モノローグ:アリスの回想3
本当に朝から晩まで師匠と修行する毎日を過ごす。でも泊まる場所もご飯も全部師匠が用意してくれるのに、今まで何も求められたことはない。
もっと雑用とかなんでもさせられたり、それこそえ、えっちな事だって覚悟してたけど師匠はただひたすらに色んなものを与えてくれるだけだった。
「レベル6なんて、20年も30年もかかるって言われてるのに…… というかレベル3になるのも何年も掛けたのに…… それだけ厳しいというか、英雄なんて普通じゃないとは分かってましたけど…… たったの1か月で……」
もちろん感謝はしてるけど、それよりも今までの私の努力って何だったんだろう、という気持ちが強い。師匠のほんの気まぐれ、お情け程度でこんなにも強くなれて。
そんな気持ちを込めながらステーキを切る。難度5の牛の魔物のお肉はそんなに力を入れなくても切れて、簡単に一口の大きさになる。匂いだけでもよだれが出ちゃいそうになるけど、気を付けて口に入れて。
「あふぅ……! おいひぃ……! し、師匠、これ本当においしいですよ師匠むぐむぐ」
手がとまらない。口いっぱいに広がるのはもうおいしさとかそういうのを超えて幸せ。難しい事は言えないけど幸せが口いっぱいに広がる。一緒に出てきた野菜も食べてみたら、野草なんかと違って甘くて。
「わぁ、これもすごくおいしい…… 今まで食べてたものが食べれなくなっちゃう……」
今までおいしいと思ったものはたくさんあるし、ママの作ったシチューの味は今も覚えてる。けど、やっぱりそれよりおいしいのは仕方ない。
値段を聞いたときは単位が金貨でそんな大金って思ったけど、それだけのお金を払っても仕方ないと思えるおいしさ。一緒に出てきた飲み物を一口飲んで。
「飲み物も…… あー、すっごいお高いお酒って感じがしますね師匠!」
変なお酒のようなキツさなんて全然なくて、果物の香り? よくわからないけどすっごく飲みやすくておいしい。
「えへえへ、ほんろおいひぃれふね、もきゅもきゅ」
おいしくて、ふわふわしてきて、すっごいしあわせで。とけちゃいそうらなぁ……
気が付いたら寝ていた私は、朝師匠に起こされて目を覚ます。
「ギルドに呼ばれたから行ってくる。今日は朝から休みだ」
「ふぁあいししょぅ……」
週に1度はダンジョンに行く師匠だけど、朝日が昇ってからしばらくは修行の時間を割いてくれる。ので、朝からお休みなのは珍しくて。
「でも、お休みっていってもなぁ……」
村にいた頃から、英雄になるためにって毎日剣を振ったり魔物と戦って。収穫祭の時や旅の吟遊詩人が来たときは休んでいたけれど。
「師匠に貰ったお金で遊ぶっていうのも……ちょっとなぁ……」
平気でお金の詰まった袋を投げ渡してきた後に、中を確認したら大金貨が詰まってた時の驚きはちょっと言葉にできない。すっごいおどろいた。
でもそれで豪遊なんてする気にもなれないし、そもそも大金貨なんてその辺の屋台で使える気もしなくて。昨日行ったようなお店なら別だろうけど……
そんなわけで、結局軽く身体をほぐしたりしながら部屋で待ってると、お昼くらいに師匠が帰ってきて。
「王都を出るが、お前はどうする?」
開口1番にそんなことを言う師匠は、どことなくいつもより強張った顔をしてるみたいで。
「へ!? きゅ、急ですね師匠。いえ、まぁ王都に来たのも師匠がいるとのことだったので別の所に行くならついて行きますけど」
そもそも着いて行かないわけがない。のだけれど、もしかして弟子を置いていくつもりだったの?
強張った顔、弟子を置いていくほどの事……もしかして、何かをギルドから秘密に依頼されて……?
「ギルドに呼ばれた日に、という事はまた新しい英雄譚の幕開けですね!」
もちろん王都でも前人未踏のダンジョン制覇なんて偉業を成し遂げているわけだけれども。
「辺き……いや、魔山脈の方に行く。足は用意してあるからこのまま出るぞ」
「レベル7の上位冒険者でも立ち入るのを躊躇う魔山脈近郊……でも師匠は前人未到のダンジョンも踏破してるし怖く無いんだろうなぁ……」
つい口から愚痴みたいに溢れ出す。おいていかれそうになった不満とか、そういう気持ちもあったかもしれなくて。
そんな気持ちを抱えたまま馬車に揺られて1週間。私達はハテーノの街に辿り着いた。
「わぁ〜! 大きいですね師匠!」
王都にも負けないくらいの大きさの街は、流石ハーシコでも名を知らない人は居ないと言われる最前線。
だから、覚悟はしていたのだけれど。私じゃ足手纏いになるくらいの場所だとは思っていて。
「おいおいおいおい、女子供がそんな形で何の用だぁ?」
だけど、師匠まで馬鹿にされるのは我慢できなかった。
「ここはハーシコ王国でも有数の魔物との戦いの最前線、村から出てきたばかりのペーペーが来るような場所じゃぁねえぞ! さっさと田舎に帰るんだなギャハハ!」
「はぁ? 田舎から出てきたペーペー? こっちは詩にも語られる英ゆもごもご」
だからきちんと分からせてあげなきゃって思ったら、師匠に思い切り口を塞がれる。な、なんで?
