モノローグ:アリスの回想 4

 次の日、目を覚ました時には既に師匠は宿を出ていた。既に日が昇っていて、お腹がしくしくとなっている。


 よくよく考えてみれば師匠は名を隠してでもやらなきゃいけない事があって、それでも私に付き合ってくれてたわけだからこれ以上ずっとべったりするのは厳しいという話。


 ……それでも1ヶ月は私に付きっきりで居てくれた事に顔が緩む。多分ちょっとだらしない顔になっているけど見ている人が居ないから大丈夫。


「よしっ! 今日から1人で頑張るぞ!」


 口に出して、やっぱり師匠が居ないんだなぁって思ってちょっと落ち込む。けど、ずっと何もしなければそれこそ師匠に愛想を尽かされちゃうだろう。


 というわけで早速森の方に向かおうと街を出た時に、ふと違和感。なんだか空気がぴりぴりとしてるみたいで……


 と、思っていたら街の方で非常時用の鐘が鳴らされる。村で聞いたのより大きなそれは、魔物の襲撃を知らせる共通の合図で。


「「「!!!」」」


 よく見れば、森の方から沢山の魔物が出てきていた。師匠と修行している時よりも数は多くて、もし街に雪崩れ込んだら大変になる!


「おいおいおいなんだありゃぁ……」

「おい! そこの嬢ちゃん! ぼさっとしてねぇで逃げろ!」

「なんだあの数! いつもなら4、5匹だろうが!」


 城壁の上から衛兵さんの声が聞こえてくる。下手な街なら1匹でも大打撃を受けるような魔物が、少なくとも10匹以上。


 でも怖くはなかった。というか普段の修行でも相手にしている魔物ばかりだし、時間はかかるだろうけれど多分1人でも戦って勝てる。師匠だったらそれこそ10……5分も要らないかもしれない、


 というわけで師匠から貰った剣を抜いて、魔物の群れに突っ込んでいく。


「おい! 1人で突っ込んでるぞ!」

「冒険者はまだ集まらんのか! くそっ!」

「あぁっ! 死んじまう!」


 森にいる時はクレイジーエイプやジャイアントスパイダーは上から襲ってくるしソードマンティスや師匠がずっと斬りつけてきたけれど、平地に出てきているならそんな事も無くて。


 ただ目の前の魔物に斬りつけて、魔物の攻撃は全部受け止める。きちんと気をつけていれば師匠の言うとおり、どんな攻撃だって加護すら傷つけられない!


 どれだけ居ても私より弱い魔物相手に剣を振るだけ。いつもの修行の方が師匠がいる分まだ大変なくらいで。


 まぁずっと剣を振っていると疲れるから、そこは師匠が居ない分大変ではあるけれど。そう思っていたらなんだかわいわいと騒がしくなる。


「おい、あの嬢ちゃんなんでピンピンしてるんだ?」

「嘘だろ、夢でも見てんのか……?」


 周りは魔物ばかりだからよく見えないけれど、多分他の冒険者とか衛兵が出てきたんだと思う。それなら攻撃は少し休みながらでも魔物は減っていくよね。


「へへっ、なんだ今日の魔物は弱くなってんじゃぷぎゃ」

「! おい、気をつけろ! 巻き込まれたら死んじまうぞ!」

「くそっ! いつも通り囲んで叩け! あの嬢ちゃんを囮にしろ!」


 聞こえてるんですけどー! と言いたくなるけれど、師匠の教えを思い出して落ち着く。お嬢様っぽく……お嬢様っぽく……


「みなさま〜! 魔物を引きつけるのはわたしにお任せですわ〜!」


 今攻撃してくる魔物よりも、周りに散ってしまいそうな魔物を追いかけるようにして斬りにいく。普段の修行よりも多いとはいえ隙間だらけだし、間を抜けて行くのは簡単だ。


 そうやってしばらく戦っているうちに、最後の1匹も倒し終わる。新しい剣の凄さもあるだろうけど、師匠を斬るより何倍も手応えがある分ささやかな達成感。


 それじゃあ襲撃してきた魔物も倒し終わったし、森に向かおうかなって思ったところで。


「「「「「おぉぉぉ!!!!!」」」」」


 すごい大きな声につつまれる。


「鉄壁……いや、要塞だな!」

「要塞のお嬢ちゃん……いやもうお姫様みてぇなもんだぜ!」

「したらよ、『要塞姫』なんてどうだ!」

「「「『要塞姫』! 『要塞姫』!」」」


 そ、それって私のこと!? なんだか二つ名みたいな……え? 有名な冒険者みたいな? ど、どうして?


「あー、お嬢様……でいいか? いや、あんたのおかげで助かったよ。あれほどの規模、もしあんたが居なかったらどれだけ被害が出ていたか……」


 言われて思い出す。そういえばここは国内でも最高クラスの冒険者が集まって、それでも散る命の多い最前線。


 それこそ数匹相手に何十人で囲んで、犠牲を出しながら戦うのが普通で。師匠のせいで忘れていたけれど。


「……こ、このくらい強き者の義務ですわ〜! お礼されるほどではないですわ〜!」


 高貴なるものの義務って言葉があるくらいだし、きっとこんな感じでいいよね……? ちょっとよくわかんなくなってきたけど、私としては本当に大したことをしたつもりは無くて。


「おーし、帰って宴会だ! いつもより盛大に騒ぐぞ〜!」

「「「おぉー!」」」


 囲まれた人の流れがそのまま街に向かおうとしていて、森へ魔物を狩りに行こうと思っていた私はそのまま飲み込まれてしまって。


「わ、わたしはこの辺で……」

「おいおい、主役がどっか行っちまうのは無しだぜ! 俺たちにきちっと奢らせてくれよな!

ガハハ!」


 抜け出せないまま街へ連れて行かれ、宴会が始まって、大人しくしてたら実は名家のお嬢様だとか、貴族のお忍びだとか、やんややんやともてはやされて。


 し、師匠! 助けて師匠! と思っても何処にも師匠はいなくてぇ…… 結局どんちゃん騒ぎをしていた集団から解放されたのは夜になってからだった。


 なんとか宿に帰ると、師匠がちょうどベッドに入ろうとしているところだった。


「あ! し、師匠!!! ど、何処にいて、というか大変な事になっちゃいました!」

「どうした?」


 落ち着いている師匠。いや、師匠にしてみれば大した事じゃ無いかもしれないけども。


「ふ、二つ名がついちゃったんですけど、その、『要塞姫』だなんて大層な……」

「『ようさいき』……あぁなるほど、合点がいった。街で噂されていたのはそういう事か……何をやったんだ?」


 何というほど大した事をしていない気持ちもあるけれど、とりあえず起こったことを話す。


「その、今日街を襲撃してきた魔物との戦いに参加したんですが……他の冒険者や兵士の方が命を落とすような攻撃を受けて平然としていたという事で……あと師匠のせいで良い家のお姫様なんじゃないかって噂まで合わさってそんな事に……」

「なるほど、まぁ念願の英雄への第一歩、夢への一歩だろうに浮かぬ顔つきだな」


 師匠にそう言われて、顔に出ていた事に気がついて。うまく言葉にできないけれど、思ったままに口に出してみる。


「いえ、なんていうかこう、もっとぐわーってなるような困難を乗り越えてやっと! って思ってたのに、大したこと無い事をしただけでもてはやされてるみたいで……いえ、師匠の修行が大したことないとかそういう事を言いたいんじゃないんですけど!」

「ふむ……達成感の無さ、か。……しかるに弟子よ、果たしてお前の望んだ『英雄』というのは、名が売れればぞれで成れる物か? 単に詩にさえなれば達成される物だったのか?」


 その言葉はいつもの通りにすとんと納得できて。私がなりたかったのは、憧れた英雄は、師匠のように強く、どんな苦難も乗り越える強さがあって、自分から名声を求めて戦うのではなく、戦った結果名声がついてきただけ。


 師匠だって『名を売ろうとは思っていない』と、そう言っていたことを思い出す。大切なのは誰にどう思われるかじゃなくて。


 そう考えたら、私は『英雄』になりたかったんじゃ無くて、強くなって、憧れに近づきたかっただけなのかもしれない。


 それこそ師匠のような、正に英雄を体現するような人の側に、ついていけるだけの強さ。ずっと側に……そ、それってつまり……


 もしかして。もしかしてだけども。ちょっとだけ想像してみる。


 平和な日々に突然現れる脅威。それに立ち向かうのは師匠とその相棒。支えれるほどに強くなった私をみて、師匠が


『お前も強くなったな……もはや弟子とは呼べないか。仲間、いや生涯の相棒になってくれないか? アリス、結婚しよう』


 なんて。想像しただけで嬉しさと恥ずかしさで身体中がぎゅぅっとなって、胸の奥が熱くなる。私の夢って、もしかしなくても『英雄』じゃ無くて『英雄ししょうのお嫁さん』かもしれない。


 さっさとベッドで横になる師匠の、その隣に潜り込む。最初の頃はお金が無くて仕方なく、何かされるかもって怖くて。


 次第に何もしてこないから安心に変わって、今は逆に安心とドキドキが一緒になっていて。師匠は私の事どう思ってるのかな、なんて思いながら思い切って腕に抱きついてみて。


 少なくとも、振り払ったりされないくらいには心を許してくれてるんだろうなって思いながら私は夢に落ちていくのであった。

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【1部完結】ゲームっぽい異世界で何やかんやする話 @youqhosy

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