お墓参り

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ああ。大丈夫だよ、紫苑」


 車から降りてすぐに紫苑が声をかけてくれた。本当に優しい子である。



「ミア、大丈夫そうか?」

「ん、大丈夫。ずっと楽しそうだよ」


 ミアの腕の中で、言葉通り鈴は楽しそうに笑っている。それを見て俺はホッと息をついた。



 二ヶ月前にすずは産まれた。元気な女の子であった。


 それはもう、とても元気な女の子だ。

 よく泣いて、よく笑う。そしてとても人懐っこい。俺が抱っこしても、紫苑達が抱っこしても泣いたりしない。にこにことした笑顔がとても可愛らしいのだ。



「鈴ー? 今日も可愛いねー?」


 紫苑達が一度だけほっぺたをつっつくと、鈴はとても楽しそうに笑う。三人と一緒なら……みんなと一緒なら、きっとまっすぐ育つだろう。


「さあ、行こうか」

「はーい!」

「はい!」

「はーいー!」


 元気よく返事をする三人。そしてお母さん達とミアと一緒に俺達は目的地へと歩き始めた。



 紫苑と茜、柚のお父さん。そして、ミアのお父さんと――ミアを産んだお母さんの眠る場所へと。


 ◆◆◆


「よし、掃除終わりだ」

「ありがと、とーや……じゃなくてパパ」

「どういたしまして。ミ……ママ」


 鈴が産まれてから、俺とミアはお互いの呼び方を変えた。


 お父さんお母さん呼びでも良かったのだが……『娘にパパって呼ばれてみたくない?』と聞かれてこちらの呼び方に切り替えた。

 呼ばれたい。呼ばれてみたい。いや、『お父さん』とも呼ばれてみたいが。


 とにかくそういう事で、鈴の前ではお互い呼び方を変えている。


 お墓の掃除を終え、お線香の用意をする。


 そして一人一人お線香をお供えし、祈りを始めた。



「子供、出来たんだよ。お父さん、お母さん。……生きてたら今頃おじいちゃんおばあちゃんだね」


 ミアはお墓参りをする時、言葉にして報告をする。初めて見た時はびっくりした。

 ――俺も同じだったから。


 今もそこで聞いているような気がして、つい言葉にしてしまうのだ。


 ただ、ここでの主役はミアと鈴である。ミアが報告を終え、目を開けた。



「私、すっごく幸せだよ。毎日ずっと、楽しくなり続けてる。でも、出来る事なら――」

「ぁ!」


 その時――鈴が声を上げた。泣いている訳ではない。


 どうしたのだろうと鈴を見ると、鈴は小さな手をぐっと伸ばしていた。


 ◆◇◆


 腕の中でもぞもぞと動く体と声に私は目を開けた。


「……鈴? どうかした?」

「ぁー!」


 鈴は私の腕の中から手を精一杯伸ばして――



 ぎゅっと、何かを握っていた。



 凄く見覚えがある反応だった。


 把握反射――赤ちゃんの手のひらの前に指を置くと、ぎゅっと握りしめるものだ。


 見間違えかと思った。だけどよく見ても、ただ手をぐーにしてるだけじゃない。何か――目に見えない何かを握っている。


 それに気づいたのと同時の事。



「ッ――」


 頭に何かが乗った。一つじゃなく、二つ。


 そして、その何かが頭の上で揺れる。それは凄く暖かく――懐かしいもので。




 ――私の愛しい子。ミア



 記憶の底で眠っていた、一つの思い出が蘇った。


 いつの、記憶? お母さんが亡くなったのは……私が生まれてすぐだから。……だめだ、頭回んない。


 全身から力が抜けてしまいそうだった。どうにか鈴だけは落っことしてしまわないように頑張る。


 けれど、膝をつきそうになった。


「ミア!」「お姉ちゃん!」


 隣でとーやと紫苑が支えてくれた。一瞬だけ頭に乗る感触がなくなるも、すぐにその重さは戻ってくる。


「ぁ、ごめ。力、抜けて……とーや、鈴お願い」

「ああ、分かった」


 どうにか鈴を抱えていたけど、限界が見えてきた。


 とーやが鈴を抱いてくれて、それと同時にまた――頭がその手に撫でられる。


「ぁ……」

「ぁ!」


 視界が滲み、すぐに頬を温かいものが伝った。



「おかあ、さん……おとう、さん」



 気がつくと、そう言葉にしてた。


 その言葉に応えるように、頭が撫でられる。何度も……何度も。




 ――いつまでも見守ってるよ

 ――ずっと傍に居るからね



 どこからかそんな言葉が聞こえてきて。


「うん!」


 あの頃のように私は笑ったのだった。


 ◆◇◆


「……不思議だったね」

「ああ。凄く不思議な体験だった」


 ミアのお墓参りでは凄く不思議な体験をした。

 幽霊とかそうしたスピリチュアルなものは……信じる方だったと思う。でもまさか、こんな体験を自分達がするとは思っていなかった。


 しかも、その場に居た全員、聞こえた言葉が異なっていた。


 俺には『――ありがとう』という言葉が聞こえた。優しそうな男性と女性の声だった。


 それから、ミアはたくさん話をして。俺達はそれを邪魔しないようにした。最後の方は俺達も話をしたが。……話というのもちょっとあれかな。一方的にこっちから話しかける感じだ。


 お義母さんも――涙を流しながら話していた。ミアを産んだ母親へ『ありがとう』と。その言葉にまたミアは微笑みながらも涙を流していた。


 その時の事を思い出していると、ミアが声を掛けてくる。


「来るよ。パパの所にも」

「……そうだと良いな」

「来るよー!」

「絶対!」

「楽しみー!」

「ぁー!」


 柚は既に会う気満々であった。鈴も楽しそうだ。


 俺も出来れば……と思いながらも。あまり期待をしすぎないようにしなければと、運転に集中したのだった。


 ◆◆◆


「お掃除終わりー!」

「ああ、ありがとう。紫苑、茜、柚」


 お墓の掃除は三人がしてくれた。お陰でピッカピカ……という言い方は正しくないか。定期的に掃除はしていたので、元々凄く汚れていた訳ではないし。


 それでも三人がやってくれると特別綺麗になったような気がする。



 そして、お線香はミアが用意をしてくれた。俺は鈴をだっこしているからだ。



 お線香を貰っていると、そわそわしている三人の姿が目に入った。凄く期待をしてくれているようだが……期待はしすぎない方が良い。


 それは何度も感じたから分かる事だ。



 夢の中に二人が出てくると、全部が悪い夢だったんだって勘違いをしてしまう。それも、夢を見る度に感じた事だ。

 ……ミアと出会ってからそういう夢も見なくなったんだけどな。


 それに、既に奇跡は一度起こっている。二度目を期待するのは強欲というものだ。



 ――ごめんね



 ふと聞こえてきた言葉。懐かしい声に全身に鳥肌がぶわりと立った。しかし、顔を上げても誰もいない。


 ……気のせい、か。


 ふうと小さく息を吐くと、ぺたりと頬を触られた。


「ありがとう、鈴」

「ぁー!」


 にこにこと人なつっこい笑顔を浮かべる鈴。とってもかわいらしい。


 そして、ミアからお線香を受け取ってお供えをする。



 次の瞬間――強い風が吹いた。



「ッ……」

「ぁ!」


 瞬きをした瞬間、その手は現れた。


 そこへと鈴は手を伸ばし、嬉しそうに笑う。透明な手は鈴の頭を優しく撫でていた。



 ――よく頑張ったね



 聞き覚えがある男性の声。小さい頃から何度も聞いてきた声。


 頭の上に乗せられる暖かい温もり。



 幻聴の時はこんなに暖かい声じゃなかった。

 幻覚はすぐに消えてくれた。


 この温もりは――夢の中でも感じられなかった。



「……お父さん。お母さん」


 思わずそう呟いていた。頭を撫でられて笑う鈴を見ながら。



 ――大きくなったね、柊弥

 ――良い子達と巡り会えたんだね


「うん。良い子達なんだ」


 ミアに、紫苑。茜に柚。彼女達が居たから俺は立ち直る事が出来た。

 そして、鈴。彼女が生まれてきてくれて本当に良かったと思う。


「俺はもう大丈夫だよ、お母さん。お父さん。……俺を産んでくれて、ありがとう。心の底から感謝してる」


 ずっと伝えたかった事を口にする。


「俺、今が一番幸せだよ」


 頬を熱いものが流れ落ちて、鈴の柔らかなほっぺたに垂れてしまう。



 ――ありがとう

 ――お母さん達も、柊弥が生まれてきてくれた事が一番の幸せだったよ



 聞こえてきた言葉にまた、色々なものが込み上げてくる。

 その時横から真っ白な指が伸びてきて、ミアが頬を拭ってくれた。俺と鈴の頬を。


「とーやのお母さん、お父さん。とーやを産んでくれてありがとうございます」


 俺の隣でミアが深々と頭を下げた。さらりと、その髪が小さく揺れる。


「これから先、もっといっぱいとーやも私も……鈴達も、みんな幸せになりますから。安心して見守っていてください」


 ――ありがとう、ミアちゃん

 ――ずっと見守ってる。四人でね


「……うん。ありがとう、お母さん。お父さん」


 滲む視界の中、自然と頬が緩む。緩んでしまう。



 懐かしい暖かさを前に。鈴を抱え直して笑う。


「ずっと思ってたんだ。皆に会って欲しかったって。だけど、鈴に、ミアに……紫苑に茜に柚に会ってくれたから。それに、お母さん達にも」


 後ろを見ると、お母さんがしゃがみこんで涙を流していて、お義母さんが背中を撫でてくれていて、茜と柚はじっとお墓を見て何かを祈っていた。


 紫苑は俺の隣に居てくれた。


「でも、また話をしに来るよ。鈴ももちろん、紫苑達の報告とか。……もしかしたら、そう遠くないうちに二人目が出来るかもしれないからさ」


 ミアとは話していた。出来る事なら、二人目や三人目も欲しいと。


 一度、大きく長く息を吐く。鈴はニコニコしながらお墓に伸ばした手をぶんぶんと……握手でもするかのように振っていた。


「ずっと見せ続けるよ。俺達が幸せな姿を。お父さんやお母さんみたいに、良い両親になる姿を。……でも、絶対に鈴を残して逝ったりはしないから。二人が俺に出来なかった分は、俺が鈴達にするよ」


