モノローグ:アリスの回想2
目を覚ました私は、見知らぬ場所で寝ていた事に気が付いて。ふかふかのベッドから起き上がって、あわてて周囲を見回すと誰も居なくて。
部屋の机の上には軽食と紙。何かが書いてあるのはわかるけど勉強したことがなくて全然なんて書いてあるのか分からなくて。くぅ、とお腹が鳴る。
「食べて、良いんだよ……ね?」
野菜や肉の挟まれたパンを食べて、それからしばらくじっとしていて。倒れてしまって、やっぱり見捨てられたのかななんて考えて。もうじき夜になる頃になって、師匠が部屋に入ってくる。
「飯にしよう」
そう言ってそのまま部屋を出ていく師匠に、あわててついていく。さっと二人分の食事を注文した師匠の顔を見れず、じっと手元を見ながら食事が出てくるのを待って。
「……明日は」
びくりとする。初日の早々に倒れてしまったから、見込みがないと言われるのだろうか。
「倒れるまでの時間を少しでも伸ばせ」
そう言って食べ始める師匠。さっきまでどんな顔をしていたのかはわからないけど、無表情でご飯を見ていて。
「……はい、師匠!」
だから、そうやって返事をするのが精いっぱいだった。そのあと私がお金がない事を知った師匠の部屋に泊まらせてもらい、特に何もなく次の日を迎えて。
「盾に頼るな、イメージしろ、お前も私のように攻撃を受け付けなくなる」
朝からまた斬り合いが始まる。見捨てられていない、まだチャンスはあると気合を入れたところで師匠がそんなことを言う。
繰り返し、繰り返しそう言われ続けて、ふと師匠の剣が止まる。
「……少し待て」
そういってしばらく待っていると、師匠が帰ってくる……スライムに集られながら。
「倒さないように気を付けて小突け」
言われたとおりに剣の先でそっと突く。当然そんなことをすれば体当たりしてきて……あまりにも『無い』衝撃に驚く。
と、連続して何匹ものスライムが突撃してくる。
「師匠! 本当に! 師匠! ひぃっ! これ!」
加護は減っていないのだろう。どれだけ体当たりされても、まるで私が師匠を斬った時のように。
恐怖はある。でもそれ以上に驚きと興奮があって。『師匠のいう事は本当』なんだって。
「もう攻撃していいですか! ひゃん! 良いですよね師匠!」
「……いや、このまま続ける」
ぽよぽよと体当たりを続けるスライムをくすぐったく思って聞いてみれば、そういって師匠はまた斬りかかってきて。結局その日も私は倒れるまで剣を振り続けた。
そして次の日。師匠に向かって斬りつけた時に、いつもの通りに振り終えた剣が流れるように次へとつながる。
「はえ? し、師匠、今! 今レベルが! ちょっと! 喜んでる時くらい攻撃を止めて下さ! 怖いんですって本当に!!!」
私が喜んで手を止めても、師匠は容赦なく剣を振るってきていたけれどそれ以上に喜びが込み上げてきて。それは、本当に師匠の下で修業をすれば、『英雄』になれるなんて希望が見えた喜びで。
「ふむ、デスマーチの予定もあったが……せずに済んで良かったな」
そんな一言に驚く。
「え、師匠? それってこれより厳しいって事ですか? というかデスって死ぬ事前提みたいな…… じょ、冗談ですよね師匠? よかった、頑張ってよかった……」
二日間、倒れるまで頑張った成果があった。真顔から一切変わらない師匠の表情を見て心からそう思う。安心からか、喜びからかふと涙が零れた。
「泣くほど嬉しいなら、次は1週間でレベル5だな」
出た涙が引っ込む。驚きのあまり聞き間違えたかと思うけど、師匠の声を聴き間違えるはずもなくて。それでも、これから先もっと苛烈な修行が待っていると思うと少し怖くもあり。
「むむむ無理で…… もないんですか? いえ、だってレベル5っていえばもう中位冒険者ですよ? 覚悟していたし夢の為とはいえ常識が…… あれ、もしかして出来ないと本当に殺され……?」
少し冗談めかして聞いてみると、初めて師匠の無表情が崩れる。その笑顔は言葉よりもはっきりと『そうだよ』という意思を伝えてきて。
「う、うわーん! でも英雄になるならこのくらいでへこたれちゃダメなんですよね…… でも怖いよ~!!!」
心の声が漏れる。でも、本当の本心は、というより心の底で感じていたのは安心だった。見捨てられない、英雄を目指せる安心感。少しくらいふざけても大丈夫な安心感。
「安心しろ。これで効率が上がるはずだ。てってれてー、昨日のボスドロップ~」
私のおふざけに付き合ってか変な掛け声と共にそう言って何かを取り出す師匠。ん? ボスドロップ?
