初ダンジョンで死んだらアンデッド化したんだが~ブラック企業勤めよりマシな気がするけど、とりあえず不便なので人間に戻りたい~

黄舞@9/5新作発売

第1話

「こ、これが生ダンジョンかぁ……」


 自分で言っていて変な表現だと思うけど、思わず漏れ出た本心だった。

 人生初めての、ダンジョン内を自分の目で観ている感動に酔いしれてた。

 小さい頃からダンジョン動画配信を見続けて、すっかりとりこにされてしまった俺は、いつか行くぞ! と決心したまま、もうすぐ四十路になるという今日の今日まで来れずにいた。

 しかし! ようやく取得できた半休を利用して、ついに俺は今日! 初ダンジョンの一歩を確かに踏んだのだ!

 いやぁ……長かった……思えばダンジョンに興味を持ったのはもう三十年以上前。

 年の少し離れた兄貴が見ていたダンジョン動画配信を見たのがきっかけだった。 

 今回来たのは、その記念すべき最初に観た動画で配信されていたダンジョン『旧練馬駐屯地三番ダンジョン』!

 上級者もしくは超級者向けのダンジョンで有名な場所だけど、もうずいぶん前から初めてはココと決めていた。


「さーて、何分持つかなー。それよりも、どのモンスターに会うか楽しみだなぁ」


 気分は完全に観光。

 間違いなくモンスターに出会した瞬間に一撃で殺される。

 モンスターに殺されると筆舌し難い不快感を受けるものの、ダンジョンの外に送り出される。

 いくら本当の意味で死なないと言っても、普通のダンジョン探索者はそんな自殺まがいなことを好きこのんではしない。

 しかも殺されてダンジョンアウトすると数も種類もランダムで所持品を落としてしまう。

 ドロップには装備品も容赦なく含まれるため、上級者ほど死なないようにするのが鉄則だ。

 しかしそれは、きちんと探索者として育っていこうと思う者の話。

 どういう仕組みかまだ詳しく解明されていないが、ダンジョン内での経験を積むことにより、探索者としての能力が上がっていく。

 初級者向けの簡単で比較的安全性の高いダンジョンから初めて、自分やパーティの実力に合わせて徐々に難易度を上げていくのが普通であり常識だ。

 残念ながら、こんな年になってから初めてダンジョン探索を経験するような俺が、適正な実力を身に付けてからこのダンジョンを訪れるというのは、宝くじが当たるよりも可能性が低い話だった。


「あ! ここ、ユーカリさんがキラースライムと戦った場所だ!」


 ダンジョン動画配信黎明期からの人気でいまだに精力的に動画配信を続けているユーカリさん率いるパーティ『明日の風』。

 そのパーティたちがこのダンジョンに潜り、初戦闘が繰り広げられた場所に到着し、興奮で声を上げた。

 ダンジョン内のモンスターは音や臭い、熱など様々な要素で探索者を認識し、見つけると必ず襲ってくる。

 だから大声で叫ぶなんて本来御法度だけど、いつ死んでもいいと思っている俺は、むしろキラースライムが現れたいいとさえ思っていた。

 そんな、ダンジョンを舐めたような考えが、間違いだったのかもしれない。


「意外と……何とも会わないな……?」


 潜ってからどのくらい経ったか確認するため、ポケットから端末を取り出す。

 午後五時。

 午後一で入ったから、もう四時間もダンジョン内を探索している。

 いつもなら、大体意味のない会議に参加させられ、ひたすらに上司から小言を聞かされている時間だ。

 もしくは後輩が「何もしていないのにおかしな結果になった」と報告してきて、事態の収拾と原因究明にかかる時間を換算して、溜息を吐いてる頃だろうか。

 俺に言わせればから、おかしな結果になってるんだ。

 何度言っても伝わらないからもう諦めたが。

 いかんいかん……楽しみにしていたダンジョンだったはずなのに、予想外に何も起こらないから思考がネガティブになっていた。

 今日は、まさに万難を排して半休とはいえ休みを取れたのだから、思う存分楽しまなくては。

 といっても、見たいと思っていた場所はすでに全部通り過ぎ、流石に下層に行くつもりはなかったので、一階をうろうろしていた。

 少なくとも今まで見て来た動画では、どんなダンジョンでもこれだけ歩き回れば複数回モンスターと出会していたはずだが。

 いや……そういえば、こういう状況が起こる場合がある。


「もしかして、誰かが根絶やしにしていったのかなぁ」


 モンスターを倒すとドロップアイテムを残し、死骸は消える。

 そしてしばらくすると同じような場所に元の状態で発生する。

 リポップと呼ばれる現象で、誰かがモンスターを倒したとしても、通常はモンスターが次々と現れる。

 しかし、同じダンジョン内で何度も狩り続けると、徐々にリポップのタイミングが遅くなり、やがて、何時間も出なくなるらしい。

 多分誰かが最近それをやったのだろう。

 それにしても、このダンジョンでそんなことができるなんて、超級者、もしかしたら超越者と呼ばれるパーティかもしれない。

 いずれにしろ運がいいと言えばいいのか悪いと言えばいいのか、当初の予定とは裏腹に、俺は記念受験ならぬ、記念探索をいまだに続けていた。


「帰るか? ダンジョン内で殺されるのは死ぬほど辛いって話だけども」


 一瞬そんな考えが頭に浮かんだけれど、せっかく見て回れるなら、躊躇していた下層へと足を運んでみた方が絶対いい。

 そもそも死ぬほど辛いのは元々味わう予定だったのだから、ここで引き返す理由にはならないだろ。

 辛い思いは今まで仕事で嫌というほどしてきたから、今さら一回くらい上乗せされたって大したことない。

 ということで俺は記憶を頼りに、下層に続く場所へと向かうことにした。

 ところが、進んでも一向に目的地まで辿り着けない。

 元々はすぐに死ぬ予定だったから、ダンジョン内のマップなんて用意していないし――そもそも高額で安月給の俺には到底手の届かない金額だが――、見たいと思っていた場所以外のルートはきちんと把握していなかった。