驚いているうちに、いつもと違う喋り方で師匠が話し出す。
「お嬢様、英雄を目指すならそんな簡単に喧嘩を買ってはいけませんぞ! ……(何も喋るな)」
耳元でこっそりと囁かれて、言われた通りに口を噤む。
「いや、お騒がせいたしましたなぁ。どうもご心配をかけたご様子で……へへぇこちらは詫びですとも」
そんな事を言いながら大金貨を握らせる師匠。
「お、おう。いや、わかってりゃぁ良いんだ、へっへっへ」
そう言って下がっていく奴を睨みつけながら、師匠に手を引かれて外へ。いつまで喋らないようにすればいいか悩んでいたけど、宿の部屋に入ったから。
「師匠! どういう事か説明してください!」
いくら私より強くても、師匠よりは絶対に格下。なのにあんなよく分からない事をした師匠に説明を求める。
「……ここで名を売る訳にもいかんのだ……加えていえば、そも私は別に名を売ろうとは思っていないしな」
そう言いながら顎に手を当てる師匠。師匠の都合を考えずに師匠の威を借りるような事をしそうだった事に気がついて。
「……いい機会だ。お前は確か英雄になりたいと言っていたな。私の影に隠れるような事の無い本物の英雄を目指すのなら、この辺りで名を売るのも良いだろう」
それは確かに私が言った事で。見抜かれていたなぁって思う。
「まぁ英雄ともなれば貴族に取り立てられる事もあるやもしれん。故に今のうちからある程度は貴賓の真似事をせよ。それに加えて言えば心構えとでもいおうか、逐一瑣末な事で諍いを起こすのは英雄的とは言えんだろう」
だから、その言葉もすとんと納得できた。強さだけじゃなくてその心も英雄なんだなって、師匠を見ているとその凄さがわかる。
「やっぱり師匠はすごいなぁ……子供みたいな見た目ですけど、100歳の賢者様って言われても驚かないですもん」
人間じゃないなんて話も、今なら本当かもなぁなんて思って。
「だーれがおじいちゃんだ全く、仮にも16歳の若人だぞ?」
だから、普段無表情な師匠が驚いたような顔をした後、声だけは怒ったみたいににやりと笑いながら言ったのには驚いた。
「16歳? またまたご冗談を……え、本当に? 歳下なんですか師匠!?」
驚いたし、冗談だと思って本当の事を言われるのを待ってたらまた無表情に戻ったからもっと驚いた。
「となるとお前は年上なのか。ちなみに何歳?」
なんの気もなく簡単に私の歳を聞く師匠。なんていうか、もしかして英雄的な部分以外は世間知らずの子供みたいなのかななんて思って。
「18歳のおねーさんですけど、乙女に年齢尋ねるのはあまり良くないですよ師匠」
そんな冗談を言ってみれば、師匠は『あの笑顔』になって。
「おねーちゃん、歳下の男の子にお金も強さもおんぶにだっこってどんな気持ち? それとこれからこうやってしゃべったほうがいい? それとも敬語で喋りましょうかお姉様?」
「やめてください死んでしまいます師匠ごめんなさいいつも通りでお願いします!」
恐ろしい破壊力だった。やっぱり世間知らずの子供とかじゃなくて悪魔とかなんじゃ無いかなぁ……
「まぁ冗談はさておき、明日以降の事について話そうか」
人の気も知らないで平然と言い出す師匠。
「とりあえず明日は休みだ。金は出すからこの街の事を適当に調べててくれ。旨い飯屋とかどこに何が売ってるかとかでいい」
てっきり朝から晩までみっちり修行だと思っていた私は少し驚く。でもその後に聞かされた話よりは驚かなかったと思う。
「ざっとだがレベル4に1日、5に1週間、6に1ヶ月。この流れだと7レベルには1年もかかってしまうからな。少々策を練る」
「師匠、1年で7レベルは普通正気を疑われるというか、あり得ない冗談ですからね?」
普通なら冗談どころか、寝ていても言わないような事。でも確かに師匠の言う事や今までのありえないような成長を考えれば。
本当に1年どころか、師匠が何かをしてそれよりも早くなれるかもしれない、いや、かもじゃなくてそうなんだろうなぁって思った。
でも、街の衛兵にお世話になりそうになったり、1流冒険者でも決して1人では相手を出来ないような魔物に囲ませるのは絶対におかしいと思う。
延々と情けない悲鳴を上げたり、なんだかこの世界で怖いのは師匠だけなんじゃ無いかって思ったりしながら日々を過ごして。
生き残るのに必死、と言うほどには追い込まれていない現実に常識を壊されながらその日の修行を切り上げた師匠が唐突に
「あぁそうだ。7レベル到達おめでとう」
なんて言うものだから。驚きのあまり気がついたら師匠に向かって斬りかかっていて。流れるような剣は一度も師匠を傷つけることなく7回。
「う、嬉しいのに何だか素直に喜べないというか、実感が湧かないんですけど……え? 夢ですか? やだなぁ早く起きて修行しなきゃ……あれ、抓ると痛いな、なんでだろ」
あまりにも都合が良い夢を見てるのかと思って、でも現実で。実感は湧かないけど、確かに腕がその感触を憶えていて。
「祝いの品だ。まぁ旨い飯に比べれば大した事ないかもしれないが」
そんな事を言いながら、師匠が腰に下げていた剣を私に向かって差し出す。
「こ、これって師匠がネメアの獅子やワイバーンを倒すときに使っていたものですよね? え? 詩になるほどの名剣をポンと……」
師匠の詩はちゃんと憶えている。実際は詩よりも強くて、凄くて、偉大で、でもちょっぴり普通じゃない師匠。まだお前としか呼ばれた事はないけれど。
「そんな大層なものじゃないさ」
「英雄が使っていたというだけで付加価値がすごいですからね師匠! え、私なんかが使っちゃって良いんですか?」
私なんかが。そもそもの武器の強さだってその辺の店では売っていないようなもので。ちゃんとした所なら大金貨が1000枚だって足りないくらいのもので。
「何、私の弟子なんだ。実力で考えても丁度良いだろう? それに、将来は『あのアリスが使っていた剣』なんて謳われるだろうさ」
涙が出た。止まらなくて、溢れてきて。でもそれ以上に胸にあったかい気持ちが溢れかえって。
弟子として認めてもらえたこと。英雄になれるって認めてもらえた事。信じてもらえている事。
村のみんなは、裏で馬鹿にしてた。誰も英雄になれるなんて思ってなくて、ママだって信じてなかった。
何より私が信じれなくて、本当は無理だって心のどこかでは思ってて。でも師匠はまるで当たり前みたいに信じてくれてて!
ドキドキが止まらなくなる。こんなのズルい。泣いちゃうに決まっているし、絶対に顔が真っ赤だ。
もしかしたら夢よりも、『英雄になりたい』っていう気持ちよりも大きいかもしれないあったかい気持ち。あぁ、師匠の事が好きなんだなって気がついて。
「た、大切に! 大切にしますから!」
ちょっと困ったような顔をする師匠が、そんな所も可愛いななんて思った。そうして泣き止むまでそばにいてくれて、一緒に宿に帰って。
「明日から1人で行動するように。私は山の方に行く」
「明日は1人で行動ですか。ひょっとしてまた明日のうちに何かして明後日から1ヶ月でレベルが上がるまで修行ですか? また常識壊されちゃうなぁえへへ」
明日からの師匠との生活を考えると、自然と笑みが浮かぶ。毎日好きな人と一緒に居られるのは幸せな事で。
「そういえば夕食はお祝いでまたちょっと豪華なお店にしますか? 師匠が魔石を私が換金しろ〜とか少しは持っておけ〜っていうお陰でお金の心配もありませんし!」
実際は師匠におんぶにだっこだけれども、それでも自分の力で手に入れたお金だって実感のある大金貨。こんな幸せな気持ちで美味しいものを食べて幸せになったらきっとすごい幸せだ。
「夕食は別に良い店で祝うのも良いが、明日休みという話ではなく、これからは1人で森の魔物を狩れという話だが?」
世界が止まる。だってそれはまるでもう修行なんて無いみたいな話で。ぽっかりと胸に穴が空いたみたいな。
「師匠? 少し考え直しませんか? 確かに上級冒険者にはなれましたけど私もっと強くなりたいというか、まだまだもっと師匠に、ついて行きたいと、いうか、も、もっとがんばっ、がんばりますから、す、捨てないで下さい〜!」
ぎゅぅと胸を締め付けられるみたいになって、途中から半分泣きながらそう言って師匠に縋り付く。
結局誤解で、破門だとか修行が終わりという話では無いという話だったのだけれど。それでもこれは師匠が悪いと思います! ……私じゃなきゃ絶対許してもらえないような言葉足らずですよまったく!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます