氷鮫 茉莉(ひさめ まり)
今際ヨモ
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「リュウグウノツカイが現れたってよ」
お爺ちゃんが今朝、散歩から帰ってくるなりそう言った。その時点で、私の胸の内で軽い諦めのようなものが鱗を翻した気がする。
私の町は、絵に描いたような田舎町だった。遠くに海が見える。夏になると海水浴の客がよく集まるような、この町といえば海の。海しか取り柄がないような。
そして、そういう田舎って、ちょっと変な因習があったりする。それがリュウグウノツカイの出現だ。
竜宮の遣い。その名前の通り、奴は竜宮城から遣わされた使者だ。本来深海魚なのに、希に潮の流れの影響なのか、それともただ馬鹿なだけなのか、浅瀬へと流れ着く。そうして町に住む選ばれた女の子を海へ連れて行って、海神様のお嫁さんにしちゃうのだ。
竜宮城と言うのだから、浦島太郎の御伽噺のように乙姫様がいて、帰り際に玉手箱を差し出してくるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。詳しいことは何も知らない。でも、確かにこの町ではリュウグウノツカイの出現と共に女の子が一人行方不明になって、帰ってきたとか帰ってこなかったなんて話がある。家出少女の話とリュウグウノツカイの出現を結びつけただけの、尾ひれがつきまくった噂話かもしれないし、本当に竜宮城へ連れて行かれてしまうのかもしれない。
街の大人たちは話をぼやかすだけで、はっきりとしたことは口にしない。確かに存在する何かを隠したがってるみたいに。
街の子どもたちは、漠然と竜宮城の話を信じたり、迷信と笑い飛ばした。特に男の子達は信じない子が多い。でも、女の子たちはなんとなくそれが本当の事だってわかっていた。し、リュウグウノツカイが連れていくであろう女の子のことも、あの子だろうって皆何となく理解していた。
セーラー服に腕を通して、朝食のパンをかじる。夏が過ぎたとはいえ、今日も暑くなるだろうから、日焼け止めをしっかり塗り込んで。
亀のキーホルダーがついた自転車の鍵を差し込み、スカートを翻して跨った。ペダルを漕ぐたびに、肌をベタついた海風がなぞっていった。
夏休み明けの文化祭。高校最後の演劇部の舞台で、主役にはあの子が選ばれた。
美しく剣を振るう、気高いお姫様のお話。見た目も美しく、誰よりも努力家で誰よりも華があって誰よりも劇を愛した女の子。部内のオーディションで私達は同じ役を演じて、隣に立つ彼女の圧倒的な表現力に、私は劣等感すら押しつぶされてただ胸が踊った。
彼女が選ばれたことに、負けた私すら異論はなかった。皆して歌方海月(うたかたみつく)を囃し立てる。
部内で作られた小さな喝采すら浴びられない。隣で困ったように笑う海月が、私に申し訳なさそうにごめんねを言う。奪われた声援と視線と主役。それを受けて、あの子は堂々と胸を張るでも無く、私に謝った。
最悪の女だ。主役を奪われるのはこれが一度目ではない。高校三年間、この歌方海月には欲しい役は奪われ続けた。その度、彼女は圧巻の演技で皆を黙らせた。そう、私さえも黙るしかなかったのだ。
そして、いつだって歌方海月は申し訳なさそうに私を見るのだ。選ばれた女の余裕か。まだ堂々と勝利を喜ぶ女だったら良かったのに。私は海月のその目が嫌い。大嫌いだった。
自転車置き場にお行儀よくチャリを並べて、鍵を引っこ抜く。付けた不細工な亀のキーホルダーと目が合った。これは海月が水族館に行ったときのお土産だ。全然可愛くなくて、センスを疑うが、どうしてか使い続けている。私のセンスも大概だ。
まだ生徒の姿が疎らだ。朝練に来る熱心な生徒ばかりではないし、そもそも部活に入ってない生徒だっているのだから当たり前だが。何となく、この人気の少ない校内の空気感が好きだった。普段の喧騒と打って変わってやけに静かで──と言っても、吹奏楽部が既に音出しをしているから、全く静かではないのだけど。こう、なんていうか、とにかく静かな感じがして好き。
下足箱のところまで行くと、私のロッカーの前で待つ人影が見えた。セミロングの色素が薄いストレートヘア。整った目鼻立ち。スカートからスラッと伸びた白い足。
「……海月」
「おはよ、茉莉ちゃん。朝練一緒に行こーよ」
海月は私の胸の内なんて勿論知らないから、いつも通りニコニコ笑っている。海月にとって、私はただのライバルなのだ。切磋琢磨する良き友達。私が抱えているプライドだの羨望だのは、海月にとっては存在すらしないもの。そうでなければ、のうのうと隣で笑うこいつが狂人になってしまうから、そういうことにしている。
「ねえ海月。今朝、うちのお爺ちゃんが言ってたよ。リュウグウノツカイが出たって」
「そうなんだ」
部室までの廊下を並んで歩く。リュウグウノツカイが出た。ということは、この町の女の子が誰かいなくなる。海月にはそれがわかっているのだろうか。
いや。きっと海月が連れて行かれるということ、海月だって理解しているはずだ。
澄ました横顔に、非日常への感情は窺えない。文化祭に向けて、台本の読み込みをしながら歩いているだけ。付箋の大量に貼り付けられたシワシワの台本。海月の手の中で、そいつはどこか誇らしげだ。
「……海月、行くんでしょう」
堪らず、問いかける。
私達はリュウグウノツカイの選ぶ女の子がわかっていた。どうしてか、とかの理由の説明は難しい。勘が告げる。この町で生まれ育った者として、その因習に関わる直感、みたいなものだ。他の言い方をするなら、悟りみたいなものが降りてきたような感じ。とにかく海月が近いうちにいなくなる。漠然とそれを私達、町の女の子は知っている。多分海月も。
海月が廊下の真ん中で足を止める。私も同じようにする。無駄に背の高い私と並ぶと、やけに小さな彼女。海月は見上げるように私を見つめていた。
「なにが?」
海月は首を傾げてみせる。髪が遅れて揺れる。それすらも絵になる女の子だ。私を見つめて微笑む海月。細められた瞳の黒さに、私が映っている。それだけで、その奥に潜むであろう感情は、私にはよくわからない。
「……なんでもない」
俯いて、そう返すことしかできなかった。
リュウグウノツカイに連れて行かれるなら、今、海月は何を感じている。何を思う。訊ねてみたかったけれど、何も言えない。海水が喉に支えて溺れるような居心地の悪さ。言葉を紡げないのは溺れているせいだから。架空の何かのせいにして、踏み出せない理由を作る。
早く行こ。海月は再び台本に視線を落とし、先に行ってしまう。慌てて早歩きをして、隣を歩いた。あとどれくらいの間、こうしていられるのだろうか。
授業を終え、午後の部活終え、あとは帰宅するだけ、という時のこと。海月はあのシワシワの台本を私に差し出してきた。
蒸した部室。他の部員たちが着替えたり荷物をまとめたりする喧騒の中。海月はさっさとセーラー服に着替えていて、それで、何も言わずに私を真っ直ぐ見つめていた。
「茉莉ちゃんに預けとく」
なんで? とは思ったが、渡されたら受け取るのが自然な動きだ。手に取った台本をパラパラと捲っていくと、マーカーで主役の名前が塗られている。台詞の合間に、丁寧な文字で演技のメモがびっしり。真面目な海月らしいな、と思った。
じゃあね。海月は私が台本を受け取ったのを満足気に眺めてから、ぱっと踵を返す。
「待ってよ海月。預けるって、どういう意味?」
「そのまんま。茉莉ちゃんが持っとくべきだと思ったから。……また明日ね、茉莉ちゃん」
「……うん。また明日」
振り向きもしないその背中に手を振った。
私はもうしばらく、海月の台本を捲っていた。細かな演技指導のメモ。見れば海月の努力は伝わってきた。表情一つ、指先の動き一つに至るまで研究しつくしたのだろう。
主人公の気高い姫を演じるために必要な要素を、海月は全て持っていた。だから今更、悔しさなんか無い。否、悔しさを抱く隙すら完封してくるのが、海月という女なのだ。
嫌な女だな、と思う。悪意が一つもないことも、海月が何も悪くないことも踏まえて、嫌な女なのだ。
部長に、部室の鍵を渡しておくから、戸締まりをするようにと声をかけられる。気が付くと、私は海月の台本に没頭していて、もう部室に残るのは私だけになっていた。
ああはい、と生返事をして受け取った鍵にはヒラメだかカレイだかよく覚えていないけれど、確か勝手に海月がつけたキーホルダーが結び付けられている。これもまたブサイクで、苛つく顔をしていた。
言いつけ通りに戸締まりを完了すると、再び海月の台本に視線を落とす。演技のメモは、これを読めば誰でも主役を演じられるくらい事細かに書き込まれていた。なんだか、親切すぎるくらいに。そういう違和感は、残念ながら勘違いとして流せるものではない。一番最後のページに、明らかに演技のメモとは関係のない一文が書き込まれていたから。嫌でも意図を理解する。
『きっと、茉莉ちゃんに任せることになるから』
思わず、台本を持つ指に力がこもる。既にしわくちゃの台本に、新しい折り目が付く。どうだって良かった。
やっぱり海月は、いなくなるつもりなんだ。
その日の夜、こっそりと家を抜け出して港へ向かった。そこにいるらしいというリュウグウノツカイを探すためだ。
黒い水面はゆらゆらと揺蕩っているばかりで、暗くてよくわからない。そうなるだろうと思っていたので、スマホの明かりで水面を照らす。
暗い波間に、確かにその不気味な魚は泳いでいた。銀色にたなびく胴が、乙姫の羽衣のよう。朱色の見事な背びれは、こんな田舎の港には不釣り合い。彼が異郷の来訪者であることをまざまざと見せつけてくる。この町の女の子を連れて行ってしまう使者。神秘と不気味を両立した深海の魚。
そして、リュウグウノツカイともう一つ目当てのものもすぐに来る。スマホのライトでこちらを照らして近づいてくる人影だ。スマホに私とお揃いの、不細工な亀のキーホルダーがついている。彼女は私に気付くと口を半開きにしてこちらを見た。
「こんばんは、海月」
「え。茉莉ちゃん? なんで」
海月は何故か夜にも関わらずセーラー服姿で、どうせもう夜だからと寝間着で来てしまった私がなんだか場違いに思える。実際に場違いなのだろうが。
「海月、あんたなんで制服なの」
「一番可愛い服を着ようと思ったんだけどほら、田舎者だから可愛い服なんて結局セーラー服くらいしかなくて」
「なるほど。門出だもんね。私もセーラー服でくればよかったか」
「茉莉ちゃんのパジャマ、可愛いから大丈夫だよ」
「そう? なら良かった」
本当はこんな会話、どうでもよくて、私達はもっと大切なことを互いに言わなければならない。海月は、ここにいる理由も、私達が今夜丁度会えた理由についても、あまり触れたくないらしい。口を噤んで、困ったように曖昧に笑っている。私が一番嫌いな表情だった。
「海月、やっぱり竜宮城に行くんだね」
だから代わりに話を切り出してやった。海月は一瞬悲しげに眉をひそめて、でも直ぐにさっきまでと同じ笑顔を浮かべる。
「うん。茉莉ちゃんは、もしかして見送りに来てくれたの? なら、最後に茉莉ちゃんの顔が見れてよかったよ。やっぱり、ちょっとだけ怖いからさ……」
「怖いのに行くんだ?」
「怖かったよ。でも、茉莉ちゃんのお陰でもう怖くない。だから行くの。劇の主人公は、茉莉ちゃんがやってくれればいいし、思い残すこともないよ」
決心に染まる、強い光を宿した瞳。月明かりとスマホのライトしかない中ですら、それらをスポットライトに見立てて主役級に輝く。その存在感がやはり忌々しい。これだけの光を宿しながら、役を押し付けてくる傲慢さも最低で、嫌な奴だと思った。
「ホントに海月は嫌な女だね。歌方海月。消えちゃいそうな名前してるやつが本当に消えちゃうなんて、めっちゃウケるじゃん。……笑えないけど」
海月は小さく笑った。私はそれを睨みつける。冗談じゃない。消えそうな奴が本当に消えるなんて、ちっとも面白くない。
私は海月に背を向けて、海面を照らす。リュウグウノツカイは、寡黙に私達を見つめていた。
「あのね、海月。私がここに来たのは見送りなんかじゃない。私達の間にそんな友情っぽいもの、無いからね。私はあんたのことずっと嫌いだったんだから」
背を向けたまま語る。嫌い。初めて言った。面と向かって言う勇気はなかった。もしも、海月が悲しい顔をしたら、どんな気持ちになるかわからないから。想像すらつかなくて怖かったから、顔が見れないのだ。
それに、どうせ別れる女に今の表情を見せたくなんてなかった。
その場に屈んで、コンクリートに手を突く。ざらついた表面から残暑の熱が伝わってきて、海面に近づいた事で潮の匂いが強くなる。
「ねえリュウグウノツカイ。私を選んでよ。私、いつもこいつに負けてきたの。何度も負けてきたの。いつも選ばれるのは海月なの。お嫁さん選びすらこいつが選ばれるなんて納得がいかない。私だって一度くらい、海月に勝ちたいよ」
だから選んでよ。私の声に重なるように、背後でえ、と息を呑むのが聞こえた。
「茉莉ちゃん、何言ってるの。駄目だよ。茉莉ちゃんが居なくなるなんて、わたし、わたし」
言葉を詰まらせる海月の声が、今は煩わしい。
少しの間、波の音だけが辺りを満たしていた。
リュウグウノツカイはズルリと頭をもたげて、波間から私をじっと見る。そうして、ぱく、と口を開いた。
「良い。お前を海神様の元へお連れしよう」
あ。リュウグウノツカイって喋るんだ。
ちょっとぎょっとしつつも、確かにリュウグウノツカイはそう言ったから。
私は、選ばれた。
やっと海月じゃなくて私が勝った。だけどその勝利は案外あっさりしていて、現実味がなくて、それで少しだけ痛みを伴った。
ようやく振り向いて、海月の顔を見る。信じられないものを見るような目で私の方を向く海月に、ざまあって思った。
「海月、残念だったね。選ばれない気持ちはどう?」
「嘘でしょ。茉莉ちゃん、行かないでよ。茉莉ちゃんが居なかったらわたし、舞台に上がる理由なんかないんだよ」
痛みと共に、それでも確かな優越感だった。ごめんねって笑うあんたが嫌いだった。リュウグウノツカイは選んでくれた。心の何処かでどうせと諦める日々にさようならが言える。
恐怖はなかった。足の先が浮くような高揚感に酔っていたのかもしれない。海月が顔を歪めている。泣くよりもずっと苦しそうな顔をしている。私のために悲しんでくれているのだろうか。だとしたら多少、気分が良い。
「氷鮫茉莉(ひさめまり)。消えた女の名前、覚えとけよ」
言いながら、地面を蹴った。重力に引き寄せられて、海の中に落ちる。飛沫と泡銭に包まれて、夜の海の暗さに溶けていくようだった。
「茉莉ちゃん!」
海月は声を上げて、コンクリートにしがみついた。スマホのライトで照らした海面は黒く揺れるだけ。もうそこに、リュウグウノツカイも氷鮫茉莉の影も、何処にもなかった。
◆
「あのね、わたしは茉莉ちゃんがいつも頑張ってる姿が大好きだったよ。わたし、茉莉ちゃんみたいになりたかったんだよ」
茉莉ちゃんは覚えていないかも知れないけれど、わたしは忘れない。
中学校の文化祭。まだ演劇なんて興味のなかった頃のわたしは、体育館で演劇部の発表があるから見に行こうと誘ってきた友達の声に、適当に頷いただけだった。
演目はサロメと言った。サロメという気の狂った女が、好きになった男、ヨカナーンにキスをしたくて生首を要求するとか、随分物騒な内容だった。趣味の悪い。
演劇部の紹介が書いてあるパンフレットを軽く流し見して、でもそれほどの興味を抱かなかった。友達は、なんだか好きな男子が出演するから見たかったのだと、イケメンなんだよ、と騒いでいたけれど。
ふうん、じゃあそのイケメンでも見ようか。そんな気分で幕の上がった舞台を眺めた。
でもその日、一番輝いていたのは友達の言うイケメンなんかじゃない。
翻るドレス。指の先まで隙のない、洗礼された動作。
中学生とは思えない、酷く大人びた表情だった。彼女の目は、ヨカナーンの生首を見ているようで見ていなくて、もっと遠くの、届かない何かを熱っぽい目で見遣るような。
サロメの視線が客席に浴びせられる。長い睫毛が、それこそ舞台の幕のように持ち上げられて、その狂おしい熱でこちらを見ていた。
「ヨカナーン、私、貴方に口づけをしたわ」
うっそりと笑う。嗤う。微笑う。サロメは凄く狂っている。だけど同じくらいに美しかった。愛に狂ってる女は美しい。これがただの中学生の演劇だと忘れるくらいに、時代も国も違う別の場所に住む美しい娘に、私は目を、心を奪われた。
どうか、この人の、ヨカナーンになれたなら。
そんな衝動に、体が震えた。
幕が下りて、カーテンコールが始まる。サロメはあのとき見せた狂気的な愛を脱ぎ捨てて、年相応の女の子として笑っていた。氷鮫茉莉として客席にお辞儀をした。
「すごく、いい演劇だったね」
見ようと誘ってきた友達よりも興奮気味に、わたしは口にしていた。
演劇って素晴らしい。いいな。わたしもあの、氷鮫茉莉の側に行きたい。もしも、彼女の隣であの世界を演じられたら、どれだけ素敵だろう。そういう日々を妄想するだけで胸が踊っていた。
──だから。
茉莉ちゃんの消えた海をただ、見つめていた。あなたのいない舞台に立ったって意味がない。わたしは茉莉ちゃんのようになりたくて、誰よりも側で茉莉ちゃんを見ていたくて、同じ世界へ行こうとした。茉莉ちゃんに置いてかれてしまわないよう、沢山努力したのだ。演技をすることそのものが好きだった訳じゃない。同じ舞台に立つために必要な努力だった。
リュウグウノツカイが出たと聞いたとき、何となくわたしが行かなくちゃいけないのだと理解した。それと同時に、もう茉莉ちゃんと一緒に演技ができないことを悟って、代役を考えなくちゃなと思って……。茉莉ちゃんの演じる主人公が一番よく似合いそうだと思ったから、台本を差し出した。
そうだ、台本。
「せめて台本返してから行ってよ! 茉莉ちゃんのばかぁ!」
叫んだら涙が出てきた。そのままうわああああんって、声を上げて泣く。明日、茉莉ちゃんのいない茉莉ちゃんの家に行って、台本を取りに行くこと。その虚しさを思うと堪らない気持ちになった。
茉莉ちゃんがなんのつもりでリュウグウノツカイについていったのか、茉莉ちゃんのいない演劇部でこれからどうするのかとか、分からないことがいっぱいある。
ボロボロ泣いていたら手元のスマホが目に写った。茉莉ちゃんとお揃いの亀のキーホルダー。私達はとことん趣味が合わなかった。私が可愛いと思ってプレゼントしたこいつを、不細工だって散々言っていた。文句は言うくせに自転車の鍵に亀のキーホルダーをつけていてくれたこと、わたしは知っている。
もういない彼女のことを考えるのが辛くなって、キーホルダーを力任せに引き千切る。
「茉莉ちゃんのばかぁ!」
助走をつけて振りかぶったら、少し肩が痛んだ。海の遠くの方で、ポチャンと、音が聞こえたような聞こえなかったような。波の音のほうが大きいから何もわからない。
黒い海は茉莉ちゃんとの思い出も、竜宮城へ連れて行ってくれるだろうか。
氷鮫 茉莉(ひさめ まり) 今際ヨモ @imawa_yomo
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