 完全に俺のミス。

 就職前、まだ自由になる時間が十分にあった時、ダンジョンを動画配信で観まくっていたから、自分がダンジョンに詳しいつもりになっていた。

 配信者たちが道を間違えずに進むのを観て、自分も簡単にできると思い込んでいた。

 しかし、洞窟型と呼ばれる岩肌の迷路のようなダンジョンは、どこも同じように見えるし、違うようにも見えた。

 俺はなぜか仕事でよくある終わりの見えないトラブル対応を思い出し、目が回った。

 モンスターに会えば戻れる。

 下層に行くのも、出口に戻るのも半ば諦め、俺はひたすらにいつかはリポップするだろうモンスターが現れるのを期待しながら、それでもとりあえずは歩き続けることにした。

 歩き続けていると、地面に何か落ちているのを見つけた。


「お? これなんだ」


 拾ってみると、ドクロの意匠が施された指輪だった。

 かなり精巧な作りだ。

 モンスターのドロップアイテムの取りこぼしか、もしくはこれを装備していた探索者がモンスターに殺されてドロップしたか。

 いずれにしろ、ダンジョン内では元が誰の持ち物だったとしても、拾った人が所有権を持つ。

 つまり、まさかの初アイテムゲットを思わず達成してしまった。

 はは! 今日は人生初が目白押しだな!

 テンションが戻ってきた俺は、手の中のドクロの指輪をまじまじと見つめる。

 俺はまだ鑑定スキルは持っていないので、この指輪の詳細は不明。

 ただ、完全初心者の俺が手に入れられるような類の装備ではないことは間違いない。

 こうなると、俄然、出口に辿り着き、殺されずにダンジョン脱出をしたくなる。

 鑑定費用はかかるが、高額で売れるなら売ってもいいし、今回の記念に宝物として飾ってもいい。

 確かにダンジョンに来たんだってな。

 とりあえず、せっかくなので装備してみよう。

 売るかどうかは無事に帰れた時に考えればいい。

 俺は拾ったドクロの指輪を左手の中指に嵌めた。


「とりあえず、装備しても別段変わったところはなさそうだなぁ」


 どうやらステータス上昇系の効果は無いようだ。

 指輪は特殊効果が付与されていることが多いらしく、物によってはかなり高額で売買される。

 ビギナーズラックってやつで大当たりを引いたことを妄想しながら、さっきまでは重くなっていた足取りも軽く、俺は再度出口を探して彷徨った。


「やった! 間違いない! ここ、ユーカリさんがキラースライムと戦った場所だ!」


 散々歩き回った結果、ようやく間違いなく知っている場所に辿り着くことができた。

 しかも、ここなら出口も近い。

 予定とはだいぶ異なった初ダンジョンだったけれど、結局アイテムゲットして死なずに戻れるなんて、結果オーライだ。

 そう思ったが、現実は甘くなかった。

 目の前に、モンスターが現れたのだ。

 種類は、キラースライム。


「嘘だろ……? タイミングが違うよ、お前……」


 確かにキラースライムにここで出会って殺されたいなんて入った時は思ってた。

 でも、今じゃない。

 いつも最低のタイミングで仕事を振る上司と、最悪のタイミングでミスをする後輩の顔が浮かぶ。

 どうにか逃げられないか考えた時には、すでにキラースライムの攻撃を受けていた。


「うわぁぁぁぁあああ!!!」


 キラースライムは黄色の崩れたゼリーみたいな形をしたモンスターで、その攻撃はいたってシンプル。

 強力な溶解液として働く自身の身体に探索者を取り込み、溶解させる。

 ユーカリさんはその体当たりのような攻撃を、身軽にかわすと持っていた魔法剣で一刀両断にしていたが、俺にそんなことができるわけもなく。

 激しい痛みと苦しみを伴いながら、俺の身体はキラースライムの中で溶解されていた。


 ☆


 目を覚ます。

 直前の記憶を思い出し、気持ちが悪くなった。

 どうやら死ぬほど辛いというのは比喩じゃなかったようだ。

 できればもうあんな思いはごめんなので、これから先は無謀な探索は控えよう。

 そんなことを考えていると、自分の周りの視界がおかしいことに気がついた。

 死んでダンジョンアウトしたはずなので、俺はダンジョンの外に居るはずだ。

 しかし、目の前に広がる光景は、いまだにさっきと同じ岩肌。

 どうやら仰向けに寝ていたようだから、今は空を見上げているはずなのに、どうみてもダンジョン内の天井を見ている。

 それに身体の感覚もなんだか奇妙だ。

 両手を上げ、視界の中に持ってくる。

 見えたのは、白骨化した両手と、その左手の薬指に紅く怪しい光を両目に灯したドクロの指輪だった。

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