第21話 母親

 家を出た楓はその足で友達の家に行く。夏希と先に合流することも考えたが、絢麗にあったことによって楓の足は余計に駆り立てられていた。


 それと同時に――





 山の麓のど田舎のため人に見られる心配はないと踏み、能力を発動。体に負荷がかからない程度の出力で身体能力を上げ、得意の加速で移動する。当然ゲーム内で付与された素の身体強化も残っているため、道路を走っている車よりも早く走れる。車の中の人には見られてしまうが、多少は仕方がないと割り切った。


 家から二十四キロ、時間にして約二十分、友達の家に着く。


「えりー!いるかー?」


 楓は着くなり家の外から大きな声で叫ぶ。すると扉が開き、家からもそもそと小柄な白衣を着た女が出てきた。


「なんだこんな朝っぱらから……」


「いた!えり!」


「うるさい。そりゃいるだろ」


 その女はえりといった。叫ぶ楓をめんどくさそうになだめ家の中に案内する。


「んで、何の用?」


 リビングに楓を入れ、お茶を汲みながらえりが語りかける。


「冷たいなー久しぶりにお父さんにあったのに『パパ大好き!』とかないのか?」


「あるわけないでしょ!てか私あんたの子供じゃないし!!!」


 顔を真っ赤にさせて言う。


「そうそうそれそれ。そうやって叫んでる方がお前っぽいよ」


「はー?意味わかんない……」


 先ほどとは違う意味で顔を赤くさせて呟く。


「そうそうそれで本題なんだけど――」


(俺が別の世界行ってたの知らんぽいな……話したら泣き出しちゃいそうだし言わなくていいか……)


「ちょっと眼と腕、見て欲しくて」


「……それが本題?」


「そうだよ」


「そのために夏希さん置いて出てきたの?やっと帰ってきたのに?」


 楓はえりの言葉に驚いた。


「……知ってたのか」


「当たり前でしょ。どんだけ話題になったと思ってんの。……ニュースになってたから速攻あんたん家に連絡したわよ」


「そうか……ありがと」


「別に……」


 楓が驚いたのは楓が今まで別の世界にいたことを知っていたからではなく、知っていたことを楓にだ。楓の知っているえりという人間はもっと弱々しいものだった。


(人間変わるもんだね……)


 楓はそう思った。えりにも自分自身にも。


「んで、結局何しにきたのよ」


「ん?ああ。君への用事はさっき言った通りだよ。ただ――」


 楓が言葉を区切る。


「ただ?」


「行きたい場所があるんだけど……勇気がでなくてね……」


 自身の心情の吐露。思春期真っ盛りの男子中学生には難しいことであり、絢麗さん――家族には言えなかった。


「……ダメだよな、こんなんじゃ。ヒーロー失格だ」


 俯く楓にえりもなにかがあったことを察し、なんとか言葉を紡ぐ。


「相も変わらず難しいこと考えてんねー君は」


「……は?」


 楓がいきなりなんだというような顔をする。


(相も変わらずってなんだ!考えすぎて変なこと言っちゃったよぉ……)


 えりもえりで必死だった。


「そんな悩みすぎなくてもいんじゃないってことさ。(何をしようとしているのかは知らんが)勇気が出ないなんてのは君くらいの年ならよくあることだ。そういう時は大人に相談するといい!なんにせよ行動せんと始まらんぜよ!」


 ………………


 部屋が静まり返る。


(ミスったあああああ!ぜよって何だよぜよって!)


 盛大に意味わからん語尾の話し方を披露したえりだったが、言っていること自体は本心であった。その言葉は曲がりなりにも励ましの言葉であり、楓の心には静かなりに響いていた。


「……そうだな。ありがとうえり。俺も頑張ってみるよ」


「うん!」


 えりが羞恥で顔を赤くしながらも満面の笑みで返す。


「じゃあ、行ってくる」


 まだ弱いが、それでも先ほどよりは確かに強い大切な一歩を踏み出した――


「……眼と腕見なくていいの?」


「あ、完全に忘れてた」


 大切な一歩を戻し、またリビングに戻る。


「えりはしっかりしてる子になったなー。パパ嬉しい」


「パパじゃないし!私の!!方が!!年上!!」





 えりの家を出た後、楓は駆け足で目的地に向かっていた。えりの家からそこまで離れていないため、すぐに到着する。


 ふうと一呼吸おき、家の呼び鈴を鳴らす。


「はーい……」


 家の中から女の人の声が聞こえる。出てきた女の人は疲れ切った顔をしていた。


「こんにちは。自分は神咲楓といいます。その……明くんの友達です」


「ああ……明の」


 楓が来たのは王前家。王前明の実家だった。




 家の中は片付いており、必要最低限のものがあるだけだった。壁には幼い頃の明の写真が貼ってあり、写真の中の明は満面の笑みでピースをしていた。


「どうぞ……座ってください」


 おそらく明の母親であろう人物が楓に着席を促す。


「すみません……ありがとうございます」


「お茶しかないですけど……」


「あ、お構いなく」


 一通り準備が済んだところで母親も座り、話す体制に入る。


「すみません明は今家にはいなくて……その……」


 明の母親は楓もどこかへ行っていたことを知らなかった。


「でも……!おそらくもう少しで帰ってくると思うので……!」


 母親は必死に笑顔を作り楓に向ける。楓はその顔を直視できなかった。


「うぁ……その……」


 なかなか言い出せず、楓の視線が泳ぐ。


(大人に相談……今は無理。なら――)