 鈴を抱え直して、その顔を見て微笑む。



「見せよう、鈴。鈴がいっぱい楽しんでる姿」

「ぁ!」


 元気に返事をしてくれる鈴。ミアも隣で微笑み、近づいてきた。


「とーや」

「ミア」


 ミアが近づいてきて――唇が重ねられる。静かにそれを受け入ると、ミアの頬が緩んだ。


「とーやのおかーさんとおとーさんの前で手っ取り早く『幸せ』ってアピールするにはこれが一番かなって」

「……そう、だな」


 彼女と唇を重ねると、幸せな気持ちが膨れ上がってくる。

 隣で紫苑が後ろを向くと……二人も近づいてきて。


 紫苑と茜、柚が抱きついてきた。鈴が揺れたりしないように優しく。


「紫苑達もついてるからねー!」

「みんな一緒だと幸せ!」

「みんな幸せー!」

「ああ、そうだな。俺が立ち直れたのはミアと紫苑と茜、柚が居てくれて……お母さん達も居てくれたから」


 一回鈴をミアへと預けて、三人の頭をわしゃわしゃと撫でる。お母さん達ともハグをした。



「さて。それじゃそろそろ行くか」



 またミアから鈴を抱いて、お墓へ向かってそう告げる。


 いつまでもここに居る訳にはいかない。

 過去後ろではなく未来を見ないといけないから。



 だけど、最後にまた会う事が出来て良かった。この子に会わせられて。本当に良かった。



「……ああ、そうだ。最後に一つ。もう知ってるだろうし、話しただろうけど」



 後ろを向くと。二人の姿が目に入った。


「お母さん達にも凄くお世話になってるんだ。鈴からみるとおばあちゃんになるな。……おじいちゃんも居るんだ。だから、そこも心配しないで」


 今日は来てないけど。でも、良い人なんだ。俺はもちろん、みんなに良くしてくれる。


「それじゃあ今度こそ行くよ」

「また鈴が大きくなったり、三人が大きくなったり……二人目とか三人目が産まれたら報告しに来ます」


 ミアと一緒に告げる。三人は丁寧にぺこりと、お墓に向かってお辞儀をした。



「それじゃあ――さようなら。次に会う時はそっちで」

「土産話、たくさん用意しますね。来世ではみんな一緒になれますように」


 ミアと共に墓へと背を向ける。柔らかな風が頬を撫でた。



 ――風邪を引かないようにね

 ――頑張りすぎないように、ちゃんと休憩は取るのよ



 あの頃から変わらない心配性。俺ももう三十近いぞ。

 だけど、その言葉は嬉しくて。頬が緩んだ。



「ありがとう」



 小さく呟いた声に、嬉しそうに『さようなら』という声が返されたような気がした。










 誤解をされやすい天海さんは、実は超絶可愛くて家庭的なヒロインでした<完結>

――――――――――――――――――――――


 あとがき


 皐月です。ここまでお読み頂きありがとうございました。


 さて、柊弥君達の最後のお話となりました。お楽しみ頂けたのなら幸いです。



 最初はこのお話を書こうとは思っていませんでした。

 以前読者様からのコメントで『お墓まいりのお話が読んでみたい』とあった事を思い出し……そして、母の四十九日が少し前に終わりましたので、ふと書きたいなと思って筆をとる事となった訳です。


 少し話が逸れてしまいますが、私が作品を書く際に掲げているものとして『みんな幸せになって欲しい』というものがあります。

 作中で色々な問題は起こります(or既に起こった後)が、最後にはみんな幸せのハッピーエンドが良い、という事ですね。


 もちろん天海さんのお話はエピローグ時点で全員幸せになったと思っております。ただ、一つ思う事がありました。


 それは、『ミアちゃんと柊弥君と血が繋がった両親が鈴ちゃんと会えていない』になります。


 柊弥君もミアちゃんも前を向いております。ですが、二人とも心のどこかで『出来る事ならお母さんとお父さんにこの子に会って欲しかった』という思いがなかったかというと……当然、あっただろうなと。


 という事なので、二人の心の引っ掛かりを取り除く為にもこのお話を書きました。現実では大変な事が多い分、ここでくらいは全員が幸せになって欲しかったのです。



 二人は良いお母さんとお父さんになります。必ず。



 それでは、お話はこれくらいになります。

 ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。



 最後に、本当に最後のおまけを入れて本当の終わりにしようと思います。このお話とほぼ同時に更新されているはずです。


 それと、おまけの本編内で名前の意味が入れられなかったので先に述べておきます。

『ルカ』という名前は『Lucas』という名前から取っております。ギリシャ語で『光』や『光をもたらす者』という意味を持っていたとの事です。



 それでは、彼らのお話をお楽しみ頂けますと幸いです。

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