後編
「願いが叶う金魚?」
そこにはプラスチック製の箱のなかに無数の金魚が戯れている。一見どこにでもいる金魚だが何が違うのか屋台の人に聞いてみた。
「このなかに背びれに金色のまだら模様のものがいて、それを捕まえると幸運の金魚と会うことができる。大事に飼うと願いが叶うっていうんだよ」
それを聞いた私達は順番が来るのを待ち他の人たちが掬っているのを見ては、ああっと悔しがる子どもの声を聞いて残念そうにしていた。
続けて私達の番が来たので早速専用の網と容器を手に持ち、汐里と一緒に水面に沿って平行に押していき、金魚が二、三匹寄ってくると静かに網で掬ったが簡単にはうまくいかない。
もう一度新しい網をもらい慎重に金魚の泳ぎに合わせながら、その頭が網にかかるとすぐに容器に入れた。私は気持ちが舞い上がって汐里に入ったことを伝えると彼女もすでに二匹掬っていたので一緒に喜んだ。私は最後のチャンスが欲しいと言って、汐里に金魚を掬ってくれないか頼んでみると、彼女はやる気がみなぎっていた。
周囲の人たちが見守るなか、汐里は端の方に溜まっている金魚を水面に寄せて、その隙を見て一匹の金色の金魚を見つけて網で掬うと、屋台の人がおめでとうといってきたので、袋に入れてもらった金魚を見るとそこには、先程言っていた金色のまだら模様の金魚が一匹汐里の袋に入っていた。
「すごいじゃん!さっき言っていた願いが叶う金魚だよ」
すると彼女はクスリと笑いその袋を私の手に渡した。
「それ、あげる」
「でも、村沢さんが取ったものだよ。いいの?」
「春谷さんのためにつかまえた。だから、家に持って帰って飼いなよ」
「あ……ありがとう。じゃあこれ……私の取ったのをあげる」
「私も大事にするよ、ありがとう」
その帰り道、二人で話をしながら歩いていき、駅の改札口を抜けて電車を待っていると汐里は足元を見て何か痛そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「下駄の鼻緒が指の間に当たって痛くてさ……履きなれていないからすり切れてきたみたい」
「ちょっと待っていて」
私は巾着袋からちょうど持っていた
「家まで持ちそうだ。用意良いじゃん春谷さん」
「早く治ると良いね」
そうしているうちにホームに電車が入ってきて乗った後すぐに扉が閉まり動き出して走っていった。途中の駅で汐里は降りてまた学校で会おうと言い彼女はゆっくりと歩いて帰っていった。三十分ほど経つと家の最寄り駅に着いて時計を見てみると二十二時を廻っていた。
自宅に着いて台所にいる母親に掬った金魚を見せると、凄いねと言ってくれて金魚鉢に金魚を入れてから部屋に行き部屋着に着替えて再びリビングへ行き金魚を眺めていた。願い事かぁと心の中でつぶやいて、汐里といつか付き合えるようにと何となく考えながらその夜に溶け込むように更けていった。
夏休みが近づくほどに蝉の擦る
「あのね、彼氏いるっていうの嘘なんだ」
「なんで嘘を言ったの?」
「この間三年生の男子といるところを春谷さんに見られたの気づいてさ、普通に友達としている人に対してなんとなく彼氏だって言いたかったの」
「特に大きな理由もなく?」
「うん……ごめんね」
「良いよ、気にしていない」
「本当?」
「本当だよ。いなくて逆にほっとした」
「え?……」
「あっ……」
熱風が吹いていくなか、また自分の動揺がとまらなくなってしまって目を瞑って心のうちを思いきり彼女に告げた。
「なんか顔が怖いよ。どうした?」
「私、村沢さんが好きなんだ……!」
汐里は私を見つめて呆然としていた。ああ、きっと今頃向こうも私の事を
「な、何?」
「ずっとそれを言いたかったの?」
「そう、そうだよ。私、最近になって村沢さんの事が気になってさ。クラスで独りきりでいるのを気遣ってくれるのをどうしたら返事を返そうか、ずっと悩んでいた。どうしよう……私、やっぱり女子が好きだなんて言うの気持ち悪いよね?」
「いや、悪くなんか思わない」
「なんで?」
「だって、ずっとそういう思いを抱えながら過ごしているんでしょう?逆に言ってくれた方が讃えてあげたいくらいだよ」
「村沢さんは……私はどう思う?」
「今は同級生としか見れないけど、私も本当の気持ちを明かしてあなたともっと親しくなっていきたいな」
汐里は私を抱き寄せて、勇気を出して言ってくれてありがとうと言ってきた。私は涙ぐみ彼女の腕に顔を埋めた。誰にも言えなかった自分の思いを伝えられずに生きてきたのを、こうして彼女は受けようとしてくれた。
「私とは友達以上に付き合えそう?」
「気が早いよ。そう焦らなくてもいいから、今度気晴らしに遊びにでも行こう」
汐里はこんなにも相手を思える人なんだと嬉しくて気持ちが破裂してしまいそうになる。ただ彼女の前では、素直になっていれば今以上に仲も良くなっていくんだと自信を持っていきたい。私の両頬を包み込んで見つめる彼女の嘘のない明瞭な瞳がいつもより輝いて見えた。私が微笑み彼女も微笑み返すと、頭をクシャリと撫でて髪が乱れた。
「今日一緒に帰ろう」
「うん。もうこんなに撫でないでよ」
「ごめん。……少し解いたよ、これで直った」
「喉渇いたね」
「近くのコンビニでも行こうか?」
校庭には野球部や陸上部の人たちの声が響き渡る。どこまでも延びていく夏の夕空に金星が見えてきた頃、陽も隠れて街灯の明かりが私たちを照らし始めた。
癖になったのか私は彼女の背中を追うように、この思いを金魚のようにすり抜けてその心の中を覗いてみたいのだと。少し足早な彼女の背中のシャツに掴んでみると、笑って腕を掴み返してきた。この恋が永く続いていけるように切に願う。
そうして私たちの親密な仲は始まっていった。
了
汐ノ音 桑鶴七緒 @hyesu
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