第34話

 それから凛夏さんは、自分の過去や、エリナさんとのこと、僕を店に誘う時の苦悩や決意や覚悟、僕が普通の男で、自分に好意を持っていると気付いたこと、そしてそして……僕を好きになってくれた経緯という耳がとろけそうになる話などについて、洗いざらい話してくれた。


 その一つ一つが衝撃的で、まるで大作家が書いた脚本を読み聞かせてもらっているような錯覚に陥った。


 気付くと僕は、その場にへたり込んでいた。


 驚愕と歓喜がタッグを組んで臨界点を突破すると、足が自重に耐えられなくなるということを初めて知った。


 宝くじで一等を当てて立てなくなったり気を失ったりする人の気持ちが初めて理解できた。


「急にこんな告白をして……本当にごめんね」


「い、いえっ……そんなっ……。あの……あの……あ、うまく喋れない……。あの……俺も……凛夏さんのことが……その……」


「うん、ありがとう。さっきも話したけど、春夏冬君が私の事を想ってくれてるっていうのは気付いてたんだ。でも、私にその想いを受け入れる権利も資格もないと思ってた。普通の男の子だって気付いてからも、お店の経営のこととか、今更正直に話しても取り返しがつかないだとか、自分勝手な理由ばっかり並べて何も行動できなかった私みたいなわがままでバカでひどい女が、純粋でまっすぐな春夏冬君みたいな人と結ばれるなんて失礼だって」


「し、失礼だなんて、そ、そんなことあり得ないです! お店の経営を第一に考えるのは当然ですから! いつもみんなのことを考えていて凄いです! そ、尊敬してます! キャストさんたちも、みんな、凛夏さんのことを尊敬してます! みんな凛夏さんのことが大好きですっ!」


「そんなふうに言ってくれて、本当にありがとう。……でも、やっぱり自分で自分が許せなかったの。だから春夏冬君のことは諦めないといけないって思ってた。でもこの一週間……どうしようもないくらいに寂しくて、悲しくて、心が沈んで……」


「……」


「すごくすごく悩んだんだけど……。でも、思ったの。これまで散々春夏冬君を振り回してきた自分勝手な私なんだから、もう一回だけ、自分勝手に割り切って、自分勝手に動いてみようって。もう一回だけ、どうしようもない、バカで救いようのない自分勝手な私になろうって」


 凛夏さんは、元々伸びていた背筋をさらに伸ばした後、深々と頭を下げた。


「春夏冬君、もしこんな私でよければ、付き合ってください」


「僕……あ、お、俺……わた……え? あの……」


 至福を超える言葉があるなら教えてほしいくらいの至福さで頭が混乱し、大学では『俺』で統一していたはずの一人称が迷子になってしまった。


 頭を上げ、慌てる僕を見ながら微笑んだ凛夏さんは、優しくこう言ってくれた。


「ふふふ。私の前では取り繕わないで。ありのままで居て欲しいな」


 その言葉がスッと胸の中に入り込み、すぐに気持ちが落ち着いた。凛夏さんの言葉には不思議な力がある。


「……僕も凛夏さんのことが大好きです。死ぬほど好きです。付き合ってください」


 凛夏さんと出会ってからの九か月間、ずっと言いたかったけど懸命に呑み込み続けた言葉を堂々と言えたことで感極まり、助走なしで一気に涙が溢れ出した。

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