第4話 家庭訪問

 魔女だの魔術だのと怒涛の展開が押し寄せてきたのも昨日のこととなった木曜日、今日はクラスが違うせいか柚葉に絡まれることもなく平穏無事に放課後を迎えることができた。


 当然、俺はいつものように誰より早く教室を抜け出し家路を急いだのだけれど、昇降口を出たところで嫌な予感と共に背筋を一筋の冷や汗が伝った。

 恐る恐る背後を振り返ってみれば、校舎二階の窓からこちらを見下ろす柚葉と目が合ったのがはっきりとわかった。


「紬! 今日は放課後に三人で寄りたいところがあるから、勝手に帰ったら許さないわよ!」


 窓を開け放ち叫ぶ柚葉の声は俺はもちろん周囲にいる人間にも届き、辺りを行き交う生徒が俺と柚葉へ奇異の視線を注ぎ始める。


 柚葉はそんな周囲の反応などどこ吹く風といった様子でまるで気にしていないようだけれど、俺としては居心地が悪くて仕方ない。


 目立たず騒がずてきとうにやり過ごすのが集団の中で余計な時間や労力を使うことなく生活するための最適解だろうに、柚葉にはそんな俺のやり方を尊重する様子は皆無だ。


 いくら何でも自分が悪目立ちしていることに気づかないとは思えないし、あれたぶんわざとだな。


 もし柚葉を無視して帰ろうとすればまた周囲などお構いなしに叫びだすのは目に見えてるし、そうなれば余計な注目を集めたくない俺にとっては害しかない。

 まあ、本人とっては軽い戯れなのだろうけど、俺に対する牽制としては効果的だ。


「……ハア」


 無理やり帰るという選択肢も一瞬だけ脳裏をよぎったけれど、もしそんなことをすれば柚葉は間違いなく明日も同じことをする。


 同じ学校に通っている以上、彼女から逃げ切ることなど土台不可能だし、そんな無駄なことに労力を使うくらいなら大人しく付き合った方が賢明だろう。


 

 ◇



「家の人間に軽く紬と氷花の素性を調べさせたんだけど、あんたたち結構複雑な関係なのね。面白そうだから、今から父親に付き合い始めたって嘘の報告してみない?」

「するわけないだろ。というか、昨日の今日で何でそんなことまで知ってんだ。こえーよ」


 理由も告げずに俺と水無瀬を強制連行してきた柚葉が、我が家も軒を連ねる見慣れた住宅街の一角を歩きながら微妙に笑えない冗談を口にする。


 母さんならそんな報告をされても笑い飛ばして終わりだろうけど、あの人の場合良くも悪くも真面目だからたぶん信じるぞ。


「そう? 残念。けど、いいわ! それよりも、問題なのは紬の血筋ね。魔女の素質は血に依る部分が大きいから、大抵の魔女は先祖に魔女がいるものなんだけど。母方の曾祖母が魔女の系譜だと確認できた氷花と違って、紬の方は素性を洗ってた使用人が1日分の記憶を消された状態で玄関先に転がってたそうよ。まったく、由々しき事態ね!」


 柚葉の語り口はどこか現状を面白がっているようで、あまり緊張感が伝わってこないけれど。


 言っている内容は魔女の才能に血筋が関係あるとか、俺以外にも他人の記憶をどうこうしてるやつがいるとか、初耳な上に聞き逃せない情報ばかりだ。


「待って。私が、魔女の血筋? ……その話が確かなら、私の親戚は魔女だらけのはずでしょう? けれど、私は童子君と出会うまで魔術なんて見たことないわ」


 怪訝そうな表情を浮かべる水無瀬は柚葉から突如としてもたらされた情報が信じきれないらしく、声音もどこか疑わし気だ。


 とはいえ、水無瀬の疑問はもっともだろう。

 魔女の血さえ引いていれば誰でも魔術が使えるというのなら、魔女は鼠算式に増えていくことになる。


 いくら何でも野放図に増えていく魔女の全てが存在を隠しきれるとは思えないし、世間一般に周知されていない以上は血を引いていることと魔術が使えることはイコールじゃない。


「でしょうね。血を引いていても、魔女としての才能に恵まれるとは限らないもの。そもそも、数世代に渡って魔女が生まれていない家だと魔術の継承が途絶えることも珍しくないし、才能があっても自覚しないまま一生を終える人間も多々いるわ。だから、普通は多少才能があったところで放っといても構わないんだけど」


 柚葉が言葉を区切ってから、俺に視線を向ける。


 柚葉の顔に浮かぶにやついた笑みはいたずらを思いついた子供のように無邪気で、そういう表情が自分に向けられているという事実はどうにもぞっとしないけれど。


 生憎と彼女には俺のお願いが通用しないようだし、どう思ったところで逃れる術はない。 


「稀に、無自覚に魔術を使えちゃう困った人間がいるの。そういう人間が魔術で余計な被害を出さないよう監督するのも、魔女の仕事よ!」


 最初に会ったとき似たようなことを言っていた気がするし、そうだろうとは思っていたけれど。

 やはり俺が柚葉に絡まれたのは学校の人間にお願いを繰り返しているうちにそれが彼女の知る所となり、魔女としてアウトだと判定されたかららしい。


 今さら言ってもせんないことだが、こんなことならバレないようにお願いの仕方をもう少し工夫しとくんだったな。

 

「と、ついたわね」


 俺が過去の自分について反省していると柚葉は見慣れた灰色の住宅を視界に収めながら独り言を漏らし、そのまま躊躇うことなく家の敷地へと足を踏み入れた。


「は? ついたって、ここ俺の家なんだが?」

「知ってるわよ。だから来たんじゃない。うちの使用人が失敗したらかには、当主である私が直接あんたの血筋を確かめないとね」


 柚葉の人差し指がインターフォンを押し込み、辺りには聞き慣れた電子音が響く。


 この際、柚葉が俺の家の住所を知っていた件については深く突っ込まないけれど。

 家の中から響いてきた人の動く音を聞くと、途端に気が重くなってきた。


 うちの母親は何も言わずにふらっといなくなっては三日くらい帰ってこない自由奔放を絵に描いたような人間なので、普段は家を空けていることも珍しくはないのだけれど。

 間の悪いことに、今日はどこにも出かけず家にいたらしい。


 これは良くない。

 非常に良くない。


 母さんの性格を考えると、水無瀬と柚葉を会わせれば絶対に面倒なことになる。


「わかった。俺の血縁関係でよければその辺のファミレスで幾らでも話してやるから、家に寄るのはやめ――」


 俺の訴えも虚しく我が家の扉は開き、中から真っ白な髪を腰まで伸ばした非常に目立つ容姿の女が姿を現す。

 

 ……最悪だ。


「紬、おかえりー。それで、そっちの女の子たちは? どうせ、友達ってわけじゃないんでしょ?」


 家の中から現れた我が母、童子楓どうじかえでは俺たち三人を順に見回すと皮肉気でムカつく薄笑いを作ってみせた。

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魔女たちの青春ラブコメにはまだ遠い @ts10

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