とんねるっ!
!~よたみてい書
いざ、襲来トンネルへ
「ねぇ、ほんとうにここ通るの?」
眼前にはまるで私たちを食べようと大きな口を開けているかのように、半円形の穴があった。
聖子も若干恐怖を感じているようで、硬い笑みを浮かべているけれど、どこか嬉々としているようにも感じられる。
「うん、ここ行くべきでしょ、絶対なにか出るって! インスタに投稿するネタできるって!」
※インスタ――“インスタリットル”というサービス名のソーシャルネットワーキングサービス、略してSNS
「たとえ出たとしても、そこまでしてネタ欲しくないよ!」
幽霊が出るという噂があるトンネル前にやってきました、といったような簡単なものでいい。
しかし彼女は幽霊と遭遇したネタを求めて襲来トンネルの中を進もうと言ってくる。
万が一、幽霊に出会ってしまったら世界に注目されるほどの特ダネを手に入れられるけど、きっとすさまじい恐怖体験を味わうだろうし、そもそも私たちが今後無事に生活できるか分からない。
呪いのような
そんな不安が身体の奥底から湧き上がり、トンネル内部に向かう足がとても重い。
「聖子が一人で行ってきて、私の分までネタを探してくるってのはダメかな?」
「加奈子は来てくれないの?」
「恐怖に負けちゃって、なかなか勇気が出なくて……」
「わたしが一人で怖い目に遭うのは平気なの?」
「そうじゃないけど……うーん」
周囲を確認してみると、夕暮れだった景色は薄暗いものに変化していて、路上に立っている外灯は既に点灯して周囲を照らし始めていた。
暗闇が外灯の明かりを強調させ、外灯の光が漆黒の空間を映し出す。
夜闇の上空からはしとしとと静かに雨が降っていて、大地と私たちを濡らそうとしている。
でも私と聖子は傘を持ってきているため、天気のいたずらに対抗する術を持っていた。
おかげで私たちの着ている衣服は家を出た時とほとんど変化がない。
といってもこんな暗闇の中では小さな変化、つまり雨に濡れてしまった箇所があっても気付くことはむずかしいと思う。
そして私たちの正面には、『襲来トンネル』と人々から噂されて名付けられたトンネルであり、心霊スポットが待ち構えている。
トンネルの高さは私と聖子の身長を合わせれば天井まで届くくらいはあり、軽自動車ならギリギリ二台横を通れるほどの幅があり、生身の人が歩いて行くには余裕があった。
反対側の出入口に立っている外灯が指でつまめると錯覚するほどに小さくなっているくらいに、トンネルの長さはある。
そのトンネル内部の電灯だけど、残念ながら故障しているのか、今立っている場所とさほど変わらないほどに暗闇に包まれていて、私たちのそばで灯りを照らしている外灯と反対側の出入り口付近の外灯が頼りだった。
こんな過酷な状況でインスタのネタを探すなんてイヤすぎる。
身体も正直に反応していて、小さく震えていた。
「せめて、外が明るい時間に入ろうよ。さすがに真っ暗すぎて、入る勇気がないよ。今日は諦めて、明日にしよう?」
「なにそんなにビビってんの? わたしも一緒に行くんだから、怖くないって。だいじょうぶだいじょうぶ」
一体何が大丈夫だというのだろうか。
聖子と一緒にいれば幽霊に襲われないわけでもないし。
聖子は嬉々としながら私の手を握って、トンネルの方へ引っ張っていく。
心地いい柔らかい感触と優しいぬくもりが手の平全体に感じる。
暗くなり、雨も降っていて外の気温が低いからか、聖子の体温が気持ちいい。
目の前のトンネルの出入口に私たちが飛び込んでいき、飲み込まれていく。
真っ暗な道を進むわけにもいかず、安全を確保するために私たちはスマートフォーンを取り出す。
スマートフォーンに備わっている照明を使って、私たちの目の前の景色を照らしていく。
しかしスマートフォーンの照明は心もとない。