 行動あるのみ。えりの言葉を思い出し決心する。


「明の……ことなんですが……」


「明が……どうかし」


「亡くなりました」


 母親の言葉を遮るように無理やり言葉を捻り出す。


「……え?」


 母親の困惑する声が楓の耳に響く。


 ここから逃げ出してしまいたかった。明のことなど完全に忘れてしまえたらどんなに楽だっただろうと楓は思う。でもそうはならない。そうはさせてくれない。

 忘れて前へ進むのと乗り越えて前へ進むのとでは全く違う。そのためにこれは必要なことだった。


「……なにを言ってるの?明が……は?」


「困惑されるのは当然だと思いますが、聞いてください。お母さん……ですよね?は今回の事件をどこまで知ってますか?」


「今回の事件……というのは……」


「二週間ほど前に一斉に人がいなくなった事件があったでしょう。それです」


 楓はここにくるまでニュースも見ていなければ人に話を聞いてもいなかったため、情報収集を全くしておらず今どこまで情報が渡っているのかもわからなかった。


「ええ。確か今日渋谷に戻ってきたとか……明もそれで戻ってきていると思うんですが……まだ連絡が……」


「お母さん。自分は明と同じく二週間ほど前から別の世界にいました。理解できないと思いますが少し聞いてください」


 そういうと深呼吸をし、ゆっくりと話し始める。楓が殺し合いのゲームに巻き込まれてから明と出会い、経験したことを。そして――


「完璧に自分のミスです。敵の対処も動ける私がするべきだったし、なにより自分には相手の動きが見えていた。あそこで全力で庇えば……きっと誰も死ななかった……でも――」


 でも楓はそうはしなかった。夏希という楓の人生にとって一番大きい存在がそこにいた。


「……自分は何を言われても文句は言えません。ですが……これがこの二週間で起きた真実です……すみません」


 明の母親は呆気に取られ、ぽかんと口を開けたまま一分以上動かなかった。なにが起きているのかも理解できていないような感じだった。


「そう……ですか……」


 未だ納得した様子はなかったが無理やり捻り出した様な言葉だった。虚な目が真っ直ぐ楓を見つめている。そのまま動かず5分、10分と過ぎていく。楓目線その空気は地獄そのものであり、その目線はすでに膝の上に落ちていた。


 突然明の母親が立ち上がる。奥の部屋に行くと明の私物であろうサッカーボールを持ってきた。


「……これは……明の宝物なんです……」


 楓は母親の言葉を黙って聞いている。


「明は……昔から何でも器用にこなして……わたしたちの手伝いもしてくれて……本当に……いい子で……」


 話す母親の声がだんだんと涙声に変わっていく。だんだんと受け入れてきていた。本当は行方不明になった時から覚悟はしていた。

 しかし信じたくなかった。実の息子がもしかしたら亡くなったかもなどと、考えたいはずもない。


「これは……あなたに差し上げます」


 いきなりの事に楓が困惑する。


「なっなぜ、いや貰えませんそんな大切なもの!」


 その返答を予想していたかの様に母親が言う。


「あなた、楓君でしょう?」


 楓の返答が止まり、さらに困惑が増す。


「え……なんで俺のこと……」


「明から聞いていました。なにかあった時に頼れる最高の親友がいると」


「そんな……自分なんて……」


 楓が俯くとそれを咎めるかの様に手に持っているサッカーボールを差し出す。


「謙遜なんてしないでください……明の親友なんでしょう……?そんな人にこれは持っていて欲しいのです」


 真っ直ぐに楓の方を見つめてくる。先ほどまでの虚な目は消え力強い目になっていた。その目を見て母親が何とか受け入れてくれたと考えた楓はそのサッカーボールを受け取る。


「……わかりました。あいつだと思って大切にします」


 それを聞いた明の母親は優しく微笑んだ。楓はその笑顔に若干の不安を感じたもののその考えを払拭する様に帰る準備を始めた。



「お忙しい中ありがとうございました」


「いえ……こちらこそありがとね」


 そういうと楓は踵を返し歩き出した。内心かなりきつかったが、なんとか表には出すまいと表情を作り家までの道を歩く。


 ある程度歩いたところで、楓は背後に熱を感じた。


「熱っ……?」


 疑問に思った楓が振り向くと―― 


 家が燃えていた。その家には見覚えがあった。先ほどまで楓が居た家だった。


 明の家が燃えていた。


「……は?」


 ツンとした煙の匂いが鼻をつく。


 楓は加速して明の家の前まで戻る。まだそこには人は集まっておらず、後から周囲にいた人が駆けつけてくる。誰かが「消防車!」と叫んでいる。


 不可解な点はあった。最初に明のことを告げた時あそこまで気が動転していたのに立ち直るまでが早過ぎないか。自分のことを知っていたとはいえ大事なサッカーボールを初めて会った人間に渡すだろうか。あのは一体何だったのだろうか。


 最初からこうするつもりだったのだ。


 楓は明に父親がいないのは知っていた。明が生まれた時にはすでにおらず今もどこにいるかわからない。明にとっては母親が、母親にとっては明が心の支えになっていた。――それが失われてしまった。


(様子に違和感はあった。でもっ……でもまさかここまで……!)


 意を決して燃え上がる家に飛び込もうとした瞬間、おそらく通報によってきたであろう警察官に止められる。その後、消防隊員が入っていった。


 火の燃え上がり方を見るに、油か何かを撒いている。おそらく既に――


 楓は唇を噛み拳を握りしめる。


 ――また守れなかった。

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刹那、燦然、輝いて 朱雀 @Sutheku

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