最終話

 もっとゆっくり色々話そう、凛夏さんがそう提案してくれて、大学から歩いて五分くらいの場所にあった喫茶店に入った。


「本当は思い出のケーキバイキングもいいかなと思ったんだけど、今はあんまり食べられそうにないし、それよりもたっぷり話がしたいし」


 僕も全くの同感だった。まだ頭の整理が追い付かず、食欲なんて微塵もない。とにかく今は、一秒でも長く凛夏さんと話がしたい。


「実はね、エリナに背中を押されたんだ。うなぎちゃんのことが好きなんでしょ、って」


「エリナさんが……?」


「エリナにだけ、全部話したんだ。今までの経緯とか、私の想いとか。そうしたら、確かに、間違った見立てでノーマルの春夏冬君をああいうお店で働かせて、しかも途中で気付いたのに何も行動を起こせなかった私はすごく罪深いけど、そのことを気に病んで勝手な道徳を押し通して、春夏冬君の想いまで踏みにじるのはもっと罪深いよって」


「エリナさん……」


「私ね、自分で言うのもなんだけど、今までいい子ちゃんすぎたんだと思う。高校の時、いいなと思ってた男の子がいたんだけど、エリナもその男の子のことが好きだったんだよね。それで高二の時、その男の子から告白されたんだけど、断っちゃった。エリナが好きな人と付き合うなんて友達失格だと思って。そんな人間にはなりたくないって。大学に入ってからも、何度かそういうことがあったんだ」


 やっぱりモテるのだな、なんてことを思いながら、凛夏さんの話に集中した。


「エリナは、私のそういう部分も全部知ってくれてて、今回もいい子ちゃんで通すならまた幸せを逃すよって忠告してくれて。物事を綺麗に考えすぎるのは逆に罪だよって」


「エリナさん……。エリナさんには大感謝ですっ! そのおかげで僕は……凛夏さんと付き合えて……夢見たいですっ! 僕は……あの……今、本当に嬉しいです! うまく言葉が出てこなくて、なんて表現していいのかわからないんですけど……。アホみたいな言い方ですけど、多分、今この瞬間、僕が一番世界で幸せな感情に包まれてると思いますっ!」


「ふふふっ。ありがとう。そんな言葉をもらえて、本当に嬉しい」


「……でも、その、ちょっと心配もあるっていうか……。僕、よく『変わってる』って言われるんですけど、凛夏さんは大丈夫ですか? そんなふうに思ったことないですか?」


「ん? あるよ」


「へ……?」


 あまりにあっさり言われて拍子抜けしてしまい、間の抜けた声が出てしまった。


「でも、それって何か問題なの? 変わってない人なんて魅力ないと思うけどな。無個性っていうことだし。ほとんどの人が、変わっている部分を持っていると思うよ。もちろん、個性とか価値観には合う合わないがあるから、春夏冬君の個性が好きじゃない人もいると思う。でも、私は好きなの。だから告白したんだし」


「り、凛夏さん……」


「いつも飄々としててポジティブな春夏冬君らしくないよ! そんなこと気にしなくて大丈夫! だからこれからは、少なくとも私に対しては、変に言葉を選んだりしないで、素の春夏冬君でいてね!」


「は、はい! わかりました! 素の状態を全力で維持します! 任せてください!」


「ははははっ!」


 また変なことを言ってしまったのか、笑わせるつもりはなかったのに、凛夏さんは爆笑している。


 でも、笑っている凛夏さんの姿は、僕にとって麻薬だ。見れてよかった。

 おかげで、ここ一週間の不調や不安など、まるで存在してなかったかのような気分にさせてくれた。


「あとね、お店なんだけど、私、実は辞めることになったんだ」


「えっ?」


「これからはエリナが代表になってくれて、お店を切り盛りしてくれるの。もう凛夏は解放されるべきだから、このへんで自由になって、だって。ずっと気にしてくれてたみたい。エリナらしいよね」


「本当にそうです! さすがエリナさんですね」


「それにね、二日前に新人の子が入ってくれることになったんだ。しかも、かなり期待できそうな子。エリナが太鼓判押してたから間違いないと思う」


「そうなんですね。あのエリナさんがそう言うなら間違いないはずです」


「『うなぎちゃん』を超えちゃう人気キャストになるかもよ? ちょっと嫉妬しちゃう?」


「いや……さすがにそれは……」


「ははははっ!」


 凛夏さんの笑い声は、なんでこんなに透き通っているのだろう。笑うたびに、うっとりしながら眺めてしまう僕がいる。


「あ、そう言えば一つだけいい?」


「……はい? な、何ですか?」


「ずっと不思議だったんだけど……。お店に入った時、なんでいきなりあんなに色っぽい仕草とかできたの? そもそもサークルの合同練習の時に、そういう部分が見え隠れしたからスカウトしたんだけど。でも、なんでなんだろうってずっと思ってたんだ。普通の男の子が、生まれつきであんなふうになるのかなぁって」


「えっと……あのぉ……」


「あれ? 聞いちゃまずかった?」


「いえ、全然大丈夫です。ちょっと恥ずかしくて、今まで誰にも言ってなかったことなんで、軽く戸惑っちゃって……」


「あ、言いづらいことなら全然いいんだよ?」


「いや、凛夏さんにはすべて知ってもらいたいっていうのもありますし、ここまできたら言いづらいっていうほどのことでもないので大丈夫です」


「……じゃあ、聞いちゃっていい?」


「はい。……って言っても、そんなに大した話じゃなくて。実はですね、僕の両親なんですけど……強烈に女の子が欲しかったみたいなんですよ。でも、生まれたのが僕だったわけで。すごくがっかりしたみたいです。家の財政状況的に二人目を作るつもりはなかったらしくて、死ぬほど落ち込んだらしいです」


「そ、そんなに女の子が欲しかったんだ……」


「はい。女の子しか考えられない、って感じだったらしいです。それで、その思いが暴走して、小さい頃から僕を女の子として育てるという暴挙に出まして……。小さい頃の僕は特に女の子っぽい顔してたっていうのもありましたけど。とにかく、服から仕草から髪型から、女の子として育てられたんです。内股で歩かされたり、髪を伸ばしてポニーテールにさせられてたり、女っぽいクネクネとした動きを強要されたり」


「す、すごいね……」


「そうなんです……。で、三つ子の魂百までと言いますか、物心ついた時から徹底的に仕込まれてきたせいで、小学校に上がってしばらくしたあたりから『もうそんな動きはしたくない』と思ってもなかなか直せなくて。そのせいで、高校まではオカマだなんだとイジられることが多かったんです。動きがクネクネしてるから、『うなぎ』なんていう渾名までついちゃって」


「そうだったんだ……。そんなことが……」


「あんな親には憎しみしかありません。僕は小学生の時から、彼女が欲しくて欲しくて仕方がなかったんですけど、女っぽいから嫌だとか、クネクネした動きが気持ち悪いとか、そういう理由でフラれ続けました。周囲からも、散々からかわれましたし」


「……」


「本当に……あの頃は辛かったです……。自分はイジられてるだけだ、イジメられてるわけじゃない、って無理やりポジティブに考えて、気にしないようにしようと頑張ってましたけど、結構メンタルにきてました。両親が余計なことさえしなければ……。勝手な考えで、面白半分でおかしなことをしなければこんなことにはならなかったのにって、死ぬほど恨みました。子供を何だと思ってるんだろうって」


「そっか……」


「大学に入ってからは、絶対に女っぽさが出ないようにめちゃくちゃ頑張りました。入学前の春休み中なんて猛特訓しましたし。おかげで、凛夏さん以外にはバレませんでしたよ」


「うっ……。なんか……ゴメンね……」


「い、いや! やっぱり凛夏さんってタダ者じゃないってことですよ! ……だから僕、両親のことは今でも許せなくて。すごく反省してるみたいで、ちょくちょく謝ってきたりもするんですけど、今更謝られても何も変わらないっていうか。思春期を完全に潰された怨みっていうのはなかなか消えないんですよ」


「そういうことだったんだね。――でもさぁ、こんなこと言っちゃうと春夏冬君に怒られるかもしれないけど、私は今、ご両親にちょっとだけ感謝しちゃった」


「へっ? な、なんでですか……?」


「だって、女性っぽい仕草が身に付く家庭環境がなかったら、私が春夏冬君と接点を持てることはなかったと思うの。私、相手からグイグイ来られるのは苦手だから、仮に春夏冬君から積極的な誘いがあっても受けなかったと思う。だとしたら、春夏冬君とは学年も違うし、たまに合同練習があるとはいえサークルも違うし、私が春夏冬君の魅力に気付けるようなきっかけは生まれなかっただろうなぁって。結果論だけど、ご両親の変わった教育方針……って言っていいかわからないけど、それがあったからこそ今があると思うんだ」


 話を聞いている最中、あれだけ嫌悪していた両親に対して、急激に溜飲が下がっていった。


 凛夏さんの言う通り単なる結果論だけれど、とはいえこの状況が生まれた要素の大部分を構成しているのは、両親によるあのいびつな育て方だ。


 僕に『うなぎ』という渾名がついてしまうような土壌どじょうが家庭内になければ、中学や高校で普通に彼女ができて、違う大学に行っていたかもしれない。

 優香ちゃんみたいな子が現れる可能性だってあるのだから。


 でもそうなると、凛夏さんとの出会い自体もなくなっていた。


 皮肉にも、両親の歪な育て方こそが、ここへ辿り着くための最大の鍵だったのだ。


 運命って、なんて複雑怪奇なものなんだろう。


「どうしたの? 大丈夫?」


「……あ、済みません! ちょっと色々……感慨深いというか……」


「うん、なんかわかるよ。不思議だよね、縁って。何か一つでも歯車が狂ってたら、こうはならないんだもんね。私の方だって、エリナと友達になってなかったら、お店をやってなかったら、あのサークルに入ってなかったら……。言い出したらキリがないもん」


「ほんとにそうです。もし一つでもずれてたら……」


 どんなに些細なことでも、何かしらのボタンの掛け違いがあったら、この幸せを逃していたのだと思うとゾッとする。


 今の凛夏さんの言葉で、ほんの少しとはいえ、両親に対して感謝の念が湧いてきた。


「あ、そうそう。それにね、こうして春夏冬君と付き合えたことでもう一つ、私のささやかな願いが叶ったんだ」


「ささやかな願い……? 凛夏さんの……? 僕、まだ何もしてないですよ?」


「あのさ、これからは恋人らしく、春夏冬君のこと、名字じゃなくて名前で呼んでいい?」


「名前で? あ、もちろんです!」


「では、春夏冬君改め……。これからよろしくね、渚君!」


【了】

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【完結】クネクネ・ナヨナヨしたまったくモテない僕に、奇跡的なルートを辿って超絶可愛い彼女様ができる物語 三笠蓮 @novel_life

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