懐中電灯と比べると圧倒的に照明力が足りてなく、今にも暗闇に包まれてしまいそうだ。
身体も危険を感じているのか、鼓動を早くして知らせている。
聖子は私と違って、怯えた様子を見せず、むしろ楽しそうな表情を浮かべていた。
「幽霊いるかな? 遭遇できるかな?」
「出てこないでほしいよ」
聖子の手を思わず強く握ってしまう。
恐怖に
でも、聖子の手を握っただけでは恐怖を払拭することはできず、心臓のドキドキは増すだけ。
心霊スポットにいる限り、安心するなんて無理かもしれない。
しかし平常心を保つために、彼女の温もりは必要だ。
聖子はからかうかのように笑ってきた。
「ん、どうしたの?」
「怖いよ……早く帰りたい」
「んー……ほら、壁見てみて! 落書きがされてるよ!」
聖子はスマートフォーンの僅かな照明で壁を照らしていく。
トンネル内部の壁には、まるで子供が描いたかのような不格好な絵、と呼べるかどうか怪しいマークのようなものが描かれている。
それも目の前の壁だけじゃなく、そこら中の壁に書かれているようだ。
「ほんとだ……。イタズラの場になってるのかな」
「イタズラしても幽霊に襲われてないよ! 襲われてたらそれこそ、その噂が広まるから」
「襲われたから、幽霊が出たって噂が広まったんじゃないの?」
「うーん、考えすぎだよー」
聖子はケタケタと笑いながら、私のそばから離れて周囲の壁を照らしまわっていく。
私の手から温もりがなくなっただけで、恐怖が体中に襲い掛かってきた。
トンネルの暗闇の中に、聖子のスマートフォーンの照明が
心霊現象ではないけど、聖子のその行動も十分に怖い。
そんな私の心情を知らないまま、聖子はぽつりと呟いた。
「イタズラ、ねぇ……」
「ほら、襲来トンネルの落書きが凄かったって、ネタが出来たでしょ。早く帰ろうよー」
自分の震えた声が反響してトンネル内に響き渡っていく。
その濁った自分の声を聞き終えると、突然トンネル内が少し暗くなった。
正確には、聖子の照明が消えたから、闇が強くなっている。
「え、どうしたの?」
心細そうな声が自分の耳に入ってくるのを受け入れながら、聖子の身を案じる。
スマートフォーンのバッテリーが切れてしまったのだろうか。
「ねえ、だいじょうぶ?」
自分のスマートフォーンの照明で周囲を照らして確認しようとするけど、光源が弱くて聖子を探し出すことが出来ない。
「ねえ、ちょっと、なにしてるの!? 返事してよ、もう! あかり付けてよ!」
まさか、幽霊が出たのだろうか。
聖子が幽霊に襲われて、声を出せない状況になっていたら大変だ。
早く見つけてトンネルから脱出しなければ。
少し早めた歩きでトンネルを数秒程歩いて行くと、「わっ!」と突然背後から大きな声が聞こえた来た。
それと同時に両肩が何かに掴まれて、予想してなかった展開に自分の身体が大きく震えあがってしまう。
一瞬で恐怖が体中に巡っていくけれど、悲鳴は出せなかった。
背後に居る何かを確認するために、すぐさま視線を後ろに向ける。
聖子はニタニタとしてやったり顔を作っていた。
「くくく、体ビクッとさせてたね。くく、なにその驚愕の表情は、こんなことで驚かないでよ」
やられた。
「もう、なんでこんなことするの、しんじられない!」
「いやー、加奈子の驚いてるところが見たくなっちゃって」
「こっちは幽霊に襲われたんじゃないかって心配してたのに、もう!」
「幽霊じゃなくてわたしだったんだから、許してよー」
「こんなところに私を一人にしないでよ」
身体が勝手に聖子に飛びついていき、両手で彼女の体を抱え込む。
手よりも柔らかい感触がお互いの胸部の間に挟まっていて、衣服越しの温もりを感じられた。
きっと不安に襲われていたため、
聖子に抱き着けば落ち着くと思ったのだろうけど、なぜかドキドキが強まっている気がする。
一体どうしたのだろうか。
