第33話
出席さえすれば単位が取れるでお馴染みの物理学に出席し、教科書を開きながらボーっと先生の方を眺める。
この授業に出るのも久しぶりだ。
店で働いていた期間はほとんど出席できていなかったので、単位をもらえるかどうか微妙になってきた。
本当は一限目から来ようと思っていたのだけれど、ここ一週間は深夜に寝て昼過ぎに起きる生活にすっかり染まってしまっていたため、五限目の物理学へ出席するのが精一杯だった。
授業が終わり、教室の外へ出る。
冬の午後四時過ぎとはいえ、右上の方から射してくる夕日は充分に眩しい。
教室を出て数メートル歩いたところで立ち止まり、しばらく夕日を直で眺め、目に夕日の眩しさがくっきりと残ったのを確認してから、前を向いて歩きだした。
こうすれば夕日の眩しさが目に焼き付けられ、その残像に視界が遮られて、夕日とは違う眩しさを放つキャンパスの光景を見ずに済む。
今の僕にとって、キャンパス内で男女が仲良くしている姿はただの毒。
こうでもして視界を潰すしかない。
俯きながら校門の方へ向かって歩いていると、不意に後ろから肩を叩かれた。
足を止めて振り向いたものの、夕日の残像が邪魔をして相手が誰なのかわからない。
目をシパシパさせて、必死で視界を修正しようとした。
「春夏冬君……。急に……ごめんね……。久しぶりだね……」
声だけで、相手が誰なのかすぐにわかった。
僕が、この人の声を聞き間違えるはずがない。
シパシパの効果もあり、うっすらと顔が見えてきた。
やはり、目の前にいるのは凛夏さんだった。
「ちょっと、あっちの方に来てもらって……いいかな……」
茫然とする僕に対して、凛夏さんは、先ほどまで物理学の授業を受けていた教室がある建物の裏手の方を指差した。
日も当たらず、何があるわけでもなく、どこかに通り抜けられるわけでもない、意図的に行く人など誰もいないであろう十メートルほど先にあるデッドスペースだ。
何が何だかわからなかったが、とりあえず黙って頷くと、凛夏さんはスタスタとそのデッドスペースの方へ歩いていったので、その後を追った。
そして凛夏さんが立ち止まった瞬間、僕は約束事を思い出し、大慌てで釈明した。
「あっ……す、済みません! 会っちゃったりして! 大学で会いそうになったら隠れるなんて言っておきながら! ち、違うんです! あの、夕日を見て目を軽く潰してたら、その……」
「……ふふ、変わらないね」凛夏さんは優しく微笑んでいた。「違うの。私が春夏冬君を待ち伏せしただけなの」
「俺を……待ち伏せ……? あっ!」
人の気持ちがわからないだなんだと言われることがある僕だけれど、すぐにわかった。やっぱり、お店が大変なのだ。
それも当然だと思う。
人気ナンバーワンになってしまった僕が、あんな無責任な形で辞めてしまったのだから、再び店に呼び戻したくなるのも当たり前だ。
とはいえ……。いくら凛夏さんの頼みでも、もう一度あの店に戻るのは……。
「あの……とりあえず、ストレートに言うね。春夏冬君にはきっとその方が伝わりやすいと思うし」
「え……?」
「私ね、春夏冬君のことが好き。男性として、春夏冬君のことが好きなの」
凛夏さんの喋っている言葉が理解できなかった。
まるで異国語を聞いているような感覚。
デジャヴか? 確か以前にも、こんなことがあったような。
そうだ、凛夏さんとの二回目のケーキバイキングの時だ。
「ふふふ、また固まってるね。私がニューハーフスナックのお店に勧誘した時と全く同じ顔してる。……何から話せばいいのかな。うーん、じゃあ、順を追って話すね」
かろうじて、ジュンヲオッテハナスネ、の部分だけ理解できた。これまたデジャヴだ。
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