第6話(終) ケヤキキョウダイ

 春の文化祭が終わった。

 日が落ちた後は後夜祭が行われ、生徒達が集まり賑やかに過ごしている。

 彩華と小夜子は、桜舞い散る校庭の隅に座っていた。

 彩華は小夜子の肩にもたれかかり、小夜子はそんな彩華の頭を撫でる。

「お疲れ様」

 小夜子は呼びかける。

 すると彩華は、小夜子の方に顔を向けた。

「ねえ。どっちの呼び名が良い? 小夜ちゃんとお姉ちゃん」

 彩華は悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかけた。

 小夜子は苦笑いしながら答える。

 小夜子は、どちらでも良かったのだが、彩華が望むなら呼び方は何でも構わないと思った。

「どっちも。だって私は、彩華のお姉ちゃんなんだから」

 彩華は小夜子の答えを聞いて嬉しそうな顔をする。

「私も、妹でいられるのが嬉しいんだ」

 二人に血は繋がっていない他人だ。

 だが、二人は血よりも深い姉妹・ケヤキキョウダイだった。


【ケヤキキョウダイ(契約姉妹)】

 山形県の西部、鶴岡市大岩川地区には、12歳、13歳になった女児が、くじ引きによって義姉妹の組み合わせを決め、生涯にわたって助け合うことを約する「ケヤキキョウダイ」の風習が受け継がれている。

 対象は女性だけで、どういう訳か兄と弟という男同士のものは存在しない。

 「ケヤキキョウダイ」の「ケヤキ」は「ケヤク(契約)」が変化したもので、江戸期に始まったと考えられている。

 ケヤキキョウダイは、12月28日に行われる。

 女児は、集落の大坂神社に集まり、稲藁を2つに折ったくじを引くことで、キョウダイ(姉妹)の組合せが決まる。

 引いたくじは、手を放さずに近くの小国川まで行き、川に流す。

 そして3日後の大晦日の夜、予め決められた民家を宿として、キョウダイが寝具を持って集まる。

 夕食に丸もちを焼いて食べた後、枕を並べて就寝し、翌日の昼まで食べ物を口にすることはできない。行事の一切は子供が取り仕切り、大人は関与しない。

 くじ引きによって契りを結んだ姉妹は、生涯を通じて相談相手となり、共に助け合うことを約束する。

 ケヤキキョウダイの関係は神様によって選ばれた関係だからこそ、血の繋がりより濃いとされる。

 それは冠婚葬祭の時に、特にクローズアップされる。

 例えば、結婚式の場では、ケヤキキョウダイでの姉妹は、血の繋がった兄弟姉妹よりも上座に座る。

 葬儀の場でも、ケヤキキョウダイは死者の近親者として扱われた。

 したがって、どんなに遠方で暮らしていても、必ず出席しなければならないというシキタリがあった。

 どうしてこのような風習が生まれたのか、今となっては詳しいことは分からない。

 ただ、風習が誕生したとされる江戸時代は、度重なる飢饉や役務などの苦しい時代だった。

 このような苦しい時代に互助組織の一環として組み込まれていったのではないかと考えられている。

 また、女性の「出産」という特性が一種霊的な力だとされ、同年代のものが共有することでその力が最大限に発揮されるとも考えられていたみられる。


 彩華と小夜子は、幼い時にケヤキキョウダイの契を結んだ姉妹だ。

 彼女達は、お互いのことを実の姉と妹のように慕い、大切に想い合っている。

 その絆は、何人たりとも断ち切ることができないものだった。

 彩華は小夜子の手を握り締めた。

 小夜子も彩華の指を絡め取るように握り返す。

 そして二人はお互いの顔を見つめ合った。

「彩華。私、ずっと伝えたいことがあったの……」

 小夜子は口を開いた。

「私も、お姉ちゃんに言わなきゃいけないことが……あるよ」

 彩華は言葉を詰まらせた。小夜子に伝えなければならないことがあったから。

 だが、その言葉はあまりにも重く、簡単に口にすることができなかった。

「じゃあ、気持ちが同じなら、お互いに伝えよう。ね?」

 小夜子は微笑んだ。彼女は、彩華が何を伝えようとしているのか理解していた。

 二人は、同じことを考えている。

 二人は、心の中で繋がっているのだ。

 彩華は覚悟を決めて、小夜子に伝えるべきことを伝えた。

 小夜子も、彩華に気持ちを伝える。


「「好きだよ」」


 と。

 二人の発した言葉は、同じもの。

 そして、彩華は涙を流した。

 彩華は小夜子の胸に顔を寄せ、小夜子は彩華を抱きしめる。

 二人は、お互いの気持ちを受け入れた。

 お互いを慈しみ、支え合いながら生きていくと決めた。

 彩華と小夜子は一緒だ。

 永遠に。


 ~fin~

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