけても、いくら揺すっても目を覚ましませんでした。

 仕方がないので、長老から話を聞くのを諦めました。


「結局、話が聞けませんでしたねぇ。」


 と、ちょっとがっかりなコリー。


「でも、本当に逆さ虹が出たことがあったんだ!」


 と、興奮するツミレ。


「で?これから、どうする?」


 と、ポコラは二匹に問い掛けました。

 そのポコラの問いに二匹は考えました。

 今までこの森に住んでいましたが、逆さ虹なんて見た事がありません。

 そんな思いから、コリーは、ぽそりと言いました。


「普通には見れない虹なんですかねぇ。」


 その言葉を聞いて、ポコラはある噂を思い出しました。


「そうだ!ドングリ池に行ってみないかい?」

「「ドングリ池?」」


 ポコラの提案に二匹は、声を揃えて聞き返しました。


「そうさ。ドングリ池。噂があるじゃないか。ほら。ドングリを投げ込んでお願い事をすると叶うという噂!ドングリ池にお願いしに行こう!」

「なるほど。ドングリ池かぁ。よし、みんなで行ってみよう。」

「では、僕の『取って置きのドングリ』でお願いしてみましょう。」


 そんな話をしながら、三匹はドングリ池に向かいました。

 途中でコリーが、家に寄りたいと言ったので、寄ったのですが、戻ってきた時に何も持っていなかったのと、口数が減ったのが気になりましたが、無事にドングリ池に着きました。


 しかし、ドングリ池には、先客がいました。

 それは、アライグマのマクシーでした。

 マクシーは暴れん坊で有名なアライグマでしたので、後ろからそーっと近づいて様子を見ることにしました。

 マクシーは、池のほとりでなにかをしていました。じゃぶじゃぶと音もしました。


「くっそ、なんなんだよ。とれないじゃないか!!」


 なにかを洗っているようでした。

 よく見ると、どうやら、自分の尻尾を洗っているようでした。


 三匹は、顔を見合わせました。


 なぜ、自分の尻尾を洗っているのか気になったのですが、声をかける雰囲気ではありません。

 しかし、ドングリ池に用があるので、声をかけない訳にはいきません。


 恐る恐る、ポコラが声を掛けました。


「あのー、マクシー?何をしているのさ?」

「ああん?なんだお前ら。揃いも揃って。俺様が何をしたって関係ないだろ?」


 マクシーは、怒って答えました。


「じ、じ、実はね、逆さ虹をさがしてるんだ。でも、なかなか見つからないから、ドングリ池でお願いしようかって。」


 ツミレがドキドキしながら、説明をしました。


「逆さ虹?あー、俺様だって見たことねーなぁ。この池で願えば見れるのか?よし、お前ら、特別に退いてやるからお願いしてみろよ。」

「見れるかどうかはわかりませんが、やってみる価値はありますよ?御一緒にどうですか?」


 陽気にコリーが誘います。


「マクシーが一緒にお願いしたら叶うかもしれませんよ。」


 そう煽てられてマクシーは、「そうか?」と満更でもない顔をしています。


「では、ドングリを配りますね。『取って置きのドングリ』ですよ。」


 そういって、コリーが配ったドングリは確かに艶々したドングリでしたが、なんだか湿っぽいドングリでした。


「おい、コリー。なんだかこのドングリ、濡れてないか?」


 マクシーがコリーに尋ねました。


「おや?そうですか?あぁ、手が足りなかったから、頬袋に詰めて持ってきましたからねぇ。」

「ななな、なんだって!!きたねえじゃねぇか!」


 マクシーは、おもいっきり、池に向かって、ドングリを投げました。


 それを見て、ポコラが声を掛けました。


「ほら、お願いしなきゃ。逆さ虹がみたいって。」


 その言葉を聞いて慌ててマクシーは、手を合わせました。

 ツミレとポコラも、コリー特製の取って置きのドングリを微妙な気持ちで池に投げ込み、お願いしました。

 コリーは、頬袋にあった最後の一つをぷっと飛ばし、手を合わせました。


 暫く、静な時間が過ぎました。


 そっと目を開きましたが先程と変わらぬ景色が広がっていました。


「なんにも起きないね。」

「そうですねぇ。」

「まぁ、すぐに願いが叶うとはかぎらないものだよ。」

「なんだ、つまんねーの。」


 口々に感想を言っているとツミレは、マクシーの尻尾に赤いものがついているのに気がつきました。


「マクシー?尻尾、怪我をしたの?赤くなってるよ?」

「あぁ、さっきな、穴に嵌まってな。その穴に木の実が入っていたらしくて、それの汁が付いちまったんだよ。」

「それは、災難だったね。だからさっき、池で洗っていたのかい?」


 呑気に話していると、突然、コリーが笑い出しました。


「はははー。あの落とし穴に引っ掛かったのですね!やったー!あー面白い!」


 笑い転げるコリーをツミレとポコラは唖然と見つめました。


 そしてなんだか隣から冷気を感じて、視線を転じると、コリーが笑い転げるたび、顔が赤くなっていくマクシーの姿がありました。


 二匹の顔は、反対に青くなりました。


「コリー?もう、その辺で…」


 そう、ポコラが言いかけた時、コリーは、空高く飛んでいました。

 怒ったマクシーがコリーを投げ飛ばしたのでした。

 体重の軽いコリーは、綺麗な放物線を描き、ドングリ池にドボンという音と一緒に落ちました。

 水飛沫がコリーの落ちた所に太陽の光を浴びながらキラキラと舞い落ちました。


「てめーの仕業か!俺様の尻尾、どーしてくれるんだ!」


 怒るマクシーをポコラがなだめます。

 コリーは、チョロチョロと池を泳いできました。

 ツミレは、おろおろしていましたが、とりあえず、コリーを助けようと池の縁に立ったときでした。


「あっ!」


 池の上に虹がかかっていたのでした。


 ツミレの声につられて、みんなもツミレの視線を追いました。


「「「虹だ!」」」


 虹が出たことに、最初は興奮していたが、すぐにただの虹なことに気がつき、落胆しました。


「ただの、普通の虹だね。」


 みんな同じ思いだったので、全員がきっと自分の口からでた言葉だと思いました。


 池から上がってきたコリーが虹を見ながら言いました。


「普通の虹でしたね。逆さまな虹なんてやはり、簡単には見られるものではないんですね。」


 しみじみと言うコリーの尻尾を突然マクシーがつかみました。

 マクシーは、そのままコリーを逆さまに持ち上げました。


「なに、のんきなこといってんだ!?お前のせいで」

「逆さ虹だ!」


 マクシーの話を遮るように、コリーが叫びました。

 話を遮られたマクシーは、コリーをさらに持ち上げて怒りました。


「なにワケわかんないこと言って気を反らそうとしてんだよ!」

「ほんとに、ほんと。逆さ虹だって!」


 コリーの言葉を聞いて、ポコラは目をぱちくりさせ、ツミレは首をかしげました。

 すると、ツミレの目には、うえに向かって伸びていた木々たちが横に向かって伸びていました。


 もしかして。


 そう思い、足を肩幅に広げ、その間から覗く、股のぞきをしてみました。


 覗いた景色は、全てが逆さまになっていました。


「本当だ。逆さ虹ができてる!」


 ツミレのその声に、マクシーはてを止めて、ポコラは、ツミレと同じように股のぞきをしてみました。


「すごい。逆さまだ!」


 同じように声をあげるポコラに半信半疑なマクシーも同じポーズをとりました。

 暫く、三匹と一匹は、逆さまになった虹を眺めていました。


 本物の逆さ虹ではなかったけれど、今日みんなで見た逆さまの虹は、大切な思い出になったことでしょう。

 そして、本物の逆さ虹を見るために、また冒険に出かける話は、またの機会にとっておくことにしましょうか。



 めでたし、めでたし。

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