煉獄の演者
野木千里
煉獄の演者
登場人物
旭 役者を目指している
光 旭の元に上京してきた
事務所の社長 旭光の所属する事務所の社長
男 ???
煉獄の演者
舞台設置は奥にカーテン、その奥にバスタブ、手前にテーブル、ソファ。テーブルの上に明かりがあると良い。
幕
テーブルの上の明かり、またはソファに腰かけて台本を持っている旭にサス。
旭 罪に決まっている、それは罪なのだ。おれの口に、あら、あらわにそれを言わせるな(慣れない様子で)
チャイムの音と共に舞台に明かり。
旭 どうぞ
光登場。手には大量の荷物。
光 遅くなってごめん、兄さん
旭 本当に遅かったな。(立ち上がり、光の荷物を手に取りながら。)電車遅れたのか?
光 うーん……。ああ、自分でできるったら、兄さん。
旭 重かっただろ、こんなに沢山。それに言ってくれたら迎えに行ったのに。
光 大げさだなぁ。そこまで荷物持ってもらったんだ、新之助に。覚えてる? で、そこのラーメン屋で食べてきた。
旭 ええ……一言言えよ。てか俺も呼べよな!
光 兄貴同伴はない。折角誘ってくれたのに最悪になる。
旭 光さん、お兄ちゃんはそんなに最悪ですか。
光 友達と飯食うのに邪魔する旭は NG
旭 口が悪い。
光 何も悪くないよ。ちょっと脚本読みすぎなんじゃない?兄上殿。
旭 ああ、そうだ。本読み手伝ってくれ。
光 いいねぇ! 兄さんなんの役貰ったの?
旭 それが貰ってないんだよなぁ。
光 なんだ。結局去年一つも貰えなかったんだ……。
旭 最初の一年はこんなもんだって社長も言ってたし! オーディションだってちゃんと受けに行ってるし、一つは貰えたし……。
光 ああ、連続殺人事件の死体役……。回想シーンセリフひとつで、顔は血糊で見えなかった……。皆で見たよ。
旭 皆で!?
光 母さんだけが、うちの子が天才すぎるって泣いてた。
旭 父さんは?
光 一年間の成果がこれか、って泣いてた。すごいよ、ある意味。全橋田家が泣いた。
旭 ……そうか、帰って来いとは言ってなかったか!
光 いや言ってた。
旭 なんだよぉ……俺だって頑張ってるんだよぉ……。エッ、光、よく東京来られたな。
光 え、言ってなかった? 事務所の人と相談して、高校通いながらオーディション受けてたんだ。映画のチョイ役とドラマのチョイ役と CM で後ろでいっぱい踊る人やる。
旭 チョイばっかだ!
光 チョイ一つの人に言われてもな。
旭 は?
光 は? 悔しかったらなんでもしろよバカ兄貴。
旭 はぁ? バイト先でもなんでもやってるけどな! ポテト揚げて、パティ焼いて、組み立てて、レジも接客も清掃もレジ締めも発注もぜーーーんぶ俺の仕事だけどな!
光 店長だ……
気まずい沈黙
光 ……本読みしようか。オーディションだよね?
旭 ……よろしく。じゃあここのオセローの台詞からやるから、光はデズデモーナやって。
光 えーっ、デズデモーナ?
旭 今本読みしようかって言っただろ?
光 そこのオセローしたい! この間養成所でやったからできる、誉められたんだ!
旭 えっ、オセローを?
光 うん
旭 お前が?
光 うらやましい?
旭 いや別に
光 じゃあいいじゃん。勉強勉強!
旭 えー……お前そんなことしてるんだ……
光 ……兄さんさ、人の役に口出す癖、本当にやめた方がいいよ。
旭 別にそんなことしてない
光 高校のときそれで退部したよね、演劇部。今でも自分が一番上手いと思ってるでしょ
旭 それは……
光 あの死体の役、本当はもっと台詞あったよね?
旭 (ガラリと不気味に表情を変える)マネージャーに聞いたのか!
光 死ぬほど下手くそだったって言ってんだよ! 自分の演技自分で見てないのか!
旭(自分の耳を塞いでヒステリックな様子)
光 ……はぁ、もういいよ。練習しよう。
旭 先に謝罪してほしい。屈辱的だった。
光 ……頑張ってるのにごめん。来年には二人で舞台立てるように頑張ろう。
旭 ああ! もちろん! じゃあデズデモーナよろしく
光 はいはい……
旭 じゃあいくよ……キュー!
F.O 暗転
光 そこにいるのは誰? オセロー様?・・・
ソファの上で旭が体育座りをしている。旭にサス。背景は夜の描写。虫や鳥の鳴き声。
旭 (携帯電話を見ている)……朗読会、出演決定……? アイツが……? 東京に来て一か月しか経ってないのに、どういう……あっ
旭、慌てて携帯を触り、耳に当てる。
旭 あ、マネージャー、夜分遅くにすみません。旭です。あの、光のことなんですけど。はい。マネージャーから見てどうですか。……えっ、外れるんですか? アイツそんなに仕事貰ってるんですか!? ……すいません。来週は三つオーディション入れてます。はい、あ、いえ、今度こそ合格できるようにします! ……朗読会の話、俺も欲しかったなぁ、って、ははは。へぇ、チョイしかしてないって言ってましたけど、ファン付き始めたんですか……は? 舞台で主演!? 監督から声かかったって……キャパは……(ほっとした様子で)ああ、いえ、いいですよね。小さめの箱。是非、勉強させてください。では。
(旭、再びソファの上で膝を抱える)
旭 アイツが俺より売れるなんてありえない。ありえない、ありえない……。
暗転
明転。
旭はソファの上で寝ている。光、下手から登場。手にはマグカップ。
光 おはよう、兄さん。もう9時だよー。ふわぁ。
旭 んー……朝か……すっかり寝てた
光 また本読み? ちゃんとベッドで寝ないと、オーディションで声でなくなるよ。
旭 光こそ。今日オーディションだって?
光 ああ、うん。
旭 あと何回?
光 二回。けど受かんなきゃなぁ……
旭 それか監督に気に入られるか?
光 分かってるじゃん、流石兄さん。今日は外で食べるから、夕飯一人で食べてて。
旭 太るぞ
光 太らない。夕方からダンスレッスンだから。
旭 ……舞台の?
光 うん。マネージャーから聞いたの?
旭 あ、ああ、まぁ。主演なんだって? 頑張れよ。
光 ありがとう、頑張る。兄さんは何時から?
旭 昼から。声出ししてから行く。
光 軽くファンデつけてから行った方がいいよ。くま出てる。
旭 貸してくれー
光 自分で買って。ニキビうつったらどうしてくれる!
旭 えっ、ニキビ?
光 うん。仏陀のごとくでっかいのが。
旭 なんたることだ! (ソファの後ろから大きな手鏡を取り出して)ああ、なんだこれ螺髪か!? ひどすぎる!
光 そんなところで寝るからだ、馬鹿兄貴。
旭 いつも肌荒れがなくて羨ましい……。
光 そりゃ努力してるから。顔、脂っぽいからさぁ、朝晩石鹸で洗って、化粧水、乳液して、枕カバーはできるだけ毎日洗濯、シーツも布団カバーも週に一回は洗濯してる。そのいつ洗ったか分からない汚い毛布で寝てる兄さんとは違うから。
旭 そんなにしてるの? いやー……すごいなぁ
光 これくらい当たり前。兄さんもやったほうがいいよ。
旭 そうか……。今度一緒に買いにいってくれない?
光 仕方ないなぁ……。まぁ、いいよ。
旭 よし、じゃあ次の休みよろしく! 行ってきます!
光 えっどこ行くの?
旭 ファンデーション買いにいってそのままオーディション行ってくる!
光 いってらっしゃーい。
旭、舞台上手に退場。
光(着信音)はい、もしもし。あっ、社長!
暗転。光にサス。舞台下手に社長登場。同じくサス。(もしくはスポットライト)
社長 やぁ、光くん。調子はどうだい?
光 絶好調です! ところで社長、今日のオーディションって……。
社長 ああ、安心して。今回のは形だけだから。一話だけの出演だけど、大事な役だからよろしく。
光 もしかして、このドラマ、旭も受けてますか?
社長 そうだね。本当は受けさせるのも迷ったんだけど、彼急に目敏くなったね? 君が朗読会するの、ホームページで見つけたみたいでさ。自分にももっと話が欲しいって言いだして。
光 えっ、旭がすいません……
社長 いいよいいよ。実力があれば今回がダメでも次回呼んでもらえるよ。君を原宿でスカウトしたときみたいにね。
社長のサスが消える。街の喧騒。
社長 ねぇ、ねぇちょっとそこの君。君いいね、芸能界とか興味ない?
光 えっ(社長の方を向く)
社長にサス(ジャケットを脱ぐなどして、服装に変化をもたせておく)
社長 うん、雰囲気がある。目もいいね。僕はこういうものだ。
光 (名刺を受け取りに社長のサスにはいる)えっ、こんな大手!?
社長 知っててくれるんだね、嬉しいよ。こういう世界興味あるの?
光 あります! 兄さんと一緒に毎日練習してて、あっ、部活は演劇をやってて、学生の間だけのつもりだったんですけど……
社長 まぁね、この業界は厳しいけど、ひたむきに何でもやれるなら、君なら挑戦する価値があるよ。
旭、空のサスに入り込む。
旭 すごいじゃないか、光! こんな大手に!
光 兄さん!
社長 そちらがお兄さんだったのか。
旭 はい。光の兄です。一緒に演劇をやっているんです。部長の俺から見ても上手いですよ。
社長 そうか。じゃあすぐにでも……
旭 いえ、そういうことなら、高校を卒業したらすぐに上京させますよ。……ほら、地元は東京から少し距離がありますから。でも、俺も高校を卒業したらすぐに東京へ行きます。
社長 ……(少し苛つく様子で)今回は光さんをお誘いをしているんだ。だから、
旭 いや良かった! 俺も近く受けるつもりだったんです! 兄弟で所属できるなら親も安心しますよ!
社長 そうかい。それは良かった。……じゃあ光さん、所属の話とかもしたいから、今度親御さんと一緒に事務所に来てくれるかな。もちろん無理にとは言わないけれど。
光 いえ、是非、来週の日曜日に父と伺います!
暗転
明転
旭がパソコンを見ている。耳にはイヤフォン。
光 ……あー……つっかれたー……
旭 おかえり
光 うわっ、兄さん! まだ起きてたの?
旭 随分遅かったな。駅前は本当に治安が良くないんだから、帰りは連絡してくれよ。心配するから。
光 ああ、マネージャーが送ってくれたから大丈夫。
旭 はは、羨ましいな。
光 そうそう、はい、チケット。あー貰うの苦労したなー! 次のオフはハンバーグ作ってよ(チケットを差し出しながら)
旭 仕方ないなぁ。体が資本だもんな。
光 へへ、ラッキー
旭 今日はどうする? もうすぐ舞台だししっかり食べたほうがいいだろ
光 んー、いい。ご馳走してもらったんだ。明日の朝食べていくよ。
旭 ご馳走? 誰に?
光 社長―。これ終わったら、めっちゃ大きい舞台のオーディションあるからって。てか何見てるの? あっ、これ見たかったやつ、事務所貸してくれたの? いいなー! これさぁ、主演よりもティボルトの演技がめちゃくちゃいいんだよなぁ……それで
旭 なぁ、めっちゃ大きい舞台のオーディションって何?
光 ごめん、今兄さんに話す内容じゃなかった。
旭 いや、いいよ。オーディションだろ。まさか社長から特別に持ってきてもらった話じゃないだろうし……な?
光 そ、そうだよ……?
旭 それに俺も小さいけど役貰えたんだ。また顔でないけどさ。デパートの屋上でやってる戦隊のレッド! あと、今度CMと舞台も受けるし、刑事ドラマの被疑者の役ももらったんだ。
光 ……すごいなぁ兄さんは! 役直接貰うなんて中々ないよ! 僕、今まで全部受けてたよ!
旭 おいおい、いい年してその一人称やめたほうがいいぞ。
光 はは、そうだね。でもさぁ
旭 あと、髪ももう少し伸ばしたほうがいい。子供っぽいよ。
光 えー兄さん古い! これ青山でスタイリングしてもらったんだけど。
旭 そんな高いところで?
光 もー。それもダメなんだ?
旭 あ、いや、ダメじゃないけど、青山で切ってもらったら高そうだなって……。
光 いいじゃん。自分で稼いでるんだし。それに家賃も稼いでる分出してるし。
旭 食費まで出してもらって、お兄ちゃんは情けない……
光 湿っぽいのなしなし! 仕方ない、練習しなきゃなんだしさ! その分家事してもらってるし!
旭 まぁ、髪はもう少し長い方が色々役貰えそうだけど。
光 確かに。時代劇とかも貰えそう。いっそ腰まで伸ばすか! ははは
旭 似合いそうだなぁ、
光 ははは、ザシューッ(殺陣)
旭 ぐ、ぐわー
光 ふっ、つまらぬものを切ってしまった
旭 ああ、晩御飯の材料も切ってくれたらなぁ……
光 ごめんって! 早く帰って来られたら手伝うから!
旭 いいよ。毎日稽古大変だろ? それに……
光 それに?
旭 ここだけの話、俺も社長にご馳走になるんだ、明日
光 いいじゃん! でもなんでまた?
旭 出来るだけ大きい仕事と一緒にお願いします!
光 ははは
旭 光ばっかり社長とか監督に誘われてるの正直めちゃくちゃ妬ましいです! 昨日も今日も多分明日も色んな偉い人とごはん食べてるの羨ましいです!
光 仕方ないじゃん、顔覚えてもらわないとなんだしさ
旭 でもなんかそれって……
光 それって?
旭 なんか、枕っぽいっていうか
光 枕ぁ? ナイナイ! いやパトロンさんって言われるなら、うん、分からないでもないけど、こんなの当たり前だよ!
旭 心配なんだって~!
光 心配性すぎー! こんなのただの営業だし、やましいことなんて本当にこれっぽっちもないし。
旭 一ミリも?
光 一ミリも。正直かなり恵まれてるとは思うけど。
旭 自慢か!
光 自慢だよ! 早くここまで来てよ兄貴!
旭 よーし待ってろ!
暗転
上手下手にそれぞれサス。上手は社長、下手は空
旭 (サスに入りながら)今日はありがとうございます、社長!
社長 おお、旭くん! 撮影お疲れ様。今日は沢山食べてくれ。
旭 ありがとうございます。
社長 えーと、この間二十歳になったんだよね。飲みやすいワインを出してもらおう。キミ、彼にはサングリア。私はムルソー。ああ、グラスでいい。……(暗転場所からグラス)さて、成人おめでとう。
旭 ありがとうございます! 社長直々にお祝いなんて、光栄です!
社長 それは良かった。……それで、ちょっと会って欲しい人がいるんだ。キミのことを気に入ってくれそうでね。
旭 それは……(嬉しそうに)
社長 そうだ、キミを支援したいと言ってくれている。なんでも、若い俳優を囲うのが今丁度流行っているみたいで、レッスン代やヘアメイク……あと化粧品なんかも買ってもらえるよ。もちろん当面の生活費も見てくれる。
旭 それって、光にもついてるんですか……?
社長 光? ああ、そりゃいるでしょ。
旭 俺に愛人を作れってことですか?
社長 愛人!? キミねぇ、 スポンサーになってくれる人だぞ? 失礼だとは思わないのか! 第一、そこまで求められるような人間なら、とっくにいい役が回って来てる! まずはそこまでの人間になれるように容姿を整えなさい! いつまで垢ぬけない高校生のつもりだ!
旭 失礼すぎます!
社長 失礼なのはキミだよ。役者は体が資本、容姿だって売り物なんだ。それが分からずよく所属していられるね。
旭 でも俺は歌も踊りも何でも……
社長 あのねぇ、そんなの出来て当たり前だよ。一晩あげるからじっくり考えなさい。このことは黙っておいてあげるから。
旭 でも……
社長 来年契約打ち切りもあるからね、今のままだと。
旭 ……はい
暗転
明転。光がソファに腰かけてパソコンを見ている。
旭 ただいま。……今日は早かったんだな。
光 おかえり。兄さんこそ。社長って若い子がおいしいもの食べて喜んでるの見るの好きなんだって。でも太ったらマネージャーに怒られるし、兄さんも明日はジム行った方がいいよ~
旭 ……なぁ
光 あ、ごめん。もうすぐ見終わるから貸してて。
旭 それはいいけど。……なぁ、光。
光 うん?
旭 パトロンって、ついててもらったことある?
光 うん、今でも舞台見に来てくれてるよ。ファンクラブの会長もお願いしようと思ってる。
旭 ……恥ずかしくないのか
光 恥ずかしいわけない。自分のことを気に入って応援してくれてるんだからさ。……そりゃね、奥様方の張り合いのタネになるのはちょっと抵抗あったけど。有り難い話だよ。そんなのしてもらえなくてお金なくてやめる人がほとんどだから。
旭 ……そうか。
光 もう今日は寝なよ。ひどい顔してる。
旭 何見てるんだ?
光 へへ、ハムレット。
旭 いいなぁ、俺もやりたいよ。
光 わかる、やりたい。
旭 再来年、公演あるって。オーディションも、もうすぐ。
光 うん、知ってる。
旭 社長が勧めてくれたんだって?
光 ……いやー! あんな大きい舞台受かるかな? だって、山田豆太郎とか、高坂ミサキとか、他にもすごいメンバーが受けるんだって! そんなのさ、……そんなの覆面オーディションでも受かる気がしないよ
旭 弱気だな! 新進気鋭の若手だって、かなり見込まれてる癖に!
光 兄さんだって、パトロンつくってことはもう同じだよ!
旭 ……
光 兄さん?
旭 ……いや、何でもない。それより続き再生して。俺も見る。
光 うん。分かった。
二人でパソコンを見る。
ライトで夜→明け方を描写。
光 ……あー名作だー! 最高傑作! やっぱりいいよなぁ……兄さん?
旭 ……(寝ている)
光 ……兄さん?
旭 はっ
光 どこから寝てた?
旭 いるのか、いないのか……それが問題だ……
光 えーっ! 寝るの早すぎ! もっかい見よう!
旭 うっ勘弁してくれ……今日バイトなんだ……。光ももう寝ろ
光 ……そうする
光、下手にはける。
旭は寝ようとソファで毛布にくるまる。
不穏な BGM
苦しむ様子の旭
上手から男、下手から光が登場。
男 一体どのような悪魔に魅入られて、こうしたことを? 感情がなくても目があれ
ば、目は見えずとも、感情があれば、目や手がなくても、耳があれば、いえ、何もなくても審議をかぎ分ける鼻さえあれば、たとえ狂っていようとも、この心のひとかけらでも残っていれば、このようなバカげたまねができるわけがないのだ!
光 ああ、お願い、もう何も言わないで。その言葉で、私の心の奥底を覗き見る思いは汚れきり、いくら洗っても落ちない
男 落ちるものか。かくなるうえは、ここで
光 だまって! もう許して! お願いだから、もう何も言わないで
男・光 お前は道化の衣装を着こんだ王
旭を見る二人
旭 やめろ! やめてくれ!
光 あら、あの子、あたくしの後ろ盾はいらないと?
男 もうしわけない、もうしわけない。折角、彼の舞台が見たいと言ってくださったのに
光 いいのよ。元々そちらからいただいたお話ですから。
男 困っているんです、本当に! ウチの俳優の兄弟というだけで、マネージャーに話をせびる始末! 実力がないのに大きな役ばかり受けて、演技は大げさな大根ですよ。……せめて一度だけでも日の目を見せて、契約終了したいんですよ。
光 あら不思議なことを仰るのね。それなら早く終わらせればよろしいのではなくて?
男 あの調子だと東京に当分居座るでしょうから、困っているんです。
光 なるほど。じゃあこういうのはどうかしら……
旭 うう、やめろ……
耳打ちをする二人
旭 やめてくれーー!!
不穏な BGMCO
暗転
明転。光、男は退場
旭、泣きながら蹲る
光、下手から登場
光 兄さん!? 大丈夫?
旭 うう……ううう……
光 兄さん! 兄さん!
旭 俺だって……
光 兄さん?
旭 俺だって頑張ってるんだよぉーーーーー!!
旭、ひらりと起き上がり、光の首を絞める。
光 ぐっ
旭 俺だってでかい仕事が欲しいんだ! もう三年やってきたんだ! なんでお前ばっかり仕事が入る! なんでお前ばっかり受かる!? お前なんて、運が良かっただけだ! 俺は部長だったんだぞ! 何回も主役をやったんだ、お前はいつも主役じゃなかった! そうだ! 俺は天才だっ!!
光 兄さん、兄さんやめろ……やめてくれ……
旭 俺はお前みたいに汚い手は使わない! お前なんか風俗嬢と一緒だ! 枕をして仕事を貰ってるんだ! おお汚いやつだ!そんな奴が同じ部屋にいると思ったらぞっとするね! 一体どうやって仕事を貰ってるんだ!? 天才の俺にどうすればあのわからずやどもが仕事を持ってくる!?
光 ……練習、しなよ
旭を押しのけ、光が起き上がる。旭は絞め殺そうとするが、光に力負けし、ソファから落とされる
光 毎日毎日、練習するしかない。兄さん。色んな人が兄さんを気をかけてくれていることを知って、感謝して、芝居に向き合え。天才なんて有り難いもの、自分たちに簡単に与えられてると思うな。(旭は何度も光に襲い掛かるが、殴られて茫然と光を見上げる)……頭おかしくなる暇があるなら、真面目に芝居しろ馬鹿兄貴!
旭、地面に伏して泣きだす。
光は気にも留めない様子で、大きな荷物を持ってそのまま上手へ。
旭はふらりと下手へ向かい、絶叫。
暗転
上手サスに社長、下手サスに旭
社長 チャンスをあげよう
旭 チャンス……
社長 再来年公演のハムレットのオーディションを受けなさい。オーディションは年明け。どの役にも合格できなければ、君は地元に帰る。光くんはウチで責任をもって部屋を探す。
旭 ……地元に、帰らないといけない……?
社長 ご両親とも相談したんだ。その方が君にもいいだろう?
旭 ……いえ、俺は、芝居がしたい
社長 では合格しなさい。
旭 でもどうやって?
