誤解をされやすい天海さんは、実は超絶可愛くて家庭的なヒロインです

「なあなあ。天海の体買ったって本当なのか?」


 教室に入り込んだ生徒が一人の男子生徒へと聞いてくる。

 誰から見てもデリカシーのない発言としか思えない。しかし、それを分かっていながらもほとんどの生徒は聞き耳を立てていた。



「やめなよ」

「まあまあ、分かってるって。このナリして女買うとは俺も思ってねえしよ」


 一人の女子生徒が声を掛けるも、吐き出した言葉が口の中へと戻る事はない。



 最初に声を掛けられた男子生徒はじっと、窓際に座っている女子生徒を見つめていた。



 の女子生徒。彼女は席に座ってじっと俯いていた。

 その顔は非常に整っているものの、目立つ風貌ではない。



 ――ごめんなさい



 その言葉は小さく、しかし彼の耳にはハッキリと届いていた。


 彼女の頬を一粒の雫が滴り落ちる。


 ――私が、関わってなければ


 彼女の言葉を聞いて彼の全身の毛は逆立つ。溶岩のようなものが胸中でぐつぐつと煮えたぎり……今にも噴火しそうであった。



「んで? どうなの? 買ったの?」

「……ッ、あんたねぇ!」

はざまさん。怒るのは分かるけど、ここは任せて欲しい」

「でも、ルカ! 柊香とうかはそんな人じゃない!」

「分かってる」



『ルカ』と呼ばれた生徒は小さく息を吐いた。一つの感情が押し留められた息を。



 彼は知っていた。彼女のが全くのデタラメである事を。


 彼女は少し不器用で人と話すのが苦手なだけで……噂を広めたのが一人の女子生徒だという事も分かっている。


 噂を広めた理由は、その女子生徒の恋人が彼女の容姿に惚れて告白したから。

 ……広がる噂を口下手な彼女は止める事が出来なかった。



 その頃から彼女と仲が良ければと彼が思っても、既に遅い。その事も分かっていながら――



 彼は怒っていた。

 彼女へ不条理な噂を押し付けた生徒達と、自分に対して。


 頭の中では解決する方法を必死に模索していた。

 その時ふと、頭の中に一つの記憶がぎった。


 ――そうだ。これでは助けられたんだ。



「俺は――と付き合っている」


 


 彼がそう言った瞬間、先程まで騒がしかったクラスが静まり返る。


 同時に彼は、自分の中にあった……しかし、自分のものではない記憶に困惑する。それでも自分の行った事が『間違っていた』なんてつゆとも思っていなかった。



 教室の扉が開き、彼の思考は霧散した。凄く見覚えがある、三人の女子生徒が入ってきたからだ。



「お姉ちゃん!」

「とーかねぇ!」

「おねーちゃん!」


 一人はうっすらと髪が紫に染まった、とても綺麗な女子生徒。

 一人は鮮やかな太陽の色に似た明るい髪色をする、元気そうな可愛らしい女子生徒。

 最後に、二人目とは少し違う柚色の髪を伸ばした背の高い女子生徒。


 三つ子の三人は『ルカ』と呼ばれた男子生徒の一つ下の妹だ。その姿や愛嬌の良さから『三天使』などと呼ばれたりもする。


「ッ……さ、三人とも、なんで」

「行こう、お姉ちゃん。こんなの放っといてさ」

「そうだよ。とーかねぇが気に病む事ないし。全部全くのデタラメだからね」

「そーだよー。おねーちゃんはただ、おにーちゃんと付き合ってるだけなのにねー?」


 その言葉に彼女と彼は目を見開く。紫の髪をした少女は彼へと目を向けた。


「お兄ちゃん。お姉ちゃんの事は任せて。あそこでね」

「……分かった。お兄ちゃんはこの噂をどうにかしてから向かうから」


 ふう、と彼は息を吐いた。あの子達はこの言葉を待ってたんだ、と。


 だけど、可愛い妹の前で言ってしまったからには仕方がない。



「――という事だから。二度と俺の前でそんな不快な噂を広めるのはやめてくれるかな」


 彼は聞いてきた生徒ではなく――一人の女子生徒を見てそう言った。



「もしこれでも広まるようなら、こっちも手段は選ばないよ」


 彼は妹と話す時とは違い、怒りを滲ませた――をクラス全体へと向けた。


 同時に揺れたに、クラスの生徒達は釘付けとなる。



 それを見届けて、彼は教室から出ていく。その際彼はぽつりと小さく呟いた。





「……今回は前と反対だったね、とーや」



 扉の周りに集まっていた生徒達は誰もその言葉を理解する事が出来なかったとか。










 誤解をされやすい天海さんは、実は超絶可愛くて家庭的なヒロインです<完結>

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