幕間
モノローグ:アリスの回想1
子供のころから『英雄』に憧れてた。
初めて聞いた英雄譚はこの国の初代の王様のお話。最後に新しい冒険に旅立ち帰ってこない所は子供心に驚きだったのを今も覚えている。
煌びやかな金銀財宝や旅の途中で得た伴侶。お姫様の方に憧れたみんなと違って私は王様の方に憧れた。
いくつもの出会いや別れ、建国までの苦難とそれでも一緒にいてくれた仲間たち。そして何よりもどんな相手にも負けない強さ!
「アリスは女の子なのに、お人形より木の棒の方が好きねぇ」
「うんママ! わたしえいゆーになるの!」
などと言って外を駆け回る日々。吟遊詩人が村に来ればいの一番に最前列へ。そうやって私はすくすく育っていった。
初めて剣を握らせてもらえたのは、10歳になってから。おてんばとして知られて、それでもずっとそうしてきたからか、将来冒険者になるのを認められて。
「これから私の英雄譚が始まるんだ!」
なんて上機嫌だったのは懐かしい思い出。でも実際の冒険者っていうのは、憧れた英雄とは全然違くて。
「アリスちゃんさぁ、英雄ごっこはいいけどもうちょっと突っ込む癖やめな?」
村の冒険者のみんなには『英雄ごっこ』なんて言われて、それでも一人で倒せる魔物なんてスライムや角ウサギくらい。何人も集まって村の近くから増えすぎないように魔物を狩る日々。
こんなんじゃない。こんなままじゃ英雄になんてなれない。そう思うような生活も
「アリスちゃんの憧れてる英雄様だってみんな最初はそうだったでしょ」
なんて言葉で蓋をされて。やっとレベルが上がったときは飛び跳ねて喜んで。きっと初めの一歩なんだと思って。
それから更に月日は経ち。何年も上がらないレベル。才能がないのかな、英雄になんかなれないのかな……そう思った。
このまま村で近くの魔物を倒して、そうやって生きていくんだなって諦めそうになった時、初めて聞く詩を耳にして。
いつだって最前列で英雄譚を聞いていた私でも知らない詩。危機に陥った街を救い、雷光のように現れては村を、街を、そこを襲う強大な魔物に向かってたった一人で立ち向かい。
その英雄の話は戦いしか語られず、他に何も語られないシンプルなお話。ただ恐ろしい魔物を倒し、金銀財宝も美しい娘も受け取らずにただ次の戦いへ身を投じていく。
その話を聞いて、胸が熱くなった。正しく英雄の戦い。7日7晩に及ぶワイバーンとの死闘などを聞いて、盛り上がらなければ剣なんて握らなかったよね。
そうして詩を聞き終えた後で、驚くような話を耳にした。今の詩は最近の出来事なのだと。今を生きる英雄の話なのだと。
しかもそれは、神の声を聴き圧政から信者を救った教国の英雄ゲオルグやあらゆる国を飲み込むように広がる帝国の最強の英雄ジークフリートのような遠くの話ではなく、この国の話なのだと。
胸が震える。『これだ』と思った。『本物』に会って、その強さを少しでも真似できればなんて。そうでもしなきゃ、『英雄』にはなれないと思っちゃったから。
詩を追い、噂を追い、そうして今は王都に居るって話を聞いて。何年かで貯めた貯金を使い果たしながら、やっといろんな情報を集めて。
宿から出てきた少年を見て、最初は騙されたのかもしれないなんて思った。だって、その辺を歩いている旅人みたいな服装の上には鎧の一つも無くって。
腰から下げている3本の剣だけが思っていた姿と一致して、それで一瞬戸惑ってから。
「どうか弟子にしていただけないでしょうか!」
なんて、声をかけた。かけたんだけれども……ちらっとこっちを見たかと思ったら、そのまま何処かに走り去って行ってしまった。まるで興味の無い視線。多分1秒もこっちを見てなかった。
びっくりして、慌てて追いつこうと走っても全然追いつけなくて。初めて会ったときはそれで終わりだった。あまりの速さに『本物』なんだって分からされた。
次の日も、その次の日も……全然見向きもされないまま、あっという間に時間は過ぎて行って。路銀も尽きて、どうしようって途方に暮れて、ふと思った。
全然本気じゃなかったなって。最初は疑うような気持ちが出ちゃったし、それからも毎日、声をかけるだけになって。
だから、宿から出てきたその人の手を取って、精一杯頭を下げて頼み込む。
「どうか弟子にしていただけないでしょうか!」
「……話を聞こう」
その思いが通じたのか、手を引かれて近くにあったお店に連れていかれて。初めて聞いた声は思った以上に若く。席について、そうして、あの興味の無い目つきでじっと見られて。
「スーミコ村出身、アリスです!」
あわてて喋る。
「元々は村付きの冒険者をしていましたが、吟遊詩人が師匠の詩を譜っているのを聞いて、いてもたってもいられずに出てきてしまいました!」
喋る。
「レベルは未だ3ですが、英雄譚に憧れていて、これはチャンスだって思ったんです!」
喋って。
「もちろん簡単な事では無いとわかっています。私にできることでは足りないと思いますが、なんでもさせていただきますので!」
……一方的に言い切って、それでもまだ私ではないものを見ているような目。ダメなのかなって、そう思ってから。
「……一週間、まずは様子を見る」
そんな言葉に、最初は反応できなかった。
「ついて来い。差し当たりレベル4になれるかどうかだ」
「へ? たった1週間で……? ……いえ、頑張ります!」
たったの1週間。それで成長できなければ才能がないという事なんだろう。自然と顔が引き締まる。
「……命を懸ける覚悟はあるか? ほんの些細なミスで命を落とすかもしれない世界だぞ」
重々しくそう言われて、ごくりと喉を鳴らす。頷いた所で、ついて来いとばかりに歩き出す彼。……認められているかはともかく、これからは師匠と呼ぼうと思った。
「剣を抜け。構えろ」
何もない平原で、唐突に師匠が口を開く。
「はい! ……あれ、でも師匠、この辺りに魔物は居ませんよ?」
返事をしたものの、スライムの一匹も居ない平原。こんなところで何をするのかと疑問に思って。
「居るだろう、お前の目の前に、お前より圧倒的に強大な存在が」
「……へ?」
居るのは師匠ただ一人。そう思っていれば、盾を投げ渡されて。
「一撃くらい防げよ? 何、こちらも手加減はしてやるから安心して剣を振るえ」
「え、あの」
「いくぞ」
そこからは、地獄の始まりだった。人相手に剣を振るった事などなく、躊躇っている私に師匠は本当に剣を振るってきて。
目を、首を、容赦なく狙ってくる師匠の剣は、確かに寸前で止めたり指先程度しか斬りつけないのは手加減だったのだろう。でも。
このままじゃ殺される、そう思って振った剣は、確かに師匠を斬りつけたのだろう。今まで感じたことの無い重さ、ひとかけらも加護を削れていないんだとはっきり分かった。
重くなる腕を必死に動かして、荒くなる呼吸を押さえつけて、それでも止まない師匠の綺麗な斬撃を目にしながら、私の意識は落ちていった。
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