最終話 違和感


「なるほどそれが恒例の、君の『おちょくり』って訳だな」田中管理官は、こみ上げてくる笑いをこらえているといった感じだ。「勘弁してくれよ。今はふざけている場合じゃない」


「三上、君が何か喋ったのか?」

 明石は僕をにらみつけた。


 僕はそっぽを向いた。実は以前、街中まちなかで偶然田中管理官に会って、ランチをごちそうになったことがあるんだ。その時、明石のことを色々と喋ってしまっていた。


「いろんな可能性を一つ一つ潰していくのが、僕のやり方でしてね。でもあなたのさっきの反応だと、犯人ともそうでないとも言い切れませんね。僕のやり方を知られていては、きょくことはできませんでした」


 明石は次にプリントアウトした紙を、ホワイトボードに貼った。


『違和感?』


だから何なんだよ、それ?


「田中管理官は刑事ではありませんが、現場を指揮した経験は豊富でしょうから、『刑事の勘』に近いものはおありでしょう。例えば今回、捜査方針以外の線を捜査するために特別チームを作ったこともそうです。しかし『金銭目的の強盗殺人』という当初の捜査方針は、田中管理官自らが立てたものではなかったのですか?」


「それはそうだが、いつまで経っても手掛かりが掴めないので、怨恨の線でも調べてみたいと捜査一課長に進言したんだ。ところが一課長は『金がなくなっているのだから、金銭目的に決まっているだろう』と言い張り、耳を貸さなかった。それで私はこっそり特別チームを編成したんだ」


「でも怨恨の線では何も出てこなかったんですよね」

 だから明石、相手の傷口に泥を塗るようなことを言うなよ・・・。


「たぶん、あなたの勘は当たっているんですよ。ただ、方向性が違っているだけで」


何だって? 明石、それはどういうことだ?


「捜査一課長の判断はおかしいですよね? 手掛かりが掴めないのなら、全方向に捜査を広げるべきだ。自分が現場で靴底を減らして捜査をしているわけでもないのに、それを億劫おっくうがる理由がない」


「まさか君は」田中管理官は、信じられないという顔になっていた。「捜査一課長が犯人だとでも?」


「さあ、それはどうですかね。ゲームを遊ぶ年齢でもないでしょうし、子どもにねだられたので盗んででもゲームソフトを手に入れたいと思った、というのも考えにくいですよね、立場上は」


「なんだ、また『おちょくり』か」


「捜査一課長の家族構成はどうなっているんですか?」


 それはもう、場がざわめいたなんてもんじゃなかった。大混乱だった。僕でさえ、いくらなんでもそれは、と思ったほどだ。そういう事があり得るのは、ドラマの中での話だ。


「教えてくれないんですか? まあいいでしょう。僕の推理はこうです」


 明石はまたプリントアウトした紙をホワイトボードに貼った。


『捜査一課長の息子(仮)が犯人の場合』


 そして明石は、今までにないほどに真剣な口調で説明を始めた。

「犯人は、被害者を殺した後にどうするかはシミュレーションしていたはずですが、実際にやってみると、ひどく慌ててしまっていた。それで手袋をするのを忘れてゲームソフトをすり替え、財布にも指紋を残してしまった。手袋は用意していたはずなんです。あらかじめすり替え用のゲームソフトの指紋を消しておいても、それをふところから取り出す時に、手袋をしていないと指紋がつきますから。死体の手を持ってすり替え用のゲームソフトに触らせ、指紋をつけることは忘れませんでしたが、手袋をしていなかったことに後で気がついて、失敗したと思った。もしかしたら、そこから足が付くかも知れない。それで父親の立場を利用しようとして、父親に犯行を打ち明けた。だがそれは、嘘を積み重ねた告白だった」


 明石は突然、会議室の入口まで行き、ドアを開けて外を確認してから言った。


「これから話すことは、誰かに聞かれるとまずいですからね・・・犯人は、例えばこう言ったと思うんですよ。『いつもいじめられていたので、復讐した。でもまさか死ぬとは思わなかった。いじめるやつは、相手をいじめ殺すことだってある。だから正当防衛みたいなものだ。いじめたやつは死んだら裁かれなくて、いじめられた者だけが裁かれるのは不公平だ。なんとか自分が捕まらないようにして欲しい』と、まあこんなところですかね」


 この推理が冤罪なら、名誉毀損で訴えられかねない。だから明石は部外者に聞かれないように慎重になっている。


「捜査一課長は事件発生の一報を受けたとき、金銭が抜き取られていたと聞いた。だが息子はそんなことをしたとは言っていない。だから、犯行後に誰かが遺体から金を抜き取ったに違いない。金銭目的の強盗殺人事件として捜査を進めたら、捜査範囲が息子に及ぶことは絶対にないし、金を盗んだやつが真犯人として逮捕されるかも知れない。だから捜査方針は絶対に変えない。・・・そういうことだったんじゃないですか?」


 誰も何も言わない。その可能性が全くないとは言い切れない雰囲気になっているのだ。


「皮肉なことに、犯行動機は金銭ではなく物品の強奪だったわけで、その点この捜査方針は、一歩間違えれば息子に捜査範囲が及ぶ可能性もあったわけですけどね。財布から札束を抜き取ったときに、犯人が手袋をしていなかったのは、唯一の落ち度だったのかも知れません。ゲームソフトにも犯人の指紋が残っていたはずですが、たぶんゲームソフトの指紋採取はしていなかったか、していたとしても犯人が金目かねめの物を探そうとして触ったと見なされたんじゃないですか? もっとも、その時に『おかしい』と思って捜査方針の見直しを捜査一課長に進言していたとしても、一課長は承諾しなかったでしょうけどね」


「しかしそんなことが・・・」

田中管理官からは、次の言葉が出てこない。


「まあ、これはそういう可能性もあるということです。しかし現時点でこの可能性は、まだ否定されていない。だからこれから皆さんがやることは一つです。使。それ以外にこの可能性を否定する手段はありません」


 明石はノートパソコンをたたんでバッグに突っ込んだ。


「さて、今僕が『推理士』としてできることはこれだけです。また何か手掛かりが掴めたら連絡をください。それじゃあ」





 数日後、強盗殺人事件の犯人が息子だったことの責任を取って、県警本部捜査一課長が辞表を提出したという報道があった。

 捜査のトップが犯人を隠蔽いんぺいしようとしたら、そりゃあ事件は迷宮入りになりかけるよなあ・・・。


 明石は早い段階でこの真相に気づいていたのだろうか? そう疑問に思い、聞いてみると、

「田中管理官が『捜査一課長に内緒で特別チームを立ち上げた』と言ったときから、おかしいなとは思っていた」

という返事だった。


 興味ないようなふりをしながら、一言も漏らさず発言を聞いていたんだな。




 明石は、相変わらず舞い込むクソみたいな依頼を、サークルメンバーに割り振りしてやらせている。


 ホワイトボードに貼られている『推理士・明石正孝 学内事務所 殺人事件2件の解決実績あり』の文字の「2件」のところが、いつの間にか「」になっていた。



   (終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【推理士・明石正孝シリーズ第3弾】迷宮入り殺人事件 @windrain

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