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「消えたってどこに消えたのよ?」

平日の昼、混み合って騒がしいカフェの中で、植木うえき かえでは少しばかり声を張って私に聞いた。カフェの外はひたすらに暑く、人を刺すような日差しが降り注いでいた。私は視線をイチゴやバナナ、ホイップクリームで彩られたパンケーキに落としながら答える。

「知らないよ、そんなこと。理由だってわからないのに。」

話題を振ったのは私であったはずなのに、彼女への返答はいささか無愛想になってしまった。このことを誰かに話したら必ず聞かれると分かっていた質問でも、久々に外へ出て人に揉まれ疲れ切った私は答えるのが億劫に感じたからである。

そう、知るはずがない。彼がどこへ行ったかなんて。彼が消える前に通っているといっていた大学も「そんな名前の学生は知らない」といった。彼がバイトしていると言っていたコンビニに聞いてみても、1週間ほど前から連絡がつかないのだという。ちょうど、彼が消えた日と一致していた。当然彼の家を訪ねたいところだったが、私は彼の家の場所を知らなかった。何度聞いても教えてくれなかったのだ。ただ私の家の最寄りの駅から1時間ちょっと電車に乗ったところ、ということしか知らされなかった。世間一般的にいえばこれは浮気だとかほかの女の存在を疑い、怒るところなんだろうが、ろくな男と付き合ったことがなかった私はそれが普通だと思っていたし疑問視したりもしなかった。今まで付き合ってきた男が「ろくな男ではなかった」という事実も彼が教えてくれたのである。

そんな謎多き彼と出会ったきっかけは1年ほど前の8月の夜、彼にナンパされたことだった。

「おねーさん飲みにいこーよ。」

力の入っていない、若い声に私は呼び止められたのだった。声の主は今風のだらっとしたファッションをして、けだるそうに立っていた。普段なら無視してその場を立ち去るところだが、夏休みで暇だったこともあり少し気持ちが浮ついていた。

「いいよ、行こう。」

当時は私のことを殴る男と付き合っていたから、ほかの男と飲み歩けば当然殴られるとわかっていたはずなのに、私の口は考えるより先にそう動いた。それから先のことはよく覚えていない。明らかに女慣れした巧妙な口説きでどこかのきらびやかなホテルへ向かい、セックスをした。こういう場合、朝になるとたいていホテルの部屋には私一人しかいない。今までの数多いそのような経験からそのときも「ああ、ひとりだ」と思ったのを覚えている。だけど、彼は違った。となりで間抜けな顔をして寝ていたのである。

「おはよう。」

大きなあくびをしながらそう言う彼を見て、私は少しの間返事をできなかった。

「朝ごはん、どうする。つかもう昼か」

朝ごはんなんてどうでもいい、決める気のない声にはっとし、私はようやく言葉を取り戻した。

「ああ、うん。」

適当な返事をして下をみると同時に、彼は私の顔を覗き込んでキスをした。

これが、私と彼の出会いだった。

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夢の香りのする朝に じぇっと @takuhonakamura

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