聖子も苦笑しながら戸惑っていて、私の行動を理解できていない様子だった。
突然抱き着かれたら困るだろうな、と思ったら、すぐに身体を離す。
「もう、さっさと出るよ」
「友達に驚かされて気絶しちゃいました、ってネタができたね」
「そんなの投稿しないよ」
再び聖子と手を繋いでいく。
今度は自分から彼女の手を握っていった。
柔らかい感触が再び手の平に巡っていく。
スマートフォーンで前方を照らしながらトンネルを突き進んでいくと、
背後の入り口と正面の出入口の大きさがほとんど同じなのに気付いた。
どうやらいつのまにか半分くらいまで進めているようだった。
そして、出入口を目指している途中、トンネル脇に一体のマネキンが座っていた。
なぜこんな場所にマネキンなんかがあるのだろうか。
「え、なんでトンネルにマネキンが?」
「落書きした人が捨ててったのかな?」
妙にリアルな作り込みなマネキンに不気味さを感じる。
まるで作り物ではないマネキンに、恐怖を抱きながらも興味津々に私たちは眺めていく。
すると、マネキンも私たちの視線に反応してこちらを見つめてきた。
それはあってはならないことだ。
マネキンはこちらを見つめてくるなんてしない。
つまり目の前の、マネキンのようなものの正体は。
「きゃっ!?」
「きゃあっ!?」
私と聖子の澄んだ叫び声がトンネル内に反響していく。
幽霊は、「お嬢さんたち、こんな夜更けにどうしたんだい?」と穏やかそうな男性の声で話しかけてきた。
聖子は恐怖というよりも嬉しそうな声音を出していく。
「幽霊が喋った!?」
幽霊は一瞬なんのことか理解できず、呆けた顔を作った後つぶやく。
「俺は幽霊じゃないよ。ただのゴミだよ。社会のゴミ。あ、社会から見たら俺は幽霊かもしれないね、はっはっ」
汚れた衣服を纏った男性は、どこか元気がなさそうに笑い声をトンネルに響かせていった。
私たちのようにインスタのネタ探しをしてるわけでもないし、肝試しをしてるようには見えない。
むしろこのトンネルでくつろいでいるように見える。
その疑問を持ったのは私だけでなく、聖子が男性にぶつけた。
「おじさんは、ここでなにをしているんですか?」
「あ、俺? 雨宿りだよ。雨が降ってきたからトンネルの中に避難してきたわけ」
私は一瞬男性が何を言っているのか理解できなかった。
雨が降ったなら、自分の家に帰ればいいのに。
「えっ、自分の家にじゃなく、このトンネルにですか?」
聖子も私と同じ疑問を投げかけていく。
「そうそう、どうして家じゃなくてここを選んだんですか?」
男性はポリポリと頬を掻きながら、苦笑いを浮かべる。
「あー、うーん……まぁ、複雑な事情があるんだよ、はっはっ」
男性はそれだけ言うと、もう話を広げないで欲しそうな表情をして話題を終わらせた。
「逆に、こんな時間に女の子二人で何をしているんだい?」
「インスタリットルのネタさがしのためにやってきたんです」
聖子も私の問いに賛同して、頷いていく。
「そうです、なに投稿しようか悩んでいて」
男性はぽかんとした顔で私たちのことを見つめてくる。
まるで珍妙な物を眺めているような。
しかし何かをごまかすかのように、苦笑いをしていった。
インスタという単語を聞いて、頭の中に好奇心が湧いてくる。
この男性はもしかして襲来トンネルのことを何か知っているかもしれない。
「あの、すみません。私たちはこのトンネルに幽霊が出るって聞いてきたんですけど、なにかご存じないですか?」
聖子は肩をすくめて苦笑する。
「そうです、心霊スポットの襲来トンネルに来れば幽霊と出会えるかなーって来てみたんですけど」
男性は一瞬、「ははっ」と笑い声をあげた後、ニタニタしながら説明してくれた。
「このトンネル内で自ら命を絶った人が何人かいるという噂は聞いたことあるよ」
やはりこの襲来トンネルには幽霊が出るんだ。
そう思うと、身体が強く震えて、自然と聖子の手を強く握りしめていく。
聖子も怖いと感じているのか、私の手を握り返してきた。
男性は自信満々に説明を続ける。
「でも、今までその人たちの幽霊に遭遇なんてしたことなんてないなぁ」
彼が嘘をついていない限り、その言葉が意味することは私たちに安寧をもたらすものでもあり、目的を見失う複雑な言葉だ。
「それって、つまり……噂は噂でしかなくて、幽霊なんていないってことですか?」
「はっはっ、残念だったねー」
聖子はどこか不満そうに口を少し突き出す。
「えー、せっかくいいネタが手に入ると思ったのにー」
「俺が遭遇してないだけで、本当にいるかもしれないよ? 諦めないで、トンネル通ってたら出会えるかもね、はっはっ」
「そこまでして見つけたいわけじゃないですから」
今回でもう終わりにしたい。
今後、聖子にもう一度、襲来トンネルに行こうと誘われても、強く断ろう。
強い決意を抱いたら、男性に別れの挨拶を投げかける。
「ほら、このトンネルには幽霊いないかもしれないし、早く出よう。おじさんも風邪ひかないように気を付けてくださいね」
「えー、いつか遭遇しそうだけどなぁー」
男性は軽く手を上げながら私たちを見送ってくれた。
「ほい、お嬢さんたちも元気でね」
男性から襲来トンネルの情報を手に入れてから、不安は少し軽減されていて、足取りも早くなっていた。
そのおかげもあってか、比較的早く反対側の出入口まで到着できた。
「……はぁ、着いた、脱出!」
「幽霊いなかったねー、残念」
「いなくてよかったよ」
聖子は頭の後ろで手を組みながらトンネルの方に振り向く。
「まぁでも、良くも悪くも幽霊に遭遇しなかったことと、トンネルの壁が落書きされてイタズラのスポットになっていたことと、わたしに驚かされて本気でビビッたこと、トンネルで雨宿りしてた男性がいたこと、そして無事に襲来トンネルを踏破したって事実をインスタに投稿できるね」
「けっこう収穫あったね。複数にネタを分けてもいけそうだよ」
聖子はケラケラと小さく笑う。
「大収穫だね。最後に、襲来トンネルを背景に写真撮ってく?」
「うーん、心霊写真になりそうでイヤだなぁ」
「そしたらそれもネタにできるよ。世界中から注目が集まるよ」
「呪われる方がイヤだよ」
「まあまあ、そしたらお
聖子は私の腕を引っ張ると、身体も一緒に引っ張られていく。
勝手に動いた身体は聖子の体の横にぴったりとくっついていった。
聖子は傘をさしながらスマートフォーンを眼前に移動させていき、液晶画面を指で押していく。
「それじゃ、いくよー。さん、にー、いち……」
一瞬にして写真撮影が終わった。
私は一体どんな表情をしていただろう。
そして、私たちの以外に何か映っていないか心配だ。
恐怖を感じたからだろうか、トンネルから出たというのに、聖子と身体を合わせて安心できる状況だというのに、再び鼓動が早まっている。
「無事に襲来トンネルを
「だいじょうぶ、わたしはそこまで鈍感じゃないから。帰りは別のルートでいこう。遠回りになるけど、いいよね?」
「聖子……! うん!」
私の返事を聞き終えると、聖子はニコッと明るい笑顔を見せてくれた。
自分の体がまだドキドキと恐怖を訴えているので、落ち着かせるためにも彼女の力を借りよう。
「ん、手、繋ごう」
「一回、100円」
「無料でおねがい」
「はいはい」
右手に感じ慣れた柔らかい感触が広がっていった。
この感覚はとても落ち着く。
しかし、安心してドキドキが収まっていくと思ったけど、一向に収まらないのは少し不思議だ。
頭の中で疑問を浮かべながら、聖子と一緒に街灯で輝いている町中に向かって歩いて行った。
とんねるっ! !~よたみてい書 @kaitemitayo
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