「今さらっとボスドロップって言いました!? 師匠ってあの前人未踏難攻不落の難度9ダンジョン、悪魔の住処に行ってるんですよね?」
私の原点。最初に聞いた英雄譚。その終わりの場所。建国王の果たせなかった偉業をさらっと告白され。
「前人未踏なんて大したことの無い先人も居たものだ。私のような子供でも容易く踏破できる場所に大層な触れ込みを……ふっ」
酷薄にすら思える冷笑。誰もが憧れる英雄を『大したことがない』なんて言い切る師匠。ふと、『英雄なんて呼ばれる連中で生きてるやつらは人間じゃない』なんて噂を思い出す。
ゲオルグの救国から50年、ジークフリートがその栄誉を示して30年。伝え聞く話はまるで衰えない活躍で、そんな話は羨んだ嫉妬の噂だと思っていたけれど。
「まぁいい、今はこれだ」
そう言って手に持ったものを見せてくる師匠。
「なんですその本。ちょっと読めないですけど…… 師匠の日記とかじゃなくて本当にドロップ品ですか?」
「私が変な文字で日記を書く変人だと?」
一見してただの本。なんて書いているかはわからないから、冗談で師匠が自分の日記を出していてもわからない。のでそう言ってみれば睨まれる。もちろんそんなことは思ってもいないので首を横に振る。
「とりあえず読んでみろ」
「とりあえずって…… いえ師匠、これ本当に何がかいてあるか分からないというか、うぷっ、あ、あれ、気分が……」
渡された本を、文字なんて読めないのに捲ってみる。ぱらぱらと変な文字や図を見ていると、突然気持ち悪くなる。
めまいが酷くて立っていられない。気持ちの悪さが込み上げてきて、思い切り口から吐き出す。少しだけすっきりして、それでも少しだけふらつく視界の端で少し光ったかと思えば、どことなくあたたかな光が降り注いで途端に気分がよくなる。
立ち上がって師匠の方を見ると、荘厳な光を放つ剣を振るっているかと思えば遠くのスライムに向けて一閃の光を放ち。
今まで使っていなかった魔法を見て、師匠が先ほど『使った』のが魔導書だと理解する。噂話でしか聞いたことがないような値段が付かないほど高価なもので、それを最初私に使わせようとした事に気が付く。
「し、師匠。さっきのは魔導書だったんですね…… いえ、自分が魔法を覚えれなかったのは残念でしたけど、ひょっとしてものすごい魔法だったりしません?」
「……どうかな……」
師匠は手を顎に当てて考え込む動作をする。顔こそ真面目だけど、絶対に真面目じゃないことを考えていそうで。
「師匠が絶対に普通の価値観ではない事考えてる…… でも、それでどうやって効率が上がるんです?」
つい口からこぼしながら、気になったことを聞く。なんだか凄い魔法で、いろんな事が出来るんだろうなっていうのしか分からない。気分は良くなったけど……
「アリス、さっきまでの疲れはあるか? 気分の悪さや疲労感は? 昨日一昨日の分の倦怠感は残っているか?」
そう言われて、肩を回してみる。
「……あれ? そういえば身体が軽いというか、全然疲れとかが残ってない……?」
驚くほどに身体がすっきりしていて、まるで何日もゆっくり休んだ後みたいな。そう思って師匠を見ると、また『あの笑顔』を浮かべていて。
「これで倒れずに済むな」
「ひ、ひぇ~!!!」
やっぱり、ししょうはにんげんじゃないのかもしれないとおもいました。
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