第2話

「なんだこれ!?」


 自分の手を見て叫ぶ。

 慌てて骨だけの手で自分の顔を触る。

 どういう仕組みか分からないけれど、触覚はあるらしい。

 そして感じたのは、両手と同じく硬くゴツゴツとした骨の感触だった。


「なんなんだよこれは!?」


 身体を起こし、自分の脚を見るとそれも真っ白な骨だった。

 衣類も何も無い。

 どう考えても全身白骨化していて、さらに俺はそんな姿にも関わらず五感がある。

 今まで数え切れないダンジョンの動画配信を観てきたし、考察板なんかも読み漁っていたけどダンジョンで死んで白骨化したなんて聞いたことがない。

 それとも俺の情報が古いだけで、今はそういうことが起きるのか!?

 自分に何が起こったか考える暇もなく、俺に気付いたモンスターが襲いかかって来た。

 黄色い崩れたゼリー、キラースライムが長座姿の俺にのしかかってきたのだ。


「うわぁぁああ!! ……あれ?」


 さっきと同じ苦しみを受けると思い叫んだが、思ったよりも痛みが弱く、拍子抜けをしてしまった。

 全く痛みが無いわけではないから、間違いなく攻撃を受けている。

 しかし、さっきの痛みと比べたら全く大したことのない痛み。

 耐えられる痛みだった。

 そんなことを考えていたら、急に意識が遠退き始めた。

 この感覚は知っている。

 俺はキラースライムに殺されたんだ。


 ☆


 目を覚ます。

 さっきと同じ状況。

 流石に短い間に繰り返されれば反応も速くなる。

 俺は声を上げることなく、ゆっくりと起き上がった。

 間違いなく死んだ。

 そして同じ場所に同じ姿で

 もしかしたらリポップなのか?

 だとすれば俺は知らぬ間にモンスターになってしまったってことだが、きっとそれはない。

 地面に倒れたままでリポップするモンスターなんて聞いたことない。

 なにより、特別な状況以外でモンスター同士が争うことはないし、さっきの俺はそれに該当しない。


「それにしても……まずあいつをどうにかしないとな……」


 目の前には相変わらずのキラースライム。

 死に戻りできず、死んだら目の前にモンスターがいて襲われる状況。

 昔大流行したっていうテレビゲームなら、こういうのをクソゲーとか詰んだとかいうんだろうな。

 案の定、キラースライムは再び俺に襲い掛かってきた。

 疼くような痛みを感じながら、俺は思考をフル回転させた。

 終わりが見えないタスクなら、これまで幾度となくこなしてきた。

 終わりが無いと思っても、ひたすら目の前の仕事を片付ければ、少なくとも仕事は減っていく。

 新しい仕事が追加されるだけで、結局終わりは無いが。

 くそがっ!

 心の中で悪態をつきながら、俺は三度目の死を迎えた。


 ☆


 目を覚ま……さない!

 もしかしたら、全く動かなければ、認識されずに攻撃されないで、そのうちどこかいなくなるのでは!?

 音を立てないように息を潜めて、側耳を立てる。

 そして気付いた。

 息をずっと止めても大丈夫っぽい。

 さすがは骨。

 呼吸という概念から解き放たれたようだ。

 これだったら何時間でも潜んでいられるんじゃないのか?

 根比べなら自信がある。

 しかし良く考えたらまぶたがなくなったのに、どうして目の開け閉めができるんだろう。

 今の視界は間違いなく闇で、目を開ける、という意識を持てば前と同じ視界が広がる。

 いずれにしろ何が襲われるトリガーになるか分からないから目は開けずにじっとする。

 呼吸もしない。

 さぁ、どっか行け!

 ……ダメだったぁ!!

 疼くような痛みが全身に広がる。

 諦めて目を開けるとすでにキラースライムの中。


「このやろう!」


 俺は試しにスライムコアと呼ばれる、スライム種の体内に浮かぶ核を握り拳で殴った。

 スライムコアはスライム種の弱点というか本体らしく、これを破壊されるとどんなスライムも倒れる。

 ただ体内の中心付近にあり、周りは腐食性の体液で覆われているため、腐食耐性のある武器で攻撃するか、外から魔法で倒すのが基本だ。

 せっかく体内にいてスライムコアが目の前にあるんだから、これを先に壊せば倒せるんじゃないか?

 そう思ったが、さすがに骨の拳で殴ったくらいでは傷一つ付かない。

 一発がダメなら、何度でも殴る。

 もしかしたら目に見えないダメージが蓄積している可能性もあるから。

 ひたすら殴り続けていれば、先に意識を失う。

 今度は目を覚ましたらすぐに起き出し、近くに落ちてた手頃なサイズの石を拾った。

 骨で殴るよりも効果的と思ったからだが、結果的には全くの無駄だった。

 キラースライムの溶解液は剣や鎧などの金属だけでなく、石も溶かしたからだ。

 しかも一瞬。

 空になった手を仕方なく強く握りしめ、再度がむしゃらにスライムコアを殴る。


「ダメか!!」


 何度か経験するとが分かるようで、叫んだ瞬間、俺の意識は再度失われた。


 ☆


 数えるのもバカらしくなり、何度目か分からなくなってしばらく経ったキラースライムの体内で。

 俺はある異変に気付き始めた。

 これまでどうにか状況を打開できないかとガムシャラにもがいていたせいで分かってなかった。

 もしかして、体内に取り込まれてから殺されるまでの時間が徐々に伸びてないか?

 そう思った俺は、ひとまず動きを止め、頭の中で数を数え始めた。

 三十を数えたあたりで意識を失う。

 もう一度。

 今度は二百を超えた。

 さっきは体内に取り込まれてから随分経ってから数え始めたから、大きく違うのは当たり前だ。

 すでに、俺の疑問の答えは確信に近い。

 はっきりとはもう覚えてないが、最初に殺された時は絶対二百も数えられるほどの時間はいられなかった。

 そもそも痛み自体が明らかに弱くなってる。

 てっきり何度も受けてるせいで痛みに鈍感になったのだと気にしていなかったが、気だけでなく実際に受けるダメージも減っていたようだ。

 さらに、今更気付いたこととして、俺を襲い続けているキラースライムは同じ個体のようだ。

 色々試行錯誤した際に、もぎ取った俺の骨の一部が体内にまだソレだとわかる程度の原型を留めて漂ってるから間違いない。

 ちなみに骨は倒されて蘇った時に戻っていた。

 それよりもまずは殺されるまでの時間が伸びてることの検証だ。

 念のため、もう何回か繰り返してみる。

 ただ数を数えるだけではもったいない気がしたので、リズムに合わせて拳でスライムコアを殴り、その数を数えていった。

 リズムは取るが、一発一発は本気で殴る。

 打撃数を数え始めてから千を超えた時、嬉しいことが起こった。

 スライムコアが突然砕けたのだ。

 つまり、俺はキラースライムを倒し、終わりがないと思っていた死んではその場で蘇りの繰り返しに、とうとつに終わりが訪れた。


 

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