社長 どうって……もう申し込んだ。嫌なら当日来なければいい。それだけだよ
旭 どうやって……皆伝手があるんだ……俺だけ受からない……俺にだけ伝手がない……どうやって受かれば
社長、肩をすくめサスから出ていく
旭、練習を始めるが身が入らない様子
ゆっくり舞台全体に明かり
旭 ……そこにいるんだな(舞台上手から弟)憎たらしい……なんでアイツは役があって、俺にはない。ああ……舞台の真ん中で、喝采を浴びたい……あのときみたいに皆立ち上がって、俺に拍手するんだ……いい気分だ……最高の……
光が上手から入ってくる。(ここから、光は髪の長いかつらをつける)
光 ただいま
旭 おかえり。髪染めたのか、似合うよ
光 そうかな。あんまり似合わないと思うけど
旭 そんなことない、よく似合ってるよ
光 ……そう
旭 そうだ、お兄ちゃんも受けることにしたんだ、ハムレット
光 ……うん
旭 光はオフィーリアか?
光 違うよ
旭 王妃には若いだろ? うーん……あっもしかして道化も女性を使うのかな? どう、当たってた?
光 ……ううん、それも違うよ
旭 えーっどれだ?
光 内緒
旭 ……分かった。聞かないでおく。あっ、でも受かったらお兄ちゃんに一番に言うんだぞ!
光 兄さん
旭 うん?
光 受かったらさ、お祝いさせてよ
旭 いいのか?
光 うん。もちろん。
旭 成長したなぁ……
光 そうでもないよ。受かったらさ、また、二人でなんかしようよ。社長に許可もらってさ、ユーチューブに朗読の動画上げたり、踊ったり、また兄さんの演技が見たいな
旭 ……ごめんなぁ……俺はお前より長くやってるのに、ちっとも受からなくて……恥ずかしいよ
光 (おどけた様子で)本当だよ! いい加減受かって皆に兄さんを自慢させてよ! こんなに上手くて、こんなにすごいってさ!
旭 本当だな! 頑張るよ!
光 うん!
二人で過ごす様子。ごはんを食べたり、練習を光が見たりしている。
男はふらりと舞台上手から現れては下手に戻ったり、慌ただしい様子。
背景は朝晩、朝晩、と分かるようにホリ色を変えたり、舞台を薄暗くして時間の経過を表現する。
昼
旭 あんまりか?
光 うん
旭 どこがダメだった?
光 どこって言われると言いにくいんだけどさ……ハムレットってこんなんじゃない気がする……
旭 そうなのか?
光 うん……なんか、新しいんじゃなくて、変
旭 変かぁ!
光 ……ごめん兄さん、そろそろ
旭 ああ、仕事の時間だよな! いってらっしゃい。遅くなるなら迎えにいくから
光 (食い気味に)いい! マネージャーに車出してもらうから!
旭 ごめんって、いってらっしゃい
光、上手にはける
旭、練習を続ける
夜
光が上手から帰ってくるが、旭は気づかず、苛つきながら練習をしている。
光 兄さん、兄さん
旭 ……あっ、おかえり……
光 兄さん、根詰めすぎだ。部屋で寝てきたほうが良い。
旭 ……いや、まだ
光 本読みばっかりが練習じゃないよ。一晩ゆっくり寝て、また明日やろう
旭 お前……どこに行ってた
光 ……しごと
旭 どうだか!
光 そんなに言うなら生活費一万でも入れてくれる?
旭 それは……
光 文句ないなら寝た寝た! なんか臭いけどまた明日シャワー浴びればいいよ!
旭、しぶしぶ下手へ
光、台本を拾い目を通し、鼻で笑う。携帯電話の着信音。
光 もしもし? あ、マネージャー! 今日もありがとうございました! え、明日? 全然大丈夫ですよ! 花岡さんも来てくれるんですか? 嬉しいです! いやー……兄ですよね……? うーん、見込ないですね! 演技がいつになっても高校生のまま! 本当に養成所いったんですか、あれで。……はは、やっぱり。部活の時も人の演技ひとつも見ないで、自分の演技も全然見返さずやってましたから。てかもうオーディション近いのにまだ本手放さないとか、もう無理ですから! ……マネージャー、もし僕がああなったら、ちゃんと怒ってくださいね。はい、では。
下手に旭がひそんでいるが、気づかずに光下手へ
旭 俺はできる……俺は天才だ……俺は……
暗転
明転。
旭は台本を持たずに演技をしている。
旭 母上、何もお見えにならないのですか? ほら、あそこに……
カーテンの裏に人影
旭 ではあの声も聞こえなかったと?ほら、あそこを、向こうへ! そっと影のように!おお、出ていく、戸口の……
旭、カーテンの裏の影に気づく
旭 おお! 見えるぞ! 父の影が! 俺は、俺は……!
旭、カーテンに駆け寄り、思い切り開く
バスタブの中に立つ光。
旭 またお前か! いつも俺の邪魔ばかりして! お前が俺の仕事を取ってるんだ、そうに違いない! ころしてやる……
旭、ひらりと机の上にあるカッターナイフ、または果物ナイフを手に取り、光の元へ
光に刃物を突き立てる旭、倒れる光
旭 ははっ! まさか、と思ったか! まさかだ! はは、汚らしい娼婦風情が俺の妹? 笑わせるな! 俺には妹なんていない、俺は誰にも負けない、俺は、俺は!
客席の方に振り返り、両手を広げる旭
旭 天才だ!!!
旭の腹にはナイフが刺さっている。
旭 えっ
患部を見つめる旭。しばし茫然と虚空を眺め、背中から倒れ込む
間
下手から男。頭にはかつら。うつむいたままバスタブの前へ向かい、けたけたと笑いだす。そしてかつらを地面に落とし、客席を向く。
男 これじゃオフィーリアだ。花くらい手向けてあげるよ、兄さん。
暗転
明転
社長と男がソファに座っている。旭はカーテンの前、または後ろに立っている。
社長 今回は大変だったね。
男 ……いえ
社長 まさかオーディションの前日にあんなこと、さ。よく来てくれたよ。
男 いえ、その件については配慮いただいて……。おかげ様でお通夜にも間に合いました。
社長 でも、よく親御さんが良いと言ってくれたね。
男 頼む、父さん。ハムレットに出るのは兄さんとの約束だったんだ。天国への手向けにどうしても出たい。そう言ったら渋々許可してくれました。
社長 役者はこういう時辛いね。
男 そうですね。
社長 ともあれ、ハムレットへの大抜擢おめでとう、光くん。これで君も有望若手俳優にようやく名乗りをあげられるね。
男 ええ、これも皆さんのご尽力あってこそです。
社長 あんなことがあった後だ。部屋はいつ引き払う? もう少し良いところに部屋を取ってあげよう。
男 いえ
社長 いいの?
男 ええ、このままで。
社長 気味が悪いじゃない。やっぱり光くん、変わってるね。
男 ……兄貴に言わないといけないので。(旭を見て)煉獄で指をくわえて見ていろ、って。
社長 おお、怖い。罰が当たるよ。(そう言って立ち上がる)
男 大丈夫ですよ。行きましょう。
社長 いや、楽しみだね。名だたる俳優陣の中に君の名前が並ぶわけだ! あの日からどれだけ待ったか! それこそ、気が狂うほど長い時間だったよ!
(上手へはけながら)
男は社長を追って歩くが、途中で立ち止まって旭の方を見る。
社長は男を待つ。
社長 ……なにか、そこにいるかい?
男 いいえ
社長 そう
社長はける
男 いいえ、ただのねずみでしょう
男はける
旭、二人がはけた方を見ていたが、所在なさげにあちらこちらを眺めたあと、下手へはけていく
旭 このような光景は……戦場ならばまだしも、ここでは、はなはだ見苦しい……誰か、礼砲を打つよう……兵たちに命じてくれ……
スポットライト、机の上の台本を照らす。
幕
------------------------------
簡単な注釈(描写不足で理解出来ない場合はお許しください……)
光=男です
今流行のLGBTQではなく、性自認と身体的特徴の一致した弟です。
旭は登場の最初から狂っています。ご理解いただきたく存じます。
煉獄の演者 野木千里 @chill-co
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます