推し

とてぬ

推し

 俺の視界の真ん中で彼女は熱心にペンライトを振っていた。

 彼女はアイドルグループ「カリッとろりんず」の熱狂的大ファンで。


 俺の推しだ。


「カリッとろりんず」略して「カリとろ」を応援する彼女を知ったのは半年前。

「テルもカリとろのライブ行こうよ。すごいんだ。絶対ハマるよ」

 カリとろファンの友達、西村に無理やりライブに連れて行かれたときのことだった。

 正直、アイドルなんて興味ないし、しかもマイナーないわゆる地下アイドルの部類。

 全く期待していなかった。

 そして案の定だった。

 歌は普通。踊りも普通。メンバー全員普通。

 つまり、俺には刺さらなかった。

 しかし、出会った。


 会場となるライヴハウスには思っていたよりも人がいた。西村いわく、ざっと200人くらいはいるらしい。これだけの人たちが彼女たちを応援しているのだと知って素直に驚いた。

 ライブ中、観客たちはおもいおもいに自分の「推し」を応援していた。

 隣の西村はメンバー4人のうちわを器用に両手で持ちながら掛け声を叫んでいた。

「箱推し」らしい。お金と時間と体力がいるらしい。

 きっと西村はファンランキング上位のほうだと思う。

 西村は一年前から動画配信サイトをきっかけにカリとろを知ったらしく、「あの日、ぼくの人生は動きだしたんだ」と鼻息荒く言い放ち、高校の昼休みの時間を最大限使ってカリとろについて語っていた。

 うざかった。

 が、少し羨ましかった。

 俺は昔から何かに熱中したことがない。

 かなりの飽き性でひとつのことに情熱と時間を捧げれるタイプじゃない。

 だから余計に西村が俺の眼には幸せそうに映る。

 だが、その西村も超える愛の波動が脊髄を走った。

 舞台側の最前列。俺の視界に飛び込んできたのは、まだ中学生くらいの女の子だ。

 低い背丈、小さな体にもかかわらず、とてつもない存在感を放っていた。

 全身から愛が漏れていた。

 その小柄な身から滾る熱を愛に変換するようにペンライトを大きく上下に動かしてる。

 間違いなく、この場にいる誰よりも熱い何かを感じとった。

 それは圧倒的熱量で迸る愛の激情。

 半端な空気を切り裂く苛烈な情念。

 彼女がいるだけで会場の熱気が倍以上に膨れあがり、クライマックスに近づいてくほどに盛りあがっていく。

 同時に心臓の鼓動も高まっていくのを感じた。


 ――本物だ。


 総毛立つほどの感動を覚えた。

 そして激しく嫉妬した。

 ここまで熱くなれる何かを欲しくなった。


 その日から、俺はいろんなことに挑戦したり、いろんな人を見たり、いろんなモノに触れるようになった。

 際限なく燃え続ける魂の在処を探し求めた。

 しかし、見つからなかった。

 何を試しても、誰を見ても。

 名前すら知らない彼女以上に俺の心に刻み込まれたモノはなかった。

 ゆえに理解した。


 彼女こそが俺の魂を突き動かす、最高で、最強の――


 俺の「推し」なのだと。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推し とてぬ @asatyazuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