第4話 迷宮入り


 明石はまたプリントアウトした紙をホワイトボードに貼った。


『犯行の条件:犯人は被害者を知っていたが、被害者は犯人を知らない』


「さて」明石は気を取り直して説明を再開した。「ゲームセンター周辺の防犯カメラをチェックしていれば、犯人の姿が映っていたかも知れませんが、半年前ではもう映像は残っていないでしょう。それもこれも、単純な金銭狙いの行きずりの犯行と見誤って、死体発見現場周辺しか調べていなかったせいでしょうけどね」


こんな時でも嫌味いやみを言うのを忘れないのが明石だ。


「犯人は被害者に気づかれないように後をつけた。被害者は途中で飲料の自販機を見つけ、飲み物を購入した。つまり飲料を購入したのは来た時じゃなくて、帰る途中だったんです。その時に被害者が内ポケットから財布を出したのを見た犯人は、その財布から札束を奪うことによって、金銭目的の犯行と見せかけることを思いついたのかも知れません」


 それから明石は少し考え込んでから言った。

「犯行時に財布ごと持ち去ろうと思わなかったのは、後で財布を捨てるのが面倒だったのか、それとも財布を捨てるところを誰かに見られることを恐れたのか。いずれにせよ、本来の犯行目的ではなかったために、財布ごと持ち去ろうという風には考えられなかったのでしょう」


 そのとき、明石のスマホからメールの着信音が鳴った。メールチェックした明石は、

「自販機があったそうです。これで僕の推理の裏付けが取れました。もっとも、被害者がゲームショップで支払いを済ませたときに、遠巻きに財布を出すところを見られたのかも知れませんがね」


春日たち、無駄にこき使われてかわいそうに。


「被害者は犯人にとって都合がいいことに、人通りの少ない郊外の国道までやって来て、地下道を降りていった。犯人は地下道の向こう側周辺に人がいないことと、こちら側にも人気ひとけがないことを確認し、ターゲットの後をつけて地下道に入って行った。そして被害者が向こう側へ続く階段を上りきろうとしたときに、小走りに被害者を追い越し、振り向きざまに被害者を突き落とした」


 そうか。地下道の反対側で待ち受けていたんじゃなくて、同じ側から後をつけて入って行ったわけだ。


 その時僕は、あることに気がついた。これはもしかしたら、明石も気づいていない事なんじゃないか?


「明石、君は一つ重要なことを忘れている」

僕は、つい得意そうに言ってしまった。

「被害者はジョギングしながらゲームショップまで行った。なぜ帰りはジョギングしなかったんだ? ジョギングしていれば、犯人が後をつけたり、地下道でタイミング良く追い越して突き落としたりはできなかった可能性がある。そうすると、君の推理は根底から覆るんじゃないか?」


 だが、明石は哀れむような目で僕を見た。


「いいか三上、事実を見つめるんだ。被害者は突き落とされて死んだ。これが絶対的な事実だ。『もし被害者が帰りもジョギングしていたら、殺しは不可能だったんじゃないか』。それがどうした? 事実は殺されているんだ、ジョギングしてようとしてなかろうとな」


 ・・・やっぱり僕は沈黙することにした。


「事実に基づいて推理すれば、ジョギングしてなかったんだろうという結論になる。実際のところ、紙袋に大事なゲームソフトを入れたまま走るという選択肢はなかったのだろう。ダウンロード版のサイズだったら、紙袋ごと掴んで走ることはできたかも知れないが、特典付き限定版はもっと厚みがあって、それも無理だったんじゃないかな」


「ちょっといいかね?」田中管理官が口を挟んだ。「被害者が地下道を降りて行かなかったら、犯人はどうやって殺すつもりだったんだろうね?」


「おそらくナイフか何か、武器を用意していたと思います。最初から人気ひとけにつかないところで殺そうとは思っていたのでしょうが、返り血を浴びると目立つので、リバーシブルの服を着ていたのではないでしょうか。ところが被害者が地下道を降りて行ったので、突き落とすという方法に変更したのでしょう。勿論突き落としただけで死ななかったら、武器を使うつもりだったと思います。犯人はゲームショップで被害者を見たときに、たまたま面識があることに気づいてターゲットにしたわけですが、被害者の家に行く途中に地下道があることまでは知らなかったでしょうから、これは好都合だと思ったんじゃないですか」


 明石はそこでもう一度ペットボトルのお茶を飲んだ。

「しかしここまで分析しても、まだ犯人の手掛かりはありません。ほぼお手上げの状況と言っていいですね。この際、ちょっと事件から離れてみましょう。田中管理官、さっきちょっと気になったんですが、なんか泣き言を言ってましたよね?」


 あっ、被害者の妹のくだりか? あれは僕もちょっと意外に思った。


「ああいうの、田中管理官のキャラじゃないですよね?」


 何だそれ? 明石、また失礼なことを言ってるな。


「キャラって何だよ・・・」

田中管理官は苦々しげに言った。


「あなたが言いそうなセリフではなかったということです。何かわざとらしかったですよね」

「君の人情に訴えてみようと思っただけだよ。無駄だったようだがね」

「そうですか? 別の狙いがあるようにも見えましたがね」

「そんなものはないよ」


「ところで、県警での僕の評判はどうなんですか?」

「何だねやぶから棒に。まあ正直なところ、『リアル杉下右京(※『相棒』)』じゃないかと噂されているよ」

「『リアル湯川まなぶ准教授(※『ガリレオ』)』ではないんですね?」


君はそんなに男前じゃないだろう。


「だとすると、僕が解決できない事件は『迷宮入りもやむなし』と判断できることになりませんか? つまりあなたの狙いは、


「何を言ってるんだ君は。そんなはずがないだろう。君が解決できなくても、我々は粛々と捜査を続ける」


「そうですかね? もしあなたが犯人だったならどうでしょう?」


 田中管理官は一瞬硬い表情になった後、ニヤリと笑った。



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