第20話 執事

「夏希!!」


 元の世界に戻ってきた楓は夏希を探していた。


(まだ知り合いを見かけてない……みんな帰って来れたんだよな?)


 楓の頭に怪獣とそれによって飛んできた死体の映像が浮かぶ。


「いや大丈夫……怪獣がいた場所と俺らが最初にいた場所は離れてた」


 無理やり自分の心を落ち着ける。探そうにも約一万人が集まった渋谷駅前はパニックになっており、楓の声もほとんど届いていなかった。


「くっそ……どうする……」


 だんだんと警察が集まってきてはいるが、それでも混乱がおさまる様子はなく、TV局も集まってきたため見物客含め、人の量はどんどん増えていた。


「夏希ー!夏希ー!」


 楓が人並みをかき分け叫び続ける。


 人が固まった場所に辿り着くと、ジャンプして向こう側を見ようとする。


「……は?」


 楓の体が宙に浮く。楓が下半身に目を向けると力を入れた足が赤く発光していた。


「能力使えんのかよ!!」


 楓は空中で体勢を立て直すと進行方向に目を向ける。人間が到底到達できない遥か上空まで飛び上がった楓の目に、よく見慣れた空色の髪が写る。着地した楓が満面の笑みを浮かべ、胸の前でガッツポーズする。


(居た!居たよ!)


 楓はもう一度飛び上がり夏希の元に向かう。


「夏希!」


「楓!」


 なんとか二人は合流する。空から降ってきた楓に対して周りの人たちが奇怪な目で見ていたが二人は気づいていなかった。


「良かった……よ゛か゛っ゛た゛あ゛あ゛」


 夏希が泣きながら楓に抱きつく。楓にとっては好意を寄せている異性に抱きつかれるという夢の様な時間だったが無事な姿を見た安堵でそれどころではなかった。


「なんで泣いてんだよ」


 楓が呆れたように安心したように笑う。


「た゛っ゛て゛え゛え゛」


 二人は再会を喜んだ後、冷静になって周りを見る。


「二人も探そうか……今の声を聞いて気づいてくれてればいいんだが……」


「うん……無事だといいけど…」


 二人が他の二人を探そうとすると――ビーー!!というサイレンの音が渋谷駅前に鳴り響く。


「全員落ち着いて。こちらの指示に従ってください」


 低い落ち着いた声が響く。


「自衛隊か」


 警察だけでは収まりきらず、自衛隊が出動。混乱をおさめるため、それぞれ人を誘導していた。


「こちらです!こちらへ!」


「うぇっ?ちょっと!?」


「夏希!」


 誘導によって楓と夏希は別れてしまう。人の流れが激しく、言葉を発する暇もなく離されてしまった。


「くそっ。……まあ仕方ない。現状追撃はないし、自衛隊の言うことに従うしかないか」


 ここで能力を使って無理やり抜けることはできたが、余計拗れて騒ぎになるのを嫌って辞めた。これだけの人数がいて誰も能力を使わないということは、先ほどまでと同じく楓と未来以外は能力が使えないと楓は考えた。


(問題はあの怪獣だが……こちらに来ていないと言うことはやはり敵側の何かだったのか?)


 疑問も心配もあったが、従うしかなく解放された頃には夏希の姿は完全に見失っていた。


「どうするか……この人数の中からまた探すか……いやだめだ。さっきまでと違って自衛隊や警察がかなり集まってる。この状態で能力なんて使ったらめんどくさいことになって余計合流が遅れる……!」


 仕方ないと意気消沈した様子で家に向かう。


(この時間、誰かいるかな……)


 自衛隊に頼めば送ってくれるようだったが、人が並んでいて時間がかかりそうだから辞めた。電車も人でとんでもないことになっていたのでタクシーを待つことにする。待つこと三十分。タクシーが到着する。

 運転手が事件がどーたら桃源教がこーたら言っていたが楓はそれどころではなかったため無視した。

 二時間半後、自宅に到着したがもちろんお金を持っていないため、家に取りにいく間、家の前で待っていてもらう。


 楓の家は山の麓に立った木造二階建て、6SLDKの建物である。


 家の扉を開け、玄関で叫ぶ。


「ただいまー誰かいるー?」


「お帰りー」


 楓の呼びかけにリビングから優しそうな女性の声が聞こえる。その直後、ドタドタという音と共に焦った様子で女性が玄関にやってきた。


「楓!!?」


「やあ、絢麗あうらさん。ただいま」


 彼女の名前は小檜山こひやま絢麗あうら。神咲家の執事である。


 執事といっても正式にどこかの会社に属しているわけではなく、楓の父親が絢麗と友人でそのよしみで神咲家でお手伝いをしている。そのため、服装はルームウェアのニットワンピースを着ており、髪型は黒髪のミディアムレイヤーだが、整えておらず毛先がバラバラになっいる。

 年齢は30歳。20歳のころから神咲家で執事をしていて、神咲家の子どもたちにとっては、生まれた時から家にいるため家族の一員という認識である。


 その絢麗が今、口をあうあうさせて驚いている。


「絢麗さん?だいじょ……」


「どこ行ってたのバカあああ!!!!」


 楓が言い切る前に楓に抱きついてくる。先ほどより落ち着いた楓は絢麗の体の密着に多少動揺する。大人の女性の膨らみが楓の体に押し付けられる。――この人下着つけてないな。


「心配したんだからあ……」


「ああ……うん。ごめん……」


(絢麗さんこんなキャラだったっけ?)


 今日は泣きながら抱きつかれる日だなーなんてことを考えていたが、タクシーのことを思い出し絢麗に説明。すぐにお金をもらって払いに行った。約六万円。


(割とするな……)


 お金の価値を知らない中学生らしい感想を抱いたところでまた帰宅。絢麗がまた抱きついてこようとしたが必死で制止。なんとか先ほどの二の舞を阻止した。

 

 リビングに入り、奥にあるソファに腰を下ろす。


「他のみんなは?」


たたらはいつも通りどっか行ってる。紅羽くれはさんはちょうどお仕事で海外、なぎさ春華はるかちゃんは――」


「学校でしょ。今日平日だもんね」


「よく覚えてたね!今までも曜日のわかるとこにいたのかな?」


 絢麗がつくり笑顔でいう。下手な作り笑顔だけど昔に比べたら上手くなったな、なんて思う反面、こちらに気を遣ってくれているのがわかる。


(もっといろいろ聞かれると思ったけどめちゃくちゃ気使われてるな。そんなわかりやすいかな俺……)


 絢麗はまだ赤ちゃんのころから楓のことを知っている。楓の表情、態度からなにかショックなことがあったのはすぐに読み取れた。だからこそ質問したい気持ちをグッと抑え、無理に聞かず、楓の言葉を待っている。


「……じゃあ絢麗さん、俺行かなきゃいけないとこあるから……」


 楓が重い腰を上げるようにおもむろに立ち上がり、玄関に向かう。


「え!?嘘でしょ!?ちょっと!」


 絢麗がそれを追いかける。


「そんな急ぐことある!?まだなにも話せてないし何より――」


「ごめん絢麗さん。急ぎなんだ」


 絢麗は楓の目を見てなんとなくの事情を悟った。


「そうか……なら仕方ない。早く帰ってくるんだよ」


 作り笑いで送り届ける。それが絢麗にできる精一杯だった。


「うん。行ってきます」


 楓もそれを分かった上で玄関から足を一歩踏み出した